7話 フワフワモコモコの魔王
「つ、継ぎません!」
村娘ですけど、あたし!
そりゃ、他の子たちよりちょぉぉっと美人で、ちょぉぉっと賢いけど!
でも所詮は村娘。
簡単に領地を継がそうとしないで欲しい。
「残念だなぁ、うちの息子たちは領地を継ぐことに興味がないんだよね」アンジェロが肩を竦める。「上の子はさっさとアカデミーを卒業して準男爵になって、サッと独立して今は中央官僚。下の子はなんとか説得して、僕の後継者として育ててるけど、どうも冒険者になりたいみたいでね……」
「冒険に憧れる年齢というだけだろう」とジョスラン。
「だといいけどね。とりあえず、さっさと養子縁組の手続きを終わらせよう。君たち」アンジェロは控えていたメイドたちに言う。「クロエを僕の娘として扱え。部屋も準備してくれ。よろしく頼む」
メイドたちの返事を聞いてから、アンジェロは執事と執務室へと向かった。
「……行っちゃいましたね」とあたし。
「兄上は行動が早いのだ」とジョスラン。
「……決断も早かったですね」
「うむ。昔からだ」
「あたし、本当に領主様の娘になるんですか?」
「不安そうな顔をするな。大丈夫だ。兄上の性格はワシが保証する」
「あ、はい、どうも……」
あたしは曖昧に頷いた。
現実の速度にやや付いて行けない感がある。
だって少し前まであたしは『村娘だけど美人で賢いクロエ』だったのに、それがいきなり『可哀想な生贄のクロエ』になって、次は『精霊士かもしれないクロエ』で、今は『領主様の義理の娘のクロエ』だよ?
もう何がなんだか。
メイドになるって話じゃなかったの?
◇
私たちは応接室っぽい部屋に通され、そこでお菓子とお茶が出た!
私の分もある!
メイドたち優秀!
私のティーカップは本来ならミルクを入れる小さいカップ。
普通のサイズでも私は飲めるけどね。
中のお茶を浮かせて、少しずつ飲めばいいわけだし。
でもありがとう!
メイドたちはお菓子やケーキも私用に小さく切り分けてくれた。
この世界の人間、割といい奴多い!
前の世界の人間は本当にどうしようもない連中で、私らは『人カスさん』って呼んでた。
さてそんなわけで、私、クロエ、イケオジのティータイムは沈黙とともに進んだ。
イケオジは特に話すことがないのか、1人で考え事をしているように見えた。
クロエはなんだか少し落ち着きがない。
もしかしてクロエって家出少女だったのかも?
連れ戻されたからちょっと不安になってるとか?
モグモグとケーキを食べながら私は考えた。
そしてケーキがとっても美味しいので、思考を遠くの泉に放り投げた。
私は考えない魔王。
やめよう、知的生命体。
しばらくティータイムを楽しんだあと、メイドたちがクロエに何かを言って、クロエが立ち上がった。
そして私の方に手を伸ばしたので、私はクロエの手に乗っかる。
クロエは私を肩に乗せ、メイドたちに付いて歩き始めた。
どこに向かっているのだろう?
しばらく屋敷の中を歩いて、到着したのはお風呂でした!
おお、お風呂!
そういやずっと入ってないじゃん!
私は臭い魔王!
って思うじゃん?
私は自分とクロエに【クリーン】と呼ばれる魔法をかけていたから、全然汚くないのである!
この魔法は汚れと悪臭を除去する効果がある。
人類との戦争中に、最前線の兵士たちが編み出した。
風呂に入れない悲しみ、仲間が臭くて鼻がもげそうな絶望、そういう環境が産んだ悲しき魔法なのである。
メイドたちがテキパキとクロエを脱がせる。
美幼女の全裸いただきました!
私も脱ごうっと!
私は着ている服を直接、【亜空間収納】に仕舞った。
外から見てると、私がいきなり全裸になったように見えたはずだ。
さぁ、いざ異世界で初めてのお風呂としゃれ込もう!
私はお風呂にダイブして、少し潜ってから上昇し、勢いよく頭を水面に出した。
「ぷはぁ、やっぱコレだね!」
私はルンルン気分で、適温のお湯をユラユラと泳ぐ。
そんな私を見て、メイドたちとクロエが苦笑い。
さぁ、クロエも入るのだ!
私はジェスチャでそう伝えた。
クロエが湯船に入る時、メイドたちが支えていた。
さすがお嬢様、お風呂に入るだけでもメイドのお手伝いがあるのか。
クロエが肩までお湯に浸かり「ふぅ」と息を吐いた。
それから、メイドたちが湯船に薔薇の花を浮かべ始める。
マジか、薔薇とか浮かべちゃうの?
薔薇のいい香りが漂う。
私は両手を伸ばして、水死体一歩手前みたいな感じで仰向けに浮かんだ。
ここが天国か?
◇
あたし、こんな豪華なお風呂に入ったの初めてなんだけど。
村にもお風呂はあったけど、共用だった。
女性と男性で時間を分けて使っていたなぁ、とあたしは思い出した。
村を離れて、まだそれほど月日は経っていないはずだが、なんだかもうすごく昔のことのように思う。
ここ数日の人生模様が濃すぎるんだよね。
そんなことを思いながら、あたしはレアを見た。
レアは脳天気な表情でお風呂に浮いている。
(闇の精霊って、とっても自由なんだね)
あたしは村娘として生まれ、村娘として育ち、そして生贄として捧げられた。
父も母も、あたしが生贄に選ばれた時、抵抗しなかった。
兄妹は多かったし、1人ぐらい別にいいや、って感じだったのかも。
ぐぬ……あたしが一番美人だったのに……。
まぁ、公平なくじ引きで決まったから、抵抗しても村八分にされるだけ。
なので、反抗するという選択肢はなかったのだと思う。
「お嬢様、髪を洗いますね」
メイドの1人が言った。
あたしはボーッとしていた。
「お嬢さま?」
メイドはあたしの頭に触れながら言った。
「あえ!? あたし!?」
「そうでございます」
あたしは自分がお嬢様だと認識していなかった。
本当にあたし、今日から『お嬢様のクロエ』なの?
「髪を洗っても?」とメイド。
「あ、はい。お願いします」とあたし。
「お嬢様、伯爵家の一員となるのですから、わたくしどもに敬語は止めてください」
メイドの1人が言って、他のメイドたちも頷く。
ちなみに、お風呂場には3人のメイドがいる。
10代のツインテールのメイド、20代のメガネのメイド、30代の貫禄あるメイドの3人。
「が、頑張りま……えっと、頑張る……」
あたしは少し困惑しながら言った。
単純に、タメ口に慣れていないのだ。
「それでは失礼して……」
貫禄あるメイドがクロエの頭を洗い始める。
白くて綺麗で、いい匂いのする泡がモコモコと広がる。
その感触が気持ちよくて、あたしは「ほえぇー」と呟いた。
「精霊様も洗いましょうか?」とメガネメイド。
「えっと、レア」
あたしが呼ぶと、水死体みたいにプカプカしていたレアが、視線だけをあたしに向ける。
「洗う? 髪」
あたしは自分の頭を指さして、レアを指さす。
レアはスッと飛んで浴槽の縁に腰掛け、よろしくって雰囲気を出した。
「洗って欲しいみたいで……みたい」
「分かりました。わたくしが担当します」
メガネのメイドがキリッとした表情で言った。
◇
私、生まれて初めて他人に洗って貰った。
気持ちいいので途中で寝そうになった。
身体中泡だらけ!
フワフワモコモコ!
私は泡立ち魔王!
メガネのメイドさんが、優しい手つきで私をナデナデするように洗ってくれた。
うむ、実にいい。
セカンドライフ最高!
異世界転移して良かった!
そしてクロエのペットになって正解だったみたいね。
◇
お風呂から上がって、ホクホクの私とクロエが応接室に戻ると、イケオジが少年と話をしていた。
少年は見た感じ15歳前後で、髪は茶色のポニーテール。
ややラフな格好だが、高価な服を着ている。
顔の感じはクロエの父(仮)に似ているように思う。
イケオジの面影もあるね。
あれ?
もしかしてクロエの兄かな?
そしてイケオジはクロエの実の伯父とか?
少年は私を見てすごくビックリしたような、でも嬉しいような表情を浮かべ、サッと席を立った。
そのままズンズンと歩いて私の前へ。
何か言ってるけど、何言ってるのかサッパリ分からない。
ふふ、私は勉強しない魔王。
こっちの言葉を覚える気はサラサラない!