第13話 『星空の下に、ひとつの終わり』
夜は、いつの間にか戻ってきていた。
空は濃い藍に沈み、雲の切れ目だけが薄く明るい。風が一度吹くたび、乾いた草の匂いに混じって、鉄と血と、湿った土の匂いが遅れて鼻に届く。
前線の音は遠くなり、撤退線の内側では焚き火が低く鳴っている。火は高くしない。見張りのためだ。薪は濡れた枝を避け、乾いた割木だけが選ばれていた。
陣はざっくり三つに割れていた。外周に槍と盾の歩哨、内側に荷車と箱を寄せた補給の塊、そのさらに奥に負傷者。通路だけは細く残し、担架が通れる幅を確保している。上官の声はない。代わりに、合図の手と短い頷きだけが動く。
担架はいくつか並んでいる。木枠はきしみ、布はところどころ裂けたまま。数は揃っていない。誰も、足りない分については口にしなかった。
ルカは、そのうちの一つの横に腰を下ろした。膝を立て、背中を少し丸める。手は腿の上に置かれたまま、動かない。
少し離れたところで、水筒の栓を開ける音がした。喉を鳴らす音。鎧を外す金属音が重なり、焚き火の向こうで人影が揺れる。誰かが短く咳をして、それきり黙った。
「……助かったよ」
どこかで、そんな声が落ちる。向けられた先は分からない。火の縁で、手が一度止まり、すぐにまた動き出す。
ルカは振り向かず、焚き火を見ていた。燃え残った木が崩れ、火の粉が小さく跳ねる。灰が舞い、風に引かれて暗い方へ流れていく。
空気は冷えている。地面には、まだ昼間の湿り気が残っていた。踏み固められた土が靴底に吸いつき、剥がれるたびに鈍い音がする。
ルカはポケットに指を入れる。すぐに、手を止める。
何も出てこない。
一瞬だけ、口元が緩んだ。そのまま、手を抜く。
焚き火の向こうで、また咳がひとつ。見張りが外周で位置を変え、槍の穂先がわずかに月光を拾う。夜は、静かに続いている。
ルカは担架の横に座ったまま、顔を上げる。暗い空に、星がいくつか見えていた。煙が薄く流れていき、星の輪郭が戻る。
雲は流れ、星は消えない。
前線の音は、さらに遠ざかる。代わりに、薪がはぜる音と、誰かが毛布を引き寄せる布の擦れる音が残った。
焚き火は低く揺れ、踏み固められた土の上に、短い影を落としている。
fin




