不穏と影
朝の陽光が屋敷を淡く照らしていた。
昨日までと変わらぬ静けさ。
アルベルトが朝食を終えると執事が密やかに書簡を差し出した。
封蝋には王家の印。差出人は宰相直属の報告部門だった。
中身を検めたアルベルトの目が細められる。
——昨夜の夜会の最中に死者が出た。
会場裏手で発見された男の遺体には目立った外傷がなく死因は不明。男の身元についても招待リストにはそれらしい名が見つからず、特定は進んでいない。ただ、男の所持品から暗器が見つかったという。
招かれざる者が夜会に忍び込み、死んだというのか。
「・・・・・・・厄介なことになったな」
アルベルトは書簡を机上に置くと小さく息を吐き、椅子を立った。
リリアは応接間のソファに腰掛けていた。差し込む朝日が彼女の髪に金の縁を描く。昨日の夜会での華やかな姿とは打って変わり、今日は質素な紺のドレスに身を包んでいた。装飾は少なく、袖口にレースが施されている程度。アルベルトは思わず視線を止める。光に溶けるような儚い美しさだった。
「話がある」
リリアが顔を上げた。
「なんでしょう?」
アルベルトは隣のソファに腰を下ろし、書簡を差し出す。
「昨夜の夜会で死者が出たそうだ」
「・・・・・死者?」
リリアははっと息を呑み、不安げに手を胸元に寄せた。
「大広間の裏手にひっそりと倒れていたらしい。一方でその男は招待客でなく、何かしらの害をなそうとしていた形跡もあるとのことだ」
リリアの顔から一瞬感情の影がすっと消え、無機質な静けさが訪れた。
しかし次の瞬間には、その顔に驚きと怯えの色が浮かんでいた。
「・・・・・・恐ろしいわ」
「しばらくは夜の外出を控えた方がいい。この件が落ち着くまでは不用意に出歩かぬように」
「・・・・・はい」
リリアは静かに頷いた。それでも顔に残る怯えの色にアルベルトは言葉を重ねる。
「王宮が調査にあたっている。心配はいらない」
リリアはそっと目を伏せ膝の上で手を重ねた。
「・・・・・そうですね」
ほっと息をつくよう声音だったがアルベルトにはその響きにどこか含みがあるように感じられた。
昼下がり、屋敷を包む静寂を破るように石畳を踏む馬車の音が近づいてきた。
「王宮からの使者です」
執事の報告にアルベルトはペンを置いた。
応接間の扉が開き役人が二人、礼をして入ってくる。手には王家の印が刻まれた書簡があった。
「昨夜の夜会に関しまして、少々お話を伺いたく」
アルベルトは頷き椅子を勧めた。
「あの場にいた妻も同席させよう」
ほどなくしてリリアが現れた。
「お呼びでしょうか」
落ち着いた声ととも入室し、役人たちの姿を見とめると一瞬目を細めた。しかしそれ以上は何も言わずにアルベルトの横に腰を下ろした。
「王宮の調査官だ。夜会の件で話を聞きたいそうだ」
二人は軽くリリアへ会釈をし、聞き取りが始まった。
夜会での行動、会話した人物、退出の時刻。
調査官の口調は穏やかだがその目は冷たく光り、細部まで詳しく問いただされた。
アルベルトは事実をそのまま述べた。リリアはその横で静かに頷き、必要な部分だけを補う。
聞き取りは粛々と進み、やがて終わりを告げた。
「ご協力感謝いたします。本件、王宮としても真相の究明を急いでおり、子細が判明次第ご連絡申し上げます」
調査官たちは形式的な礼を述べると去っていった。




