第4話 『戦場は、止まらない』
号令は、朝より低く、短かった。
それだけで、隊列が動き出す。
ルカは荷の列の横を歩いていた。
前でも後ろでもない。補給が詰まらない位置。
「詰めろー!」
誰かの声。
人が前に寄り、荷が揺れる。
馬が鼻を鳴らし、首を振った。
革の擦れる音が大きくなる。
「ちょっと待って」
ルカは近づき、縄を掴む。
結び目を一つ変えるだけで、力の逃げ方が変わる。
馬は落ち着き、耳を伏せた。
「助かる」
礼を言われる前に、ルカは離れた。
前方で、列が止まる。
地形を確認するためだと、すぐ分かる。
谷だった。
狭く、音が反響する。
ルカの鼻に、湿った土の匂いが届く。
それだけで、喉がわずかに締まった。
「――前進」
確認はない。
命令は、落ちる。
誰かが息を吸い、誰かが足を踏み出す。
列は谷へ入った。
音が変わる。
足音が跳ね返り、距離が分からなくなる。
上から、小石が落ちた。
カラ、と乾いた音。
「止まるな!」
命令が重なる。
速さが上がる。
ルカは口を開いた。
空気を吸う。
――言えば、届くか。
そう考えた瞬間、矢が飛んできた。
地面に突き刺さる音。
すぐ近く。
身体が勝手に低くなる。
荷の陰へ滑り込む。
心臓が一度、大きく打った。
それだけで、もう十分だった。
剣の柄に手が触れる。
握る。
反射的に。
次の瞬間、手を離す。
視線を走らせる。
前。後ろ。倒れた兵。動ける人数。
選択肢は並んでいる。
どれも、速さを止めない。
「置いていけ!」
誰かが叫ぶ。
ルカは振り返り、落ちた荷を拾った。
重い。だが、運べる。
肩で合図を送り、別の兵に渡す。
言葉は使わない。
前を見ると、バルガスがいた。
盾を構え、歩幅を変えない。
視線が一瞬だけ交わる。
何も言わない。
それで十分だと分かる。
矢は続かない。
だが、列は止まらない。
谷を抜ける光が見えた。
ルカは息を整え、歩き出す。
剣はまだ、鞘に収まったまま。
戦場は、こちらの都合を待ってくれない。
ただ、それだけのことだった。




