第12話 『命令を超えて』
音が、前からも後ろからも押し寄せていた。
「列を詰めろ!」
「止まるな、前へ!」
怒鳴り声が、空気を叩く。
前線はまだ動いている。だが、向きは揃っていない。
人が走り、ぶつかり、また走る。
その隙間で、担架が止まっていた。
「邪魔だ!」
「どけ、今は前進だ!」
二人がかりで担架を持つ兵が、進めずにいる。
足元は崩れ、片側が下がったまま動かない。
ルカは、その横を通りかかった。
「伝令だ、どけ!」
別の兵が走り込んできて、声を張る。
前を指し、進路を探している。
「止まるな!」
「前だって言ってるだろ!」
怒鳴り声が飛ぶ。
振り返らない。
担架の前で足を止める。
「……持つぞ」
言葉は短い。
命令でも、頼みでもない。
担架の端を掴む。
「え?」
「おい、待て!」
兵が戸惑う。
ルカは離さない。
体重をかけ、引く。
「下げる…..」
独り言のように、口が動く。
「違う!前に続け!!」
「命令だ――!」
言葉が重なる。
だが、担架は動く。
「こっちだ!」
「道、空けろ!」
誰かが叫ぶ。
別の誰かが、腕を伸ばす。
担架に、手が増える。
前へ向かっていた足が、止まる。
一部が、後ろへ向きを変える。
「戻るな!」
「何やってる!」
怒鳴り声は続く。
それでも、担架は進む。
後ろへ。
「……運ぶぞ!」
「離すな!」
誰かが言う。
誰に向けた声かは分からない。
だが、動きは揃い始めていた。
列の端で、別の兵が倒れる。
すぐに、別の担架が呼ばれる。
「こっちもだ!」
「担架、回せ!」
前線の音は、まだ大きい。
だが、後ろでは別の流れが生まれている。
ルカは、担架を離さない。
布が引き、木枠が軋む。
足元が揺れ、進むたびに肩が引きちぎられそうになる。
「離すな!」
「もう少しだ!」
声が重なった、その時だった。
「貴様ぁ!」
横合いから、強い衝撃。
ルカの身体が弾かれ、担架から引き剥がされる。
背中が地面に叩きつけられ、息が漏れた。
視界が揺れる。
「何してる!」
「前だ、前に進め!」
立っていた兵士が、担架を払い示す。
「倒れた奴は捨ておけ!」
「今は持たせる時じゃない!」
声は近く、強い。
顔色をうかがう者達が、担架を引くのを止める。
一人、また一人と、指が緩む。
「……くそ」
「でも命令が――」
布が、少し沈む。
ルカは手をつき、ゆっくりと体を立て直す。
担架のそばに戻り、片膝をついた。
そのまま、端を掴む。
何も言わない。
引く。
「おい!」
兵士がルカの耳元で叫ぶ。
「聞こえなかったのか!」
「前へ出ろって言ってる!」
ルカは、担架を離さない。
一歩、また、一歩、前へ進む。
兵士の横を、体を揺らしながら担架を引きずっていく。
視線は合わなない。
「待てと言っている!!」
金属が滑り抜かれる音、
抜き身の剣を持つ腕が持ち上がる気配。
ルカは、一度だけ目を閉じる。
担架を引き続ける。
その時――
高く、長い音。
角笛。
空気を裂いて、全体に響く。
動きが、止まる。
剣が空中で止まり、
担架を持つ手が固まる。
「……撤退?」
誰かが呟く。
続けて、別の角笛。
短く、はっきりと。
「撤退だ!」
「下がれ!」
声が変わる。
前ではなく、後ろへ。
兵士の腕が、ゆっくり下がる。
剣先が、地面を向く。
ルカは、その横を通り、
担架を引いていく。
「運ぶぞ…..離すな」
声が返る。
「……ああ」
「分かった」
担架は、再び動き出す。
今度は、止まらない。
前線の音は、まだ遠くで鳴っている。
だが、足は確実に後ろへ向かっていた。
ルカは、担架の端を握ったまま、
列の中へ消えていく。




