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7穏やかな日常と終焉

 夕方、寮に帰ってきた私たちはアンネマリーの部屋に集まった。


 高位貴族の個室は広く、少人数のお茶会ならできそうなソファーもある。寝室は続きの部屋だろう。専用のシャワールームやバルコニーまで付いている。広くて掃除が大変そうだなと思ってしまうのは、私が庶民だからか。


 アンネマリーは身の回りの世話をするメイドを一人だけ、実家から連れてきていた。メイドは皆に紅茶を配ったあと、壁際に下がって静かにしている。


「今日一日、ルリエッタさんと行動を共にしました。彼女が言う通り、少し奇妙なことになっているようね」


 アンネマリーがそう切り出すと、ティナが続いた。


「私は皆様から少し離れたところで観察をしていました。フランツ様と護衛のイレウス、それから光魔術の教師代理だというジュリアン氏の三名に不自然な点が見られました。今日は副生徒会長と遭遇しておりませんので、彼の行動は不明です」

「不自然な点を具体的に話して」

「三名ともルリエッタさんがいないところでは、いつも通りなんです。ところがルリエッタさんが現れた途端に、彼女のことしか考えられないような……」


 ティナは言葉を探しているのか、言い淀んだ。アンネマリーはそんなティナに助け舟を出す。


「構わないわ。はっきりと言って」

「では、失礼して。三人ともルリエッタさんと恋愛をすることしか考えていないような、浅はかな行動をとるようになるのです。まるで、何かの呪いにかかってしまったように」


 呪い。その視点は私にはなかったものだ。さすがは優等生のティナだ。


 考えてみれば、前世で遊んだゲームの強制力などという根拠が薄いものより、呪いとするほうが素直に納得できる。他人への説明にも使えそうだ。


「呪いかどうかはさておき、フランツ様がルリエッタさんに興味を持つようになったのは、入学してからですわ」


 アンネマリーが物憂げにため息をついた。


「入学前にフランツ様がルリエッタさんのことを話題にしたときは、珍しい光属性の持ち主がいるとしか仰っていなかったわ。むしろ光の魔術を教えられる教師が学園にいないことの方が気になっていたみたい」

「ルリエッタさんと会うことが、行動を変えるきっかけになっているのでしょうか」

「学園の外で会った時はどうなのです?」


 他の令嬢から質問された私は、町で経験したことを簡潔に話した。


「学園を離れても変わりません。私を見つけたら、絶対に会話をしないといけない決まりがあるような感じですね。一番いいのは、私が学園から去ることなんでしょうけど……よほどの理由がないと退学できないんですよね?」

「光属性ですもの。死なない限りは無理よ」

「ですよねー……」


 さすがに死ぬのは遠慮したい。


 この国が光属性持ちを保護するのは、いつ発生するか分からない悪魔の襲撃を警戒してのことだ。乙女ゲームでは悪魔はラスボスとして登場していた。悪魔に最も有効な属性は光だ。悪魔の襲撃は大勢の命に関わる。だから私が光属性を持っていると判明したとき、皆は喜んでいた。


 私はただの平民だ。光属性を持っているだけで、強力な後ろ盾などない。複数の貴族男性と問題を起こしていたら、家族を人質にされて死ぬまで働かされるかもしれない。


 ジュリアンは臨時で学園へ来ているだけなので、元の教師が戻ってくれば会う確率が下がる。最大の問題はフランツだ。この国の王子で同じ学園にいる。避ける手段が少ない。


「これは私達の手に余るわ。親の力を頼ることになるけれど、皆様はそれでもよろしくて?」


 頼りにされた取り巻きの令嬢たちは、瞳を輝かせて同意した。


 私に異論があるわけがない。貴族の親だろうと外国人だろうと、私を助けてくれる人は大歓迎だ。


 アンネマリーは呪術に詳しい者を家族に持つ令嬢に声をかけた。


「フランツ様たちに呪いがかかっているのか、調査してもらいましょう。現段階では、私の個人的な依頼という形にします」


 他にも数名の令嬢がアンネマリーから指令を出されていた。


「今日はこれで解散にしましょう。ルリエッタさんは今夜も隣の部屋を使いなさい」

「はい喜んで」


 あの個室は最高だ。ゆっくり宿題ができるし、邪魔をされずに眠れる。


「ティナはもう一日、ルリエッタさんの部屋を使って。訪問者の対応をお願いね」

「かしこまりました」


 ティナは神妙な顔で頷いたが、きっと内心では悲しんでいることだろう。後でお菓子を差し入れしようと決めた。





 それからしばらくは、似たような生活の繰り返しだった。


 皆は病欠扱いにして寮で隠れてはどうかと提案してくれたが、私は謹んで却下を申し上げた。あの乙女ゲームには、風邪を引いたヒロインが攻略対象に看病されるというイベントがある。呪いだか強制力だか知らないが、絶対にフラグを立てるわけにはいかないのだ。


 私の部屋に寝泊まりしていたティナによると、あれから攻略対象たちは訪問してこないらしい。ヒロインとの甘いひとときというイベントが消滅したのか、一時的に中断しているのかは定かではない。どちらなのか検証する気にならず、私は引き続きメイド部屋を使わせてもらっている。


 アンネマリーが対策を考えてくれているのに、私が何もしないのは申し訳ない。私は弟と連絡を取り、フランツたちの時間割を聞き出そうと思った。いつどの授業を受けているのかを知っていれば、教室を移動するときに出会う確率を減らせる。まさかここで弟のお助けキャラ設定が役に立つとは思わなかった。


 逃げることに必死で、弟の存在を忘れていたことは黙っておく。


 弟を呼び出した私は、裏庭の木立に隠れて密会した。


「姉ちゃん、王子たちと付き合ってるって本当?」

「その噂を流した奴にラリアットを喰らわせたいから名前を教えて」

「ごめんよ。犯罪者の家族になりたくないから秘密にするね」


 薄情な弟である。


 後ろから弟に組み付き、スリーパーホールドを披露してあげると、弟はあっさりと名前を明かした。彼らの名前はしっかりと脳裏に刻んでおいた。面白がってありもしない噂を流す奴は、いつか痛い目に遭ってもらおう。心の中のおっさんも、腕組みをして頷いている。


「王子と平民が恋人になるなんて、どこの小説よ。私はそういうの嫌だって言ったでしょ? どうせならアンネマリー様の下僕になりたがっているって話を流してよ」

「やだよ。変態の弟って思われるじゃん」


 弟には、折衷案の「アンネマリー様は懐が広い人だから、平民のルリエッタを友人として招き入れた」という噂を流すようお願いしておいた。


 弟の情報が功を奏し、王子たちと会う回数が格段に減った。さらに取り巻き令嬢たちと協力して、フランツをアンネマリーと遭遇するように仕向けておく。不快な噂を聞いたら速攻で「フランツとアンネマリーこそ、お似合いの二人だ」と上書きをしておいた。ついうっかり、アンネマリーの下僕になりたいと口走った時はドン引きされたが、今さら私の評判なんてどうでもいい。むしろフランツと噂にならないぐらい、変人だと思われたいのだ。


 取り巻き令嬢たちとは、随分と親しくなった。共に不名誉な噂に立ち向かううちに、仲間と認めてくれたらしい。彼女たちはとても親切だ。平民が習う機会がなかったダンスや礼儀作法の練習に付き合ってくれる。おかげで赤点圏内だろうと思われた科目は、なんとか補習を免れた。


 ようやく学園生活に慣れてきたとき、アンネマリーが私たちを集めて言った。


「呪術に詳しい魔術師と連絡が取れましたわ。急遽ですが、明日、フランツ様たちを見てもらいます」


 一瞬、なんの話をしているのか理解できなかった。それほどまでに私は今の生活に馴染んでいたようだ。


「問題はフランツ様たちに気付かれることなく、集まっていただく方法よ。証拠もないのに、呪われているかもしれないから調べさせて、なんて失礼ですもの」


 アンネマリーが言うことにも一理ある。


 大抵の人は、あなたの行動は呪いのせいだと決めつけられたら、いい気はしない。呪いではなかった時を想定して、こっそり調べたいのだろう。


 フランツたちを集める方法は、心当たりがあった。


「簡単ですよ。光魔術の練習に付き合ってほしいって、私が王子たちに声をかけるんです。今までの行動パターンなら、絶対に来てくれます。その間にアンネマリー様たちは物陰から王子を調べてください」

「あなたはそれでいいの?」

「いいんです。どんな手段を使ってでも、調べるべきです」

「アンネマリー様。ルリエッタさんの言う通りですわ」


 他の令嬢たちが私の意見に同意してくれた。アンネマリーは私を犠牲にするようで気が引けていたようだが、他に方法はないと結論を出した。


「では明日、放課後に決行いたしましょう」


 こうしてフランツたちを魔術師に見てもらうことになった。場所は裏庭だ。魔術の練習に最適なこともあるが、円形の広場の周辺には花壇や木立があり、調査してくれる魔術師が隠れるにはうってつけだからだ。


 フランツたちの相手をしていた私は後から聞いたが、彼らを見た魔術師は困惑していたらしい。


 魔術師は時間をかけて、フランツたちの行動を狂わせていたものの正体を掴んだ。


「これ、呪いではありませんね」


 では何かとアンネマリーが尋ねると、魔術師は短く答えた。


「祝福です」

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