影の操り手
日が傾きかけた頃、アルベルトは王都の外れにある屋敷を訪ねていた。
迎えたのは見慣れた顔だった。
「君から訪ねてくれるとは、光栄だな」
嬉しそうな声音が響く。
「心にもないことを言うな、レオン」
アルベルトは苦虫を嚙み潰したような表情で返した。
「本心からの言葉だ」
レオンは肩を竦め、わざとらしく笑って見せる。その余裕がアルベルトの神経をさらに逆撫でした。
「私は・・・・ずっとお前の掌の上で踊らされていたのだな」
「躍らせた覚えはないが?」
レオンは軽く眉を上げ、惚けた様子で答える。アルベルトは懐から手紙を取り出し、レオンの前に放った。
「私の結婚相手にリリア・フレインをあてがったのはお前だろう」
その言葉にレオンの表情が一瞬だけ止まった。そして次の瞬間にはいつもの飄々とした笑みが戻る。
「・・・・・想定以上にたどり着くまでが早かったな」
愉快そうにくつくつと喉を鳴らしながら笑う。
「だから私は君が好きなのだが」
「気色の悪い言い方をするな」
アルベルトは冷たく返した。
「純粋な好意を気色悪いとは失礼な話だな」
レオンは心底心外だと言わんばかりに肩を竦めたが、急に笑いを引っ込め真面目な顔に戻った。
「そうだ。リリアが君の妻になるよう手を回したのは私だ。彼女には君に降りかかる火の粉を払うように命令してある」
短い沈黙。
アルベルトの瞳が細く光を帯びる。
「初めから護衛としてつければいいだろう」
「そうもいかないさ」
レオンは窓辺に歩み寄り、外を見やった。
「君は私を嫌っている。素直に受け入れるとは到底思えなかった」
わざとらしく悲し気なため息をつく。
「それに、もし受け入れたとしても納得のいく理由を聞くだろう?」
図星を突かれ、アルベルトは思わず唸った。レオンの口元にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「それで、裏で手を回してまでリリアを私の元へ送り込んだ理由は?」
アルベルトの問いにレオンは片眉を上げた。
「やはり聞くじゃないか」
アルベルトは露骨に面白くなさそうな顔をした。その反応を楽しむようにレオンは口角を上げたが、すぐにその表情を引き締めた。
「君は死なせるには惜しいと思っているからだ」
レオンの瞳が冷たく光る。
「官僚としてこの国を支える才を持っている。それに——」
窓から差し込む光が彼の顔に影を作った。
「個人的に君という人間を気に入っている」
「・・・・・・・・・・・・」
冗談と笑い飛ばせる雰囲気ではなく、アルベルトはその部分は聞かなかったふりでやり過ごすことにした。
「エルンハルト派の解体もお前の仕業か?」
大きな勢力を誇っていたエルンハルト派は夜会での騒動を境に次々と不正を暴かれ、失脚あるいは投獄により数を減らしていた。さらには保身のために離反する者も相次ぎ、いまや半壊状態に陥っていた。
「ようやく尻尾を出してくれたおかげでな。奴らは国に不利益しかもたらさない。剪定をしたまでさ」
指先で鋏を模した動作を見せつけ、事も無げに言ってのけるレオンにアルベルトは腹の底が冷える思いがした。
この男はどこまで先を見通しているのか。
レオンはそんなアルベルトの視線を受け止め、少し寂しそうな表情を見せた。
「君までそんな顔をしないでくれ。立てる筋道は違えど君と同じく国の未来を案じているんだ」
そう語る瞳の奥に宿る決意は鏡越しに見るそれと酷似していた。
「・・・・そうだな」
アルベルトはただ頷いた。




