自らに落ちる影
王宮からの帰路、馬車の中でアルベルトは遠い記憶を思い出していた。
六つの時母が亡くなった。
優しく穏やかな人だった。いつも彼の髪を撫で、夜には本を読み聞かせてくれた。
その温もりがある日突然失われた。
母の死を境に父は彼を遠ざけるようになった。会話を避け、目も合わせない。次第に家を空けることが多くなった。屋敷の中には埋めようのない冷たさが満ちていった。
心の拠り所を失った少年は、心を閉ざすことで自分を守る術を覚えた。
——誰かを大切にすれば、その分だけ喪失の痛みが増す。
そう信じていた。
年月が過ぎ、父が病床に伏した。
今際の時、父は掠れる声で真実を告げた。
「・・・・・・・・お前にはすまないことをしたと思っている」
母の死は病ではなかった。父の立場を悪用したい者たちとの攻防の末、毒を盛られたのだ。
「お前を・・・・巻き込みたくなかった。だから、距離を置いた。・・・・・・それが、お前を守る・・・・・・・唯一の方法・・・だと・・・・・」
父の指が力を失い、沈黙が訪れた。
アルベルトは何も言えなかった。父を憎めたらどれほど良かったか。
長い孤独が父の愛情だったなど・・・・・・・。
夜更け、屋敷の扉が静かに開く。
玄関に控えていた執事が頭を下げた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
アルベルトは外套を外しながら問いかける。
「彼女は?」
「奥様はいつも通り屋敷で過ごされ、夕食後にお部屋にお戻りになられました。特にお変わりはございません」
その言葉に小さく頷く。
「そうか・・・・・・・」
アルベルトの口から無意識に安堵のため息が漏れた。
寝室に入りベッドに身を横たえる。
長い一日だった。
眠りに落ちかけたその時——
何かの気配に目が覚める。予感めいたものを感じてベッドから身を起こし、窓辺へ歩み寄る。
月明かりの中、庭の方で人影が動いた。長い裾がはためいているように見える。
——あれは・・・・・リリアか?
人影は門の方へと向かい、闇に溶けるように遠ざかっていく。
どこへ行くのか。
なぜ、この時間に。
アルベルトは窓に手をかけたまま、しばし動けずにいた。




