4限界も唐突に
私が恐れていた事態が一気に加速した。攻略対象たちが私の周囲に高頻度で出現するようになったのである。
廊下ですれ違うのは当たり前。同じ授業の時は隣に座る。光魔術の授業では、教師が多忙につきジュリアンが来るようになった。もちろん王子たちも同席である。
外出をすれば道端や店で遭遇し、高価な品を贈られたこともあった。
私が王子たちをあからさまに避けていることは、弟にはバレていた。一度だけ弟を身代わりに逃げた後で、よっぽど嫌なんだなと遠い目で言われたことがある。今では私の良き理解者だ。
同級生たちは度々遭遇する攻略対象たちに、初めこそ目を輝かせていた。ところが彼らの目的が私であることを察して、次第に距離を置き始めた。私が彼らに関心がないことも原因だったのだろう。弟の時のように好意を持っていないと伝えても、謙遜風のモテ自慢だと受け止められてしまった。理不尽だ。
一度入った亀裂は、なかなか元に戻ることはない。一ヶ月も経たないうちに、私は同級生たちから遠巻きにされるようになった。二度目の青春を返せ。
乙女ゲームのイベントは数あれど、最も私を悩ませたのは、攻略対象が寮の部屋を訪問するイベントだった。男子禁制なので訪問は窓から行われる。見つかったら王子といえども退学処分ものだが、攻略対象は強制力によって守られているのだ。見つかるわけがない。決して警備員が怠慢なせいではなかった。
攻略対象たちが訪ねてくるのは、決まって夜だった。ゲームのタイムテーブルに沿っているらしい。好感度が一定数を超えるまでは、訪問してくる攻略対象はランダムで決まる。今はそのランダム期だ。
はっきり言って迷惑だった。私が勉強したい時や早めに寝たい時でも、彼らはお構いなしにイベントを起こしに来る。一億歩譲って勉強を教えてくれるならまだしも、他愛のない雑談をして帰っていく。
最近は上級生の伯爵子息も加わった。生徒会の副会長で、見るからに真面目そうな生徒だ。乙女ゲームであればヒロインの成績を大幅に伸ばしてくれるキャラだが、ここは現実世界。少し話しただけで好意を持って、夜中に訪問してくる異性などお断りだ。
攻略対象たちの非常識な行動は、ゲームだから成立するのだと、身を持って知った。いくら見た目がイケメンだろうと、許せないことはある。風呂が終わってのんびりくつろぎたい時に来るんじゃない。人に見られたくない格好でだらけたい時があるのに。
王族や上位貴族の息子、魔術の臨時教師へ向かって「帰れ」と言えるものなら言いたい。帰れ。本当に。
寝不足が続いたある日、私は王子の婚約者であるアンネマリーに呼び出された。指定された教室へ行くと、彼女の取り巻きも一緒だった。
「あなたが貴重な光属性の持ち主であることを考慮して黙っていましたが、最近は目に余るものがあるのではなくて? 婚約者がいる男性と二人きりでいることがどんな意味を持つのか、知らないわけではないでしょう?」
ご最もな意見である。私は王子たちに遭遇しないよう努力をしているけれど、結果が伴っていない。アンネマリーに申し開きをしても、稚拙な言い訳にしか聞こえないだろう。
でも、できることならその苦情は王子たちへ言ってもらいたい。生まれも育ちも平民の私じゃなくて。
「フランツ様に婚約者がいることはご存知?」
フランツは王子の名前だ。ずっと王子と呼んでいたので、危うく忘れそうになっていた。
もちろん目の前にいるアンネマリーが、フランツの婚約者であることも知っている。
「近頃、フランツ様の婚約者に相応しいのは、あなただという噂が流れているのよ」
どうやら私は王子ルートへ突入しかけているらしい。眩暈がするほど煌びやかな未来が訪れる気配に気絶しそうだ。
「あなたはそのことについて、どう思っていらっしゃるの?」
もう限界だった。
「……た」
「た?」
「助けてください……」
私は学園に入って、初めて人前で泣いた。
「え? ちょっと、どうしていきなり泣くのよ!」
「もう無理! 廊下で待ち伏せされたり、偶然を装って同じ授業を選択したり……贔屓される私を見て、友達がいなくなりました。夜中に訪問されて睡眠時間を削られるのも嫌。どうか、私に彼らと関わらない生活をください……」
どれだけ私が回避しようとしても、私の力が及ばないところで辻褄を合わせられる。光属性持ちなので、学園を自主退学することもできない。
「学園から逃げたら、家族に迷惑がかかります。私は平民のままでいたい……でも平民のままだったら、権力に抗えないんです」
アンネマリーたちは困惑して、小声で話し合っている。
「な、なんだか予想と違いますわ」
「ですが、彼女がフランツ様と一緒にいるところは何人も目撃していますし……」
「演技という可能性は」
「演技? いま演技って言った?」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。いくら貴族令嬢でも言っていいことと悪いことがある。
「演技でこんな寝不足の顔になれる? クマが消えないんだよ」
アンネマリーは片手を軽く挙げて、取り巻きを静かにさせた。
「あなたが光の乙女という立場を利用して、フランツ様と同じクラスになるように仕組んだというのは、本当なの?」
「私にそんな影響力はありません。光属性を持っていても、私はただの平民です。それとも歴代の光の乙女は、王族の行動や学園を変えるほどの権力を持っていましたか?」
「……ないわね」
「嘘だと思うなら、しばらく私と一緒に行動してみてください。気が済むまで調査してもらってもかまいません。私だって、今の状況は嫌なんです」
「あなたがそこまで言うなら――」
「じゃあ手始めに、アンネマリー様が信用している人を私の部屋で寝泊まりさせてください!」
私はアンネマリーの気が変わらないうちに、食い気味に提案した。味方になってくれそうな人だ。ここで逃したら、私の平穏な生活は二度と来ないだろう。絶対に逃がさん。
「私はクローゼットの中で寝ますので!」
「クローゼット!?」
「ゆっくり寝たいんです。誰にも邪魔されない場所で、ゆっくりと、寝たい」
大切なことだから二回言った。
「わ、分かったわ。なんだか誤魔化されたような気もするけれど……ティナ、あなたにお願いしてもいいかしら?」
アンネマリーは真面目そうな女生徒に声をかけた。
「かしこまりしました。ルリエッタさん、後であなたの部屋を教えてくださる?」
「もちろんです。後だなんて言わずに、今すぐでも」
「い、いえ、まだ授業が残っているので……」
ティナは明らかに引いている。だが私の部屋で一晩過ごす約束は取り付けた。
きっとティナは私の苦労を理解してくれるだろう。夜中に訪問する攻略対象を追い返すと、別の攻略対象が現れる悪夢のような現状を。




