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8呪いと祝福は紙一重

 祝福とは。神々が人や動物などの生命に与えた力の一種だ。種族固有の能力とは魔術系統が違うため、神の力の一端を分け与えたものではないかとも言われている。


 長い歴史を紐解けば、この手の話題には事欠かない。古くは神話にも登場している。祝福を与えられた個体全てが幸せになるとは限らず、欲望に塗れて破滅する物語もあった。


 神が暇つぶしに与え、変わり映えのしない世界に変化をもたらそうとしている――そう珍説を残した学者もいたそうだ。


「祝福って、どういうことですか?」


 フランツ達が呪われているか調べることにした数日後。私は光属性の特別授業を終えてアンネマリーの部屋にいた。


「そのままの意味です。王子や他の男性には、祝福による影響が見えました」


 答えてくれたのは、こっそりフランツたちを調べた魔術師だ。黒く長い髪が印象的な女性だ。てっきり男性の魔術師が来るのだと思い込んでいた私は、彼女の姿に驚いた。あの乙女ゲームでは、攻略対象たちの好感度を上げるアイテムを売ってくれる占い師だったのだ。


 魔術師は私の目を見て、はっきりと言った。


「祝福は、あなたに授けられたものです。祝福が及ぶ範囲や効果は不明ですが、炎や氷といった分かりやすいものでないことは確かです。王子たちは祝福の影響を受ているために、あなたに異常なほど好意的なのでしょう。放置すれば、祝福に影響される男性が増えるかもしれません」


 攻略対象のフランツたち以外は大丈夫だと思う――そう打ち明けられるなら、話が早かっただろう。現時点では私以外の誰も乙女ゲームのことを知らない。


「祝福を消せる方法はないんですか?」

「ルリエッタさん!?」

「神の祝福を消してしまうの?」

「だって、今のままだと確実に面倒なことになりますよ。アンネマリー様が結婚しても、フランツ様が今のまま変わらなかったら? 今でも面白おかしく三角関係だとか略奪愛だって噂されているのに。次は結婚早々に愛人問題勃発かって新聞に書かれますよ?」

「それは……」


 誰も反論できずに黙ってしまった。


「制御できない力なんて、私には呪いと同じです。フランツ様たちも同じじゃないですか? 自分の意思とは無関係に、婚約者じゃない子を好きだと思うように操られているんですよ」

「……そうね。好意を強制されるのは、よろしくないわ」


 アンネマリーを説得できた私は、魔術師にもう一度尋ねた。魔術師は静かな声で答える。


「あなたのように生活に支障をきたす祝福を消したいと望んだ者は、過去にもいたようです。ですが祝福を消す方法は非常に難しく、諦めなければいけない時もあると覚えておいてください」

「分かりました」

「私が知っていることは、まず祝福を与えた神の特定から始めることです。詳しい話は神学者か、高位の神官に尋ねるのがいいでしょう。神の名前が判明したら、その神に強く願うのです」


 神が願いを聞き届けてくれたら、祝福を弱めるか消滅してくれるそうだ。


 神様のせいで迷惑しているから消してほしいという内容を、分厚いオブラートに包んで伝えろということは理解した。


「神学者とか高位の神官って、私みたいな一般人が会えるような立場の人じゃないですよね?」


 私が神殿でよく見かけたのは、下級の神官たちだ。彼らは修行の合間に参拝客と接したり、雑用をしている。高位の神官は彼らの上司にあたり、普段は表に出てこない。神殿がらみの祝日に、儀式を行う姿を遠くから見ただけだ。


「安心なさい。この学園の学園長は、現役の神学者よ」

「本当ですか!?」


 アンネマリーは優雅に微笑んだ。


「実は私の叔父なのよ。学者肌の人ですから、客観的事実を話せば協力してくださるはずよ」



***



 クソゲー確定乙女ゲーム世界に転生してハイスペック攻略対象に追いかけ回され、悪役令嬢に呼び出された私。恥を承知で悪役令嬢に泣きついたら、彼らを隔離してくれただけでなく言い寄られる原因が神の祝福であると判明した。


 話は順調に進み、私は今、神殿にいる。それも一般信者が入れない奥で、高位神官を待っていた。


「いや何で? 嬉しいけど! 順調すぎて怖い! これ絶対に後から運勢の帳尻合わせが来るやつだ!」

「あなたは先ほどから何を呟いているの?」


 頭を抱える私に、ティナの冷たい声が届く。


 魔術師から祝福のことを聞いた数日後、私はアンネマリーから面会の準備が整ったと教えてもらった。てっきり学園長のことだと思っていた私を裏切るように、連れてこられたのは王都で最も大きな神殿だった。アンネマリーは慣れた様子で神官の出迎えに応じ、私とティナに待っているようにと告げてどこかへ行ってしまった次第だ。


 ここへ来ることが過剰な祝福を消すためのものだと理解していても、緊張するのは仕方ない。初めて訪れる神殿の応接室で、落ち着いた様子で待っていられるティナの方がどうかしている。


「だってティナさん! いくらアンネマリー様の伝手だとしても、私みたいな一般生徒が神官長と面会できるなんて、おかしいと思いません!?」

「現在、国内で有数の光魔術の使い手が、神官長と会うことのどこがおかしいのよ。あなたは自分の価値が分かっていないようね」


 ティナは私の瞳を覗き込むように近づいた。


「世が世なら、あなたはどこかの貴族か王族に養子として迎えられていたわ。もう何十年も魔王が現れていないから分からないようだけど」

「私が生きている間も現れないといいなぁ」

「楽観視はできないわよ」


 とにかく気を引き締めなさいと言われ、私はソファに座り直した。


 しばらく二人で待っていると、アンネマリーと学園長が応接室へ入ってきた。やや遅れて神官長らしき老人もやってくる。


 ソファからサッと立ち上がったティナに倣い、私も立ち上がって二人へ挨拶をした。


「君が光の乙女か。なるほど、祝福を消したいと願うのも無理はない。さぞ苦労しただろう」


 神官長の声音は優しく、聞いていると心が穏やかになってくる。たくさんの人を救ってきたのだろうと思わせるものがあった。


 あの乙女ゲームだと、セーブする時に現れるお爺ちゃんだ。そんなことを言っても、この世界には理解してくれる人がいないので、私は黙ることにした。


「この祝福が他の生徒に影響を及ぼしているそうだが」


 興味深そうに私を観察しているのは学園長だ。神官長と同年代だろう。こちらは研究対象以外に興味が無さそうだ。


 二人が部屋に来る前、ティナは彼らが共同研究をしている仲だと教えてくれた。アンネマリーから相談を受けた学園長が、自分の手には余ると判断して神官長に連絡を取ったそうだ。


「私は君に、祝福を与えた神の名と交信方法を教えることができる。だが、神が祝福を消してくれるかどうかは別問題だ。神との交渉には、代償が必要だと覚えておきなさい。一方的な恩恵を期待してはいけないよ」


 神へ供物を捧げている壁画を思い出した。私がやろうとしていることは、神を怒らせる類のものかもしれない。その場合、どのような犠牲を払うことになるのだろうか。


「神官長。ルリエッタさんに祝福を与えた神というのは、どのような気質なのでしょうか?」


 何から聞けばいいのか迷っていた私の代わりに、アンネマリーが質問をした。


「グリンヴェディという名の、愛の女神だよ。とても愛情あふれる女神でね、感情の変化は激しいけれど、基本的には人間の味方をしてくださる方だ」

「愛の女神……」

「身に覚えがあるだろう?」


 女神からの祝福があったから、私は特定の異性に言い寄られることになったらしい。しかしそれだけでは説明がつかない現象もあった。


「その女神様の祝福は、愛情に関することだけですか?」

「いいや。おそらくそれだけではないようだ。私には、複数の祝福が重ねがけされているように見えるね。それぞれどのような恩恵なのか、女神本人に聞いてみるといい」


 神官長が話している間、学園長は嬉々とした表情で何かをメモしていた。まさかと思うが、私は彼の研究対象になっているのだろうか。


 女神と交信する方法を教えてもらうために、神官長の案内で儀式の間へ移動することになった。


「ご学友も一緒に。もし神との交信で心身共に消耗してしまった時に、身内が介抱してくれるほうが心強いだろう」

「ええ。私で良ければ。無用でしょうけど」

「ルリエッタさんなら大丈夫かと思われますが、近くで待機しています」


 神経が図太いから平気だろ、と言われている気がした。アンネマリーへの発言と、攻略対象から逃げ回る行動を正しく評価された結果と言えなくもない。


 最近ではティナが容赦のないツッコミをしてくると思っていたが、繊細な心とは無縁だと思われていたからなのか。もし私が無関係のモブだったら、美人系キャラに冷たくされるなんてご褒美じゃん、なんてほざいていただろう。いまそんなことを言う奴がいたら、右の拳が唸ることは間違いない。


 小さな祭壇がある儀式の間へ移動した私は、神官長から愛の女神を象徴する模様を教えてもらった。


「祭壇の上。左側にある模様が見えるかね? あれがグリンヴェディの印だ。この紙に印を写して、強く念じなさい」


 女神の模様はハートの線画に装飾を付け加えたもので、描くだけなら難しくなかった。乙女ゲームのパッケージに描かれていたし、ことあるごとにゲーム画面にも登場している。データ読み込み中に画面の右下に出てきて、くるくる回っているやつだ。


 赤いインクと手のひらほどの紙をもらって描き写し、両手で広げるように持った。


 私が愛の女神へ呼びかけている間、神官長は香炉に火をつけて壁沿いを歩いていた。長い鎖がついた香炉を前後に揺らすと、中から甘い香りがする煙が出てくる。ちょうど部屋を一周したところで、私の頭上に光が差した。


 とうとう元凶――祝福をくれた女神が降臨する。


 最初に見えたのは輝くような金の髪だった。真っ白な翼に、白くゆったりとした衣装。薔薇色の頬をした、恐ろしく整った女性の顔。


「はぁい。呼んでくれたのは、あなた? 愛の女神、グリンヴェディ様が来たわよ。それで、知りたいのは恋人の秘密? それとも気になる相手の落とし方かしら? あっ……もしかして、キス以上の関係になる方法? やだぁ。最近の人間って早熟なんだからぁ」


 女神は頬を両手で包み、恥ずかしがるように上体を左右に振った。


 頭の中が花畑になっている女神様が来やがった、と心の中のおっさんが呆れている。とりあえず、ぶん殴ってもいいだろうか。

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