不穏の身元
数日後の朝。
屋敷の書斎でアルベルトは王宮から届いた報告書に目を通していた。
夜会で発見された死体の身元がついに判明した。
——エルンハルト派の息がかかった間者。
エルンハルト派。
軍事力を増強を第一に掲げ、隣国への侵攻と領土拡大、富の独占を目論む過激な勢力。その思想と行動は王宮内部でも問題視されており、今回の事件の発端が彼らによる暗殺未遂である可能性は高かった。
アルベルトは深く息を吐き、書簡を閉じると立ち上がった。出立の準備を整えていると廊下から足音が近づいてくる。
「お出かけですか?」
振り返るとリリアが立っていた。
「ああ、王宮に出向かねばならん。帰りは遅くなるだろう」
その言葉にリリアの表情がわずかに曇った。
「・・・・・夜会の件ですか?」
「そうだ。あの晩死んだ男は今の王政をあまりよく思わぬ者だったようでな」
「旦那様、」
何か言いたげに口を開いたリリアだったが、アルベルトが遮る。
「すまないが急いでいる。前にも言ったが、事態が落ち着くまでは不用意な外出は控えるように」
リリアは小さく頷き視線を落とした。
「・・・・・はい。旦那様もお気をつけて」
その声音に翳りを感じながらもアルベルトはそれ以上言葉を交わさず、馬車へと乗り込んだ。
屋敷を離れる車輪の音が朝靄の中に遠ざかっていく。
会議は長引き空は既に夕暮れに染まり始めていた。
ようやく全ての報告と協議を終えたアルベルトが部屋を出たところで背後から声がかかった。
「面倒なことになったな」
にやけた声。振り向かずともわかる。
「・・・・・・何の用だ、レオン」
険のある声で返すと、レオンは半ば苦笑しながら肩を竦めた。
「そう邪険にするな。少し話があるだけだ」
アルベルトは足を止めることなく言い放つ。
「急いでいる」
レオンの顔に張り付く笑みが消えた。
「エルンハルト派の連中は文字通り武力行使に出るつもりだ。幾度となく弁を戦わせてきた君にも牙を剥く可能性が大いにある」
アルベルトの足がわずかに止まった。
「・・・・・・わかっている」
「いや、わかっていないな」
レオンの声が低く鋭くなる。
「奴らには君が重んじる理屈は通じない。邪魔者を排除するためなら、どんな手も使うだろう」
その言葉にアルベルトの瞳が微かに揺れた。胸の奥で忘れようとしていた忌まわしい記憶が蘇る。
沈黙ののち、アルベルトは短く息を吐いた。
「忠告痛み入る」
それだけ言い残し、彼は歩き出した。
レオンの視線が背中に刺さる。アルベルトは一度も振り返らず長い廊下の先へと消えていった。




