第3話 『地図にない答え』
作戦会議は、いつも落ち着かない。
箱を重ねただけの机。
布の上に広げられた地図が、風に揺れて端をめくろうとする。誰かが指で押さえ、別の誰かがすぐ離す。そのたびに布が擦れ、乾いた音を立てた。
ルカは輪の外側に立っていた。
近すぎず、遠すぎず。声を出せば届くが、出さなくても咎められない位置。
上官の指が地図をなぞる。
「――ここで補給をまとめる。そのまま谷を抜ける」
谷。
その言葉を聞いた瞬間、ルカの喉の奥が、ほんの少し乾いた。
湿った土の匂い。
音が跳ね返る地形。
足が速い者と、遅い者がはっきり分かれる場所。
頭の中で、数字が自然に並び始める。
誰かが息を吸う音がした。
反対意見が出る前触れ。
ルカは腰のペンを抜いた。
紙を広げ、さらさらと書くふりをする。
実際に書いているのは、意味のない線だ。
矢印。丸。重ねた数字。
インクの匂いが、鼻に残る。
「……」
声が上がりかけた、その瞬間。
ルカは一歩、前に出た。
地図の端。
川の外側。
視線が集まるのを、肌で感じる。
背中に、いくつもの熱。
喉が動いた。
――言える。
言えば、たぶん通る。
「この進路だと、補給が――」
そこまで、頭の中では組み上がっていた。
だが、実際に出たのは、空気だけだった。
ペン先で、紙を軽く叩く。
乾いた音が一つ。
上官は、ルカを見ない。
代わりに、話を続ける。
「速度を落とすな。遅れたら切り捨てる」
切り捨てる。
その言葉が、耳に残る。
ルカは一歩、下がった。
元の位置へ。
誰も、止めなかった。
誰も、続きを求めなかった。
会議は、それで終わった。
人が散り、地図が畳まれる。布を畳む音が、やけに大きく聞こえた。
外に出ると、昼の光が強い。
埃が舞い、喉がまた乾く。
ルカは紙を折った。
さっき書いた線が、折り目の奥に消える。
ポケットにしまい、手を離す。
金貨には触れない。
列の向こうで、バルガスが装備を確かめているのが見えた。
鎧の金具が、低い音を立てる。
ルカは、その背中を見てから、視線を地面に落とした。
踏み固められた土。
重なった足跡。
進路は、もう決まっている。
ルカは歩き出し、傾いた荷を直す。
指先に、麻縄のざらつきが残る。
それで、今日も役目は果たした。
少なくとも、誰の目にもそう見える形では。




