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荷車を引く補給隊は、今日も愛想笑いを選べますか?  作者: OwlKeyNote


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第1話 『沈黙の先にあるもの』

 補給地の朝は、いつだって慌ただしい。


 木箱がぶつかる音。

 鍋が鳴る音。

 誰かの怒鳴り声と、それをごまかすような笑い声。


 ルカ・ドレンテは、その真ん中にいた。


 「はいはい、そっちは後回し! それ、昨日も揉めただろ? 先に軽い箱からだ!」


 軽い調子で声を張ると、若い兵が慌てて動く。

 その背中を見送ってから、ルカは別の兵に向き直った。


 「兄さん、その結び方だと途中で解ける。貸して」


 縄を取り、手早く結び直す。


 「……おお、助かるな」


 「どういたしまして。命が助かるかは保証しませんけど」


 冗談めかすと、周囲に小さな笑いが起きる。

 場が、少しだけ柔らぐ。


 ルカはそれを確認してから、次の箱へ移った。


 配膳台の前では、また別の声が飛ぶ。


 「おいルカ! これ、数が合わねえ!」


 「あー、それは合ってる合ってる。昨日余った分をこっちに回してる。ほら、印」


 帳面を指で叩く。

 兵は目を細め、すぐに納得した顔になる。


 「……ほんと、商人ってのは計算が早いな」


 「褒め言葉として受け取っておきますよ。悪口なら、もっと上手く言ってください」


 また笑いが起きる。


 誰とでも、こうだ。

 距離を詰めすぎず、離れすぎず。

 火種があれば、先に水をかける。


 ポケットの中で、金属が軽く鳴った。


 ルカは無意識に、指先でそれを転がす。

 古い金貨。縁が少し欠けている。


 「……相変わらずだな」


 低い声が横から落ちてきた。


 ルカは顔を上げずに笑った。


 「これがないと落ち着かないんですよ。お守りみたいなもんで」


 声の主――バルガスは、腕を組んだまま周囲を見渡している。

 護衛の老兵。無駄口を叩かない男。


 「信用してるのか? そんなもん」


 「信用してるのは……運、ですかね。あとは、壊れない帳簿」


 「ふん」


 短く鼻を鳴らす。


 しばらく、二人は並んで立っていた。

 同じ方向を見て、違うものを見ている。


 遠くで馬が暴れ、誰かが怒鳴る。

 ルカはそちらに顔を向けた。


 「ちょっと行ってきます」


 「ああ」


 馬の首元をなだめ、縄を調整し、すぐ戻る。


 その間に、空気はまた落ち着いていた。


 「……なあ」


 戻ってきたルカに、バルガスが声をかける。

 今度は、視線を外さない。


 「お前は、俺たちをどこまで運ぶ気だ?」


 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、ルカの指が止まった。


 「どこまで、ですか?」


 聞き返す声は軽い。

 いつも通りの調子。


 「荷の話じゃない」


 バルガスはそれ以上説明しない。

 説明する気もない。


 周囲には人がいる。

 聞こうと思えば聞こえる距離。


 ルカは肩をすくめた。


 「遠くまで、ですよ。商売は続けたいですから」


 冗談としては、上出来だった。


 「計算は合ってるか」


 「ええ。数も、人も」


 即答しかけて――

 言葉が、途中で切れた。


 ルカは配給台に視線を落とし、

 椀を一つ、並べ直す。


 「……まあ、今のところは」


 付け足した声は、少し低かった。


 バルガスは何も言わなかった。

 ただ一度、ルカの手元を見てから、背を向ける。


 「持ち場に戻る」


 「はいはい。無理しないでくださいよ」


 冗談で返す。

 バルガスは振り返らない。


 ルカは金貨をもう一度弾いた。

 軽い音。


 だが、すぐにポケットに戻す。


 補給地は動き続ける。

 声も、荷も、人も。


 ルカはその中に溶け込みながら、

 自分の位置を、ほんの少しだけずらした。


 誰にも気づかれない程度に。


 それが、彼のやり方だった。


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