教会への訪い
早朝、アルベルトが出立の支度をしていると小さく扉が叩かれた。
「入れ」
入室を許すと外套を身に着け、外出の準備の整ったリリアが姿を現した。
「どこか出かけるのか?」
「ええ。旦那様のご用向きに私も同行させていただけないでしょうか?」
リリアの申し出にアルベルトは眉を顰める。
「今日は地方の教会へ寄付金の届け出に行くだけだ。同行しても退屈かと思うが」
リリアは静かに首を横に振った。
「構いません。決してお仕事の邪魔は致しませんので」
「・・・・・・いいだろう」
同行の理由は掴めないが、断る理由もない。アルベルトは首肯した。
数時間後。
アルベルトとリリアは馬車に揺られ王都のはずれ、古い石造りの教会を訪っていた。白い外壁に絡む蔦が陽を受けて揺れ、鐘楼の影が石畳に落ちている。遠くに子供たちの笑い声が聞こえた。
「ヴァルグレイ卿、ようこそお越しくださいました」
出迎えたのは白髪混じりの牧師だった。穏やかな笑みを浮かべ深く頭を下げる。アルベルトは軽く会釈を返すと隣に立つリリアへ手を向けた。
「今日は私の妻も同行している。リリア・ヴァルグレイ侯爵夫人だ」
「お会いできて光栄です」
牧師は温かな眼差しをリリアに向け手を差し出す。リリアは静かに微笑みその手を取った。
「こちらこそお会いできて光栄です」
その様子を見届けたアルベルトは小さく頷き懐から封筒を取り出した。
「用件は寄付金の届け出だ。領の収益の一部を預かっている」
牧師は恐縮しながら封筒を受け取る。
「毎年欠かさずご支援を賜り心より感謝いたします。子供たちも——」
「世辞は必要ない」
アルベルトは静かに遮った。
「私は義務を果たしているだけだ」
淡々とした声音。牧師はそれ以上言葉を重ねず頭を下げた。
突然裏手の方から甲高い子供との声が響いた。
「アルベルトさまー!!」
バタバタと駆け寄る小さな足音。教会の中庭頬を紅潮させた子供たちが飛び出してきた。
「これ、あげる!」
小さな手には色とりどりの糸で編まれた紐が握られている。
「シスターにおしえてもらって、ぼくたちがあんだんだ!」
「まよけのこうかがあるんだって!」
差し出されたのは編み目の不ぞろいなブレスレット。幼い手で結ばれた結び目と木の欠片の飾りが揺れている。
アルベルトは一瞬言葉を失い目を瞬かせた。やがて膝を折り、子供たちと同じ高さに目線を合わせる。
「・・・・・・・これを私に?」
「うん!」
少し戸惑いながらも腕を差し出すと、子供たちが慣れない手つきで彼の手首にブレスレットを結び付ける。アルベルトはその小さな指の動きをじっと見つめていた。
「きつくない?」
「・・・・・・いや、ちょうどいい」
その言葉に子供たちの顔がぱっと明るくなる。
「アルベルトさまにわるいことがおこりませんように!」
「・・・・・ありがとう。大切にする」
その声にはいつもの硬さがなかった。
「ねぇ、そのひとだれー?」
一人の子供が少し離れた柱からその様子を見ていたリリアに気づき声を上げた。アルベルトは一瞬で無表情に戻り立ち上がる。
「彼女は私の——」
大人に向けるならいくらでも言葉を飾れる。しかし、無邪気な子供の前では偽りが喉に痞えた。
言い淀むアルベルトの横でリリアが一歩前に進み出る。スカートの裾を両手で摘み、片足を引いて軽く膝を折った。
「リリア・ヴァルグレイと申します。以後お見知りおきを」
大仰でありながら洗練された動作。その姿に子供たちだけでなくアルベルトまでもが息を呑んだ。
「おひめさまみたい!!」
目を輝かせて歓声を上げる子供たちにリリアは柔らかく微笑んで応えた。
気が付けば子供たちの輪の中心はリリアに変わり、アルベルトは少し眩しそうにその光景を眺めていた。




