9話 レアちゃんの大宣言
最悪だ……。
あたしはフラッと目眩がして倒れそうになる。
椅子に座ってて良かった。
ここはリニイ伯爵家の食堂、朝食の最中のできごと。
あたしが小神殿に出向いてから2日後。
「すまないクロエ」アンジェロが申し訳なさそうに言う。「国家の危機だから、対ドラゴン軍に参加して欲しい」
結局、邪竜は復活していたらしい。
「中神殿にも行く用事が……」とあたし。
「ああ。それも聞いているよ。王都までは僕も同行しよう」
「あ、はい……」
ちなみに、何の用事かと言うと、中神殿で枯れている聖樹を指さすお仕事である。
正しくは、あたしの指の先を確認したレアが、またエリクサーで聖樹を元気にしてくれるってわけ。
「俺も行くか?」とパストル。
パストルは基本、家で色々とお勉強をしている。
そして時々、領地運営省でアンジェロの仕事を手伝っている。
「いや、お前は試験の準備をしなさい」とアンジェロ。
「Aクラスは間違いねぇよ」
パストルが肩を竦めた。
パストルは来年から貴族院に通うのだけど、入学前にクラス分けの試験がある。
ちなみに貴族院を卒業したら、準男爵という当代貴族号が授与される。
あたしも将来は貴族院に行く。
生きていればね!
邪竜に滅ぼされなければね!
「クロエ、対ドラゴン軍に行く時は、エルを君の護衛として付けるよ」
わぁ、それは少しだけ安心かも!?
って、そんなわけあるかっ!
いや、軍には行くけどね?
あたしもリニイ伯爵家の一員だし、普通に行くけどね!
「それにうちも兵を出すから、ジョスランも一緒だよ」
「うちもってか、全領地が兵を出すんだろ?」
パストルの質問に、アンジェロが頷く。
「それどころか、国家を超えた、大きな枠組みでの集結になる」
邪竜の復活って普通に大陸の危機だもんね。
「そういえば……エルは?」とあたし。
朝食の時はアンジェロと一緒にいないので、何しているのかふと気になった。
「庭で精霊たちと会話しているみたいだよ」
へぇ。
今日はレアとムギとルナベルも庭にいるはず。
あ、ルナベルってのはこの前、野外ペットショップで買ってきた大きな狼の名前。
頭が沸騰するぐらい真面目に考えて名付けたよ!
◇
「これはこれは魔王オーレリア様ではございませんか!」
「今日もお美しい! 足を舐めましょうか!?」
私とクロムギとルナベルがお庭でゴロゴロしていたら、サラマンダー二匹がやって来た。
「私の足を汚す気なの!?」
なんてキモいサラマンダーなのか!
私の様子を見たクロムギとルナベルが立ち上がり、私の前に立つ。
どうやらサラマンダーから私を守ってくれているようだ。
カッコいい!
イケメンだね!
オスかどうか知らないけど!
「なぜか我も精霊の言葉が分かります」クロムギが言う。「ふむ……レア様との契約の影響か……」
それは悪影響かも!?
いや、どうだろう?
今後、何か使えることも……ある……かも?
と、精霊士のエルメンヒルデがとってもはしゃいでいる。
私を指さし、クロムギを指さし、両手を叩いて喜んだ。
テンション高いなぁ。
お淑やかな私とは話が合わないタイプかも。
「時に魔王様」サラマンダーAが言う。「こちらの白いのはガルムのようですが……」
「問題は黒い方です」サラマンダーBが言う。「こちらは邪竜では……?」
「よく分かったね! そう、クロムギはかつて邪竜と呼ばれていたドラゴンだよ!」
全然、邪悪じゃないけどね。
たぶん人類とは不幸なすれ違いがあったんだよ。
「「……」」
サラマンダー二匹が顔を見合わせ、なんだか複雑な表情を浮かべた。
何?
こいつらもクロムギを嫌ってるの?
「ええっと、オーレリア様」とサラA。
「今、人類の状況って、知ってます?」とサラB。
「私、人間の言葉分からないよ」
なんとなくニュアンスとかボディランゲージで意思疎通はしているけどね。
あと、稀に意思を送りつけることもある。
サラマンダーたちは宙に浮いていたのだけど、地面に降りてきた。
それを見て、エルメンヒルデことエルが地面に座る。
エルが手を伸ばし、ガルムの頭を撫でた。
「実はレア様、人類は今、総出で邪竜を退治しようとしているのです」
「今、まさに、あなた様の隣にいる、その邪竜を」
「ええええええええ!?」
なんでそんなことに!?
クロムギが何をしたと言うのか!
人類はやはり邪悪なのか!?
「我……また人間に狙われているのか……」
やれやれ、とクロムギが首を振った。
「あー、邪竜氏はその……」とサラA。
「人類と戦う気は……」とサラB。
「ないが?」
「そうかー、ないですかぁ」
「でも人類側は止まらなさそうです」
どうやら、すでに大きな流れが生まれているようだ。
こういうのは、流れを変えたりせき止めるのは難しい。
ならばどうするか。
選択肢は2つ。
1つ目は、人類を滅ぼして流れそのものを消滅させるってこと。
まぁ、今の私がこれを選ぶことはない。
そしてもう1つ。
実に単純だけど、人類の目的を達成させればいい。
「じゃあ、クロムギが死んだことにしよう」
私が言うと、サラマンダーたちがビックリしたような表情を浮かべた。
「なるほど」クロムギが頷く。「我が死ねば、人類が我を狙うことは二度とない。妙案ですな」
「……どうやるのですか?」とサラA。
「クロエが倒せばいいよ。実際には倒す振りだけどさ」
「さすがレア様! お尻の穴を舐めましょうか!?」とサラB
こいつなんで私を舐めようとするの!?
行雲流水、よし舐めさせよう、とはならない。
嫌だという私の気持ちに行雲流水!
「しかし我を殺すとなると、かなりの実力が必要ですな……」クロムギが言う。「クロエ様は確かに才能溢れる人物ですが……」
分かってるよクロムギ。
今のクロエじゃ実力不足。
でも安心して!
私は人を育てるのに定評があるから!
「クロエにはなんかテキトーに強そうな魔法を教えるから、クロムギはわざとやられて、小さくなって消滅した風に見せればいいよ!」
「なるほどなるほど。よい案ですな。しかし懸念もあります。ぶっちゃけ、レア様が教える魔法とか、我、本当に死んだりしませんかね?」
「使うのクロエだから大丈夫でしょ」
攻撃魔法というのは、込めた魔力量で威力が変わる。
クロエの魔力量は私のマナポーションで増やしているけど、それでもクロムギが死ぬほどの魔法は撃てないよ。
◇
精霊たちが賑やかだなぁ、とエルは思った。
サラマンダーたちとレア、それから新しく増えた闇の精霊の4体が、ワイワイと盛り上がっている。
「うちらは蚊帳の外やんねぇ」
ワシャワシャとルナベルを撫でるエル。
エルはサラマンダーとは簡単な意思疎通が可能だが、今は何を言ってるのかサッパリ分からない。
なぜなら、サラマンダーがエルに向けて話していないから。
精霊と契約しても、精霊同士の会話が分かるようになるわけじゃない。
あくまで、契約した精霊との意思疎通が可能になるだけ。
少なくとも、一般的には。
と、レアが宙に浮き、続いてトカゲ型の闇の精霊、エルのサラマンダーたちも浮いた。
その様子を、エルはただ見ていた。
「何が始まるのかなぁ?」
エルは精霊たちの動きに興味津々である。
と、急にレアが魔力を世界に叩きつけた。
いや、正しくは、魔力に自らの意思を乗せて世界に届けたのだ。
(邪竜は我が契約者クロエ・リニイが撃破する。脆弱なる貴様らは、『幻想の大聖女』クロエの邪魔をせず、大人しくしていろ。余計な真似はするな。全てをクロエに委ねよ)
◇
(私の飼い主のクロエいるでしょ? クロエがクロム……じゃなかった、邪竜を退治するから、みんなは安心していいよ! あ、あと余計なことしないでね? クロエはたぶん聖女だし、任せておけば大丈夫だから! ね!)
◇
「レアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!」
突然のレアの宣言に、あたしは大声で反応してしまったのだった。
あとで知ったのだけど、レアの宣言は大陸全土にまで轟いたらしい。
てゆーか、幻想の大聖女って何!?