11話 邪竜の脅威……脅威?
「どうクロムギ、あのぐらいの魔法なら問題なく受けられる?」
いつまでも空を見ているクロムギに、私はそう声をかけた。
「いやぁ……死ぬでしょ」とサラA。
「少なくとも、わてらは死にますなぁ」とサラB。
お前ら雑魚には聞いてない。
「ちょっと痛そうではあるが……死にはせんだろうな」
え?
クロムギって、さっきクロエが使った程度の魔法でダメージ受けるの?
ドラゴンなのに?
「ケガしたら治してあげるよ」と私。
「では、特に問題はないかと」とクロムギ。
「さすが邪竜……あんな凶悪な魔法でも死なないとか」とサラA。
あんなの全然、凶悪じゃないってば!
私が本気出したら大陸ごと海の底に沈めちゃうよ!
実際、前の世界では沈めたことあるしね!
まぁ、大陸の1つや2つ滅びたところで、前の世界の人類は降伏しなかったけどさ。
バーサーカーだもんな、あいつら。
私は小さく首を振って、前の世界のことは一旦、置いておく。
「それじゃ、善は急げって言うし、今から作戦開始ね」
私が言うと、サラマンダーたちとクロムギが「え?」と目を丸くした。
「いや、早い方がいいでしょ?」
「ふむ。確かに」クロムギが神妙に言う。「人間どもに正体がバレる心配をしながら生きるのは、我もしんどい。憂いは早々に断ちたいところである」
「じゃあ決まりね。一旦、クロエの注意を引いてて」
私はサラマンダー二匹にそう言った。
◇
パストルが真剣な眼差しであたしを見る。
どうしたのだろう?
とか思っていると。
「クロエ、お兄ちゃんがムカついても、魔法で攻撃するなよ?」
「しないよ!? あたしを何だと思ってるの!?」
ビックリしちゃうなぁもう!
あたしは暴漢じゃないし、邪竜でもないのに。
と、なぜかサラマンダー二匹があたしに近寄ってきて、一匹があたしの頬を舐めた。
ペロッて。
突然のことに、あたしは一瞬、硬直した。
「え? サラちゃん何してんのぉ?」
これにはエルも引きつった表情を浮かべていた。
「なんで舐めたの? 何の意味?」とあたし。
「祝福された、とか?」とパストル。
うーん、何も変化はないから、ただ舐めただけなんじゃ……。
レアもいきなり首にキスするし、精霊の愛情表現とか?
サラマンダーたちは満足そうな雰囲気だった。
まぁ、サラマンダーが満足なら別にいいけど。
やや煮え切らないけど、あたしはそう納得した。
そしてその時。
空が陰った。
「ほえ?」
あたしたちが空を見上げると、そこには黒い大きなドラゴンが滞空していた。
「えええええええええええ!?」
あたしはパニックになって叫んだ。
「マジかよぉぉぉぉぉぉ!!」
パストルも混乱してあたふたしている。
「どうしてここに邪竜が?」エルは比較的、冷静だった。「てか邪竜だよねぇ?」
エルの言葉が終わったとほぼ同時に、邪竜が大きく咆哮した。
その咆哮には魔力が宿っていて、周辺の住居の屋根がいくつか飛んで行った。
こわっ!
邪竜こわっ!
◇
(……やりすぎたか……)
クロムギは割と本気で咆哮してしまったことを反省した。
普通に街に被害が出てしまった。
まぁでも、多少壊した方が真実味はあるか、と思い直す。
ケガ人はクロエかレアが治すだろうし。
気を取り直して、次は翼をバサーっと動かす。
そうすると、衝撃波が起こるのだが、レアが【シールド】を展開して防御。
レアがいなければ街は酷い状態になっていたことだろう。
(か……加減が難しいのである……)
次はいよいよファイアーブレスだ。
レアがいるから大丈夫だろうけど、なるべく優しく吐こうとクロムギは思った。
◇
「なんて戦闘能力!」エルがなぜか嬉しそうに言う。「これがドラゴン! あは! これ普通なら絶対死ぬでしょうちら!」
そうだね、死ぬね。
あたしの両足、今ガクガクと震えている。
うーん、ちょっと漏れたかも。
「これほどなのか、ドラゴンってのは……」
パストルが絶望的な表情で言った。
うん、あたしもきっと絶望的な顔をしていると思う。
と、周囲が騒がしくなったのが分かった。
近隣住民やうちのメイドたちが慌てて外に出て、そして邪竜の姿を見て泣き叫び始めたのだ。
てゆーか、なんで邪竜はここに来たの!?
レアが連れて来たの!?
レアを見ると、ニッコニコなの!
それはもう、嬉しそうに笑ってるの!
なんで!?
レアがあたしを指さして、邪竜を指さす。
さっきの魔法を使えってこと!?
あたしがビビっていると、ルナベルがあたしの足にすり寄ってきた。
どうやら、あたしを応援してくれているみたい。
あれ?
ムギがいない。
さては逃げたな!
あたしも逃げたいっ!
でも!
倒さないとみんな死んじゃう!
そう思って【大爆裂】を右手に発動させる。
邪竜がファイアーブレスを吐いた。
うわぁぁ!
小芝居と同じ展開だぁぁ!
変なところに驚いたあたし。
迫り来るファイアーブレス。
このブレスならきっと、苦しまずに一瞬で消滅できるね。
したくないけどぉ!?
どうしたらいいのか、あたしには分からない。
エルもパストルも棒立ちしている。
分かるよ、何もできないんだよね!
でもレアなら!?
バッとあたしはレアを見る。
レアは頷き、再び【シールド】を展開した。
ファイアーブレスが【シールド】に直撃して霧散。
やっぱレアの方が強いんじゃ……。
そう思っていると、レアがボールを投げるジェスチャを見せた。
あ!
あたしの右手には今!
凶悪な魔力の塊があるんだった!
忘れて自爆とかしたら、天国でバカにされちゃうよ!
「ふぁっきゅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
あたしは全力で【大爆裂】改め【ふぁっきゅうボール】を空へと投げた。
あたしの【ふぁっきゅうボール】は剛速球のごとく天へと昇り、そして邪竜に直撃。
最初に試した時よりも激しく大きな爆発が起こる。
それはまるで、空が引き裂かれたかのようだった。
人間が使っていい魔法じゃない。
あたしは改めてそう思った。
ピンチになったら使うけどね!!
凄まじい轟音が響き渡り、あたしたちは咄嗟に耳を塞いだ。
なぜかあたしは一緒に目も瞑ってしまった。
そして少し待ってから、おっかなビックリ目を開き、耳を塞いだ手を離す。
空を見上げると、そこには何も存在しなかった。
消滅しちゃったぁぁぁぁぁ!!
邪竜が消滅しちゃった!!
威力ヤバすぎでしょ!!
「マジかよ、一撃とか……」とパストル。
「これでクロエも名実ともに『ドラゴンスレイヤー』だねぇ! 半端なぁい!」
エルが楽しそうに言った。
こんにちは、『ドラゴンスレイヤーのクロエ』です。
ぶっちゃけ全部レアのおかげなのだけどね。
「はぁ……疲れた……」
あたしはその場に座り込んだ。
魔力を使いすぎたみたい。
なんせ、『ふぁっきゅうボール』を2回も使ったからね。
しかも2回目は、最初より多く魔力を込めていたみたい。
ルナベルがあたしの頬をペロッと舐める。
あたしの頬は美味しいのだろうか?
いや、労ってくれたのだろうけども。
レアがあたしの顔の前に移動して、パチパチと拍手を贈ってくれた。
それに合わせて、サラマンダーたちも前足をパチパチした。
ありがと。
あたしは笑みを浮かべておいた。
「説明とかは俺がやっとくから、クロエは休んでていいぞ」
パストルがあたしの頭をナデナデ。
ちょっと気持ちいい。
ナデナデしたあと、パストルがその場を離れた。
まずはアンジェロに説明しに行ったのだろう。
そしてどこからともなくムギが戻って来て、あたしの頭に前足を置いた。
あんたどこに隠れてたの?
でもこれで一件落着。
あ、中神殿の枯れた聖樹を指さす仕事がまだ残ってた。
「クロエは将来、うちと一緒に傭兵やる?」
エルがあたしの隣に座った。
「えー、いーやーだー」
あたしは贅沢しながらメイドさんにお世話され、ダラダラと人生を過ごしたい。
進んで危険に足を突っ込むとか、絶対に遠慮したい。