夜会にて
王都の中心、王城の大広間。
天井からつるされた無数のシャンデリアが夜空を模すように煌めき、音楽と談笑が溶け合っていた。
アルベルトはリリアの手を取って大広間へ足を踏み入れた。
周囲の視線が一斉に集まる。
氷のように無表情な侯爵とその横に立つ若き夫人。会場を一陣の風が吹き抜けた。
リリアは微笑みを絶やさずエスコートするアルベルトに歩調を合わせる。その佇まいは凛としており、周囲の喧騒とは無縁の静けさを誇っていた。
王弟への挨拶を終え社交上必要な数名と軽く言葉を交わすと、アルベルトはリリアに声をかけた。
「まだ仕事の話がある。ここで待っていろ」
「はい。お気になさらず」
リリアは穏やかに頷いたがその数秒後には貴婦人たちに取り囲まれていた。
「まぁ、侯爵夫人!お会いできて嬉しいですわ」
「どちらの仕立て屋のドレスかしら?」
「ヴァルグレイ卿はご家庭ではどのようなご様子でいらして?」
次々と浴びせられる質問。笑みを崩さぬままリリアは丁寧に答えを返す。だがその視界の端で不穏な影が横切るのを確かに捉えていた。
一通りの話を終えたアルベルトは人気のない中庭の回廊に出ていた。夜風が喧騒を遠くへ運び、噴水の音だけが響く。誰も彼もが結婚の話を根掘り葉掘り聞くばかりで肝心の話が思うように進まない。
疲労のこもったため息が漏れた。
「おやおや、まさか侯爵様がこんなところに隠れているとは」
おどけた声に顔を上げると、レオン・カスパール卿が微笑を浮かべ立っていた。
「・・・・・レオンか」
アルベルトは軽く眉を顰めた。
「隠れたつもりはない。人混みに少しばかり疲れただけだ」
「はは、らしいな。理屈の通じぬ空気は君には毒だ」
レオンは軽くグラスを掲げて肩を竦める。
「だが、夜会で奥方を一人にしておくなんてあまりに酷ではないか?」
軽口のような調子だが核心を突いてくる。アルベルトは返す言葉を探したが見つからず低く唸った。
「・・・・・しばししたら戻る」
「お早めに、な」
レオンはグラスの残りを飲み干すと、ひらひらと手を振りながら喧騒の方へと戻っていった。
大広間へ戻るとリリアはまだ貴婦人たちに囲まれ質問攻めにされていた。彼女は微笑を絶やさぬまま人々の興味を波のように受け流している。
アルベルトはリリアのもとへ歩み寄り、声をかけた。
「待たせてすまない」
「いいえ」
短く答えリリアは立ち上がった。
まだ話足りないと不満の声を上げる貴婦人たち柔らかく微笑みかけ、アルベルトに付き従ってその場を後にした。
並び立つその後ろ姿に誰からともなく羨望のため息が漏れた。
夜会の余韻がまだ残る王都の通りを馬車が走っていく。王城の明かりが遠ざかり、窓の外には静かな闇だけが広がっていた。
緊張から解かれた二人は緩んだ空気の中、思い思いにくつろいでいた。
——その頃。
夜会の終わった大広間の裏手に一人の男が倒れていた。外傷も血の跡もない。ただ苦悶の表情を浮かべたまま冷たくなっていた。
死体に気づいた女性の悲鳴を皮切りに騒然とする会場。
その騒ぎがヴァルグレイの耳に届くことはまだなかった。




