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2/10

2フラグは立つ前に粉砕しましょう

 見た目改造計画は頓挫した。間違いなく、この世界には乙女ゲームの強制力が働いている。いい仕事をしすぎだ。責任者出てこい。


 五回ほど髪を切っては翌日に元通りという悪夢を繰り返し、私は断髪を諦めた。代わりに何の色気もない三つ編みにして、近所でも評判の美少女という噂が立たないようにして強制力に抗っている。今の私は近所でも野暮ったいと噂の女の子だ。


 現時点では、急に髪が解けて周囲を魅了するような、人生一発逆転なトラブルはない。あってたまるか。


 順調に平民生活をしていた私だったが、攻略対象の一人である幼馴染との交流は避けられなかった。親同士が非常に仲が良く、たびたび食事会だの祭りに参加だのイベントを起こしてくれるからだ。さらに幼馴染は私の弟と親友なので、家族ぐるみの付き合いが続いている。


 ある日、私の家に遊びに来ていた幼馴染のレオが言った。


「あのさ、女の子ってどんなプレゼントをされたら嬉しい?」


 ヒロインとレオのイベントの中に、過去の思い出を振り返るものがあった。その前振りだろう。


 この段階のレオは、ヒロインじゃなくて別の女性のことが好きだった。色々と手を尽くして念願通りに付き合ったものの、相手の女性から「私よりもお似合いの人がいるでしょ」という理由で振られてしまう。


 私には分かる。これはヒロインのことを指しているのだ。


 ヒロインはレオが片想いしている時から恋を応援し、アドバイスを欠かさなかった。甲斐甲斐しく世話を焼いた結果、デートに着ていく服やプレゼント選びの相談をされる仲にもなった。お節介すぎて第三者から邪推されるのも無理はない。


 恋人にしてみれば、レオの後ろには常に別の女の影がちらついているのだ。もし喧嘩でもしようものなら、レオは真っ先に幼馴染の私に打ち明けるだろう。恋人の間に挟まる幼馴染の女など、鬱陶しいに決まっている。


 ヒロインとレオはルートによっては恋人になる。両思いになったヒロインとレオを見て、元彼女はきっと自分の判断が間違っていなかったと確信するだろう。私は画面へ向かって「最初から幼馴染同士でよろしくやってろよ」と暴言を吐いてしまったことがある。もちろんネットの被害者たちも同様の言葉を投げつけていた。


 私の心は決まった。


 ソファに座って呑気に悩んでいるレオへ向かって、私は冷めた目で言う。


「人それぞれ違うから、私に聞いても無駄だよ。恋人か、彼女の友人に聞きなよ」

「いや、そうなんだけどさ。許容範囲っていうか、無難なラインってあるだろ?」

「本気で好きなのにプレゼントは無難なもので済ませるの? それ本当に好きって言える?」


 レオは衝撃を受けた顔で黙った。人は世界の真実を打ち明けられたら、きっとこんな表情になると思わせる顔だ。


「恋人のために、その程度の調査も惜しむわけ? 喜んでくれるプレゼントをあげたいって気持ちは理解できるよ。でも私はレオの恋人のことなんて全く知らないし、友人でもないから、的外れなアドバイスしかできないからね」


 本当は恋人の顔も名前も知っている。だがレオと恋人のために、突き放す必要があった。


「だいたい、彼女へのプレゼントを幼馴染と選ぶって情けなくない? 一人じゃ何もできない奴だって彼女に思われてもいいの?」

「良くない!」


 レオは勢いよくソファから立ち上がった。


「ルリエッタの言う通りだ。俺、どうかしてた。自分と彼女のことなのに、何も考えずに丸投げしようとして……ごめんな!」


 ありがとうと爽やかな笑顔で、レオは帰っていった。悪い奴ではないのだ。少しばかりストーリーの影響を受けているだけで。


「よし」


 とりあえずフラグの一つを潰した。このままレオと恋人が上手くいけば、レオのストーリーから脱落できる。


 レオは素直な性格だ。しかも惚れたら一途なところがある。あとは「幼馴染とはいえ異性のいる家へ気軽に入ってくるな。恋人に勘違いされてもいいのか」と苦情を言えば、訪問を控えてくれるだろう。


 これからは恋人の方だけを向いて、幸せになってほしい。私の脱ヒロイン計画のために。



***



 攻略対象一人分のフラグを粉砕した私だったが、やはり避けられないものはある。なんと未成年者の魔法属性を調べる儀式で、私が光属性を持っていることが判明したのだ。


 両親や近所の人たちは私が光属性だったことを喜んでくれるが、私は不幸のどん底へ突き落とされた気分だった。


 光属性とは、この国を悪魔の襲撃から守ったという、出典が怪しい昔話によく出てくるご都合主義的な力だ。乙女ゲームでは最後の戦いに赴いたヒロインたちがピンチに陥った時に、攻略対象と祈ることで真価を発揮していた。二人の愛の力は強力な光となり、どのような仕組みか知らないがラスボスの悪魔を弱体化させる。その後二人は見事に悪魔を倒し、世界には平和が戻る。


 めでたしめでたし。私も当事者でなければ、一緒に喜んでいたのに。


 光属性持ちは問答無用で入学することが決まっている。寒気がするほど乙女ゲームと同じ流れだ。


 こうなったらラスボスのような、厄災を撒き散らす存在が出てこないことを祈るしかない。レオとのフラグを壊せたのだ。一つ一つのイベントを台無しにしていけば、きっと願いは叶うはず。


 私は来るべき日に向けて、イベントの発生条件を洗い出していった。


 人がいない教室はイベントの宝庫。忘れ物は攻略対象に遭遇するフラグだから、絶対にしないこと。授業が終わったら、すぐに寮へ帰ること。図書館などの施設を利用する際は、短時間で用事を済ませること。


 とにかく、一箇所にとどまっているのは、よろしくない。


 成績は良くても悪くても、一緒に勉強をするイベントがある。攻略対象を見つけたら、全力で逃げることがイベント回避の最適解だ。


 一部の攻略対象には婚約者がいることを忘れてはいけない。レオの時と同じく、二股や浮気と思われる言動を避けていれば、学園でいじめられることもないだろう。


 順調に月日が流れ、私は学園の入学式に参加した。


 弟も成績優秀な特待生として入学していたが、私は別の理由を知っている。弟は乙女ゲーム内でヒロインを助けるキャラだ。攻略対象の情報や好感度、成績の上げ方まで教えてくれる。便利屋が弟の形をした存在と言っても過言ではない。だから弟も学園に入学することは、世界にとって必然だったのだ。


 壇上には生徒会長だという王子が挨拶をしている。輝くような金髪に青い瞳の典型的なイケメン――もちろん攻略対象である。その後ろに控えている人物は護衛だろう。顔が描かれていないモブの中に、似たような格好をしたキャラを見た記憶がある。


「姉ちゃん知ってる? あの王子ってものすごくモテるらしいよ」


 隣に座っている弟が小声で話しかけてきた。


「知ってる」

「姉ちゃんも気になる?」

「いいえ全く」

「即答だね」


 王子の挨拶が終わり、壇上から降りてきた。ちらりとこちらを見てきた気がするが、目の錯覚だろう。


 私は弟が理解してくれるよう、言葉を選びつつ言った。


「平民の私が王子に話しかけるどころか、同じ空間にいることすら烏滸がましいのよ。同じ学園に通っているけれど、違う世界の人間なんだって忘れないようにしないと」

「そんな大袈裟な。玉の輿に乗りたいとか思わないの?」


「思うわけないでしょ。もし万が一、可能性は限りなく低いけど、隕石が当たるぐらいの確率で結婚に持ち込めたと仮定するよ? 私は朝から晩まで貴族になるための勉強をして、複雑な人間関係を頭に叩き込んで、波風を立てないように生きていかないといけなくなるんだよ。結婚相手が王族なら外交にも顔を出さないといけないよね。外国語を覚えるだけじゃなくて、相手の国のことも知っておかないと。愛だけで乗り切れる問題じゃないわけ」

「うわ、怒涛の拒否理由がきた」


「弟よ。君も他人事じゃないんだよ?」

「というと?」

「王子妃の家族ってだけで注目されるね。絶対に。もし軽犯罪を犯してしまったら、殺人を犯したぐらいの勢いで叩かれるよ。利用してやろうって人間も寄ってくる。もし王子が乱心したら、連座で処刑されるかもしれない。反王子派に狙われる可能性もあるよ。うちが最初から貴族だったら、そんなリスクを回避する方法を心得ているだろうけど。ただの平民に政治の駆け引きができると思う?」

「……姉ちゃん、貴族って怖いね」

「そうだよ、怖いんだよ。だから君も付き合う相手は選ぼうね」

「うん。気をつける」


 貴族と関わるデメリットに震えている弟だが、社交的な性格だから相手の人柄を見抜いて友人を増やしていくだろう。それが便利屋キャラに与えられた長所だ。


「というわけで、私は平民らしく謙虚に過ごそうと思う。今時は光属性ってだけで役職に就けるような時代じゃないし。自分の能力に合ったところで就職するのが一番いいよ」

「そっか。俺もちゃんと考えて行動しないとな」


 聡い弟のことだ。私や両親の迷惑にならないところで、学園生活を楽しんでくれると期待している。

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