6話 偶然だけど命が救われていたらしい
このクッキーすごく美味しい!
私はクロエたちの邪魔をしないように、パクパクと大人しくクッキーを食べている。
時々、空中にクッキーを投げてクロムギに分けてあげる。
なんで投げてるかって?
私もよく分からない!
クロムギを見ていたら、投げたくなっただけ!
そしてクロムギも楽しそうなので、問題なし!
夢中で食べていると、全部食べちゃった。
あは。
クッキーを運んできた下っ端っぽい男性が口をあんぐりと開けて私を見ていた。
ごめんて!
でもこのクッキー、本当に美味しいんだってば!
こう、隠し味のほろ苦さが青春の味っぽくて最高!
まぁ私の青春時代を、いつと定義すればいいのか分からないけれども!
だって長生きなんだもん私!
なんなら今も青春真っ只中なのでは!?
下っ端の男性は「くそが……」みたいな苦い表情をしている。
うん、分かるよ。
このクッキーはクロエたちのために用意したんだよね?
それをペットが全部食べちゃったら、そんな表情にもなるよね!
私が男性を見詰めていたら、男性はスッと目を逸らしてから部屋を出た。
おかわりを持って来てくれるのかな?
◇
クッキーを運んだ修道者の男は、応接室を出て少し歩いてから、壁を殴った。
もちろん、周囲に神殿騎士や他の修道者がいないのは確認済み。
「クソが! 闇の精霊め!」
そう声を荒げてから、深呼吸して心を落ち着ける。
「おのれ……毒入りだとなぜバレたのだ……」
ちなみに毒で死ぬのは誰でも良かった。
客が死んでもいいし、司祭や大司祭が死んだら万々歳。
神殿の名声を貶めることができれば、何でも良かったのだ。
「どうする……?」
闇の精霊が、毒のことを精霊士に伝えるはず。
そうなったら、男は追われる身となる。
「どうせ教団には戻れない……」
男の本性は邪教徒である。
神殿には潜入しているだけ。
いわゆる工作員であり、諜報員でもある。
「計画を早めろという指令もあったし……聖樹を枯らしてから一暴れといくか」
男はクククッ、と笑いながら聖樹を祀っている場所へと足を向けた。
◇
「聖樹が枯れるなんて、一大事じゃねぇか……」
パストルが苦々しい表情で言った。
ほんとにねぇ。
てゆーか、聖樹って枯れるんだね。
精霊に祝福されているから、枯れないのだと思っていた。
私はチラッとレアを見ると、レアは空になったクッキーのお皿を眺めていた。
全部食べちゃったの!?
私の分はせめて残しておいて欲しかった!
ムギは宙に浮いていて、お腹を前足でさすっている。
満足そう!
良かったね!
でも私の分も残しておいて欲しかったなぁ!
大事なことだからもう1回ぐらい言っておく?
「精霊士さんは聖樹よりクッキーが気になるみたいね」
大司祭のイレナさんがふふっ、と柔らかく笑った。
さすが大司祭って感じの上品な笑い方だった。
元貴族なのかも。
割と貴族も入信しているらしい。
私は興味ないから入らないけど。
「クロエ……」
パストルが呆れたような表情で私を見ていた。
私は笑ってごまかした。
貴族になって良かったことの1つは、おやつを毎日食べられること。
今日も屋敷に戻ったら、メイドたちが何かしら用意してくれているはず。
でも、神殿のお菓子も食べてみたかったな!
「あとでお土産に用意させましょう」とヘラルド司祭。
「ありがとうございます」と私。
良かった、私も神殿のクッキー食べられるみたい。
「早速ですが」イレナが言う。「聖樹が枯れた原因を闇の精霊に聞いてもらえますか?」
ちなみにイレナとヘラルドは立ったままである。
ヘラルドは座りたそうだが、格上のイレナが座らないので、仕方なく立っているという感じ。
「他の精霊士たちはなんて言ってるんです?」
私は情報を収集することにした。
なんせ、私はレアともムギともちゃんと話せないのだ。
「邪悪な魔力を注がれた、という話ですが」イレナが言う。「それ以上のことは分かっていません」
なるほどなるほど。
邪悪な魔力ということは、邪悪な存在ってことだね。
「邪竜……」
私はテキトーぶっこいた。
いや、違うの。
邪悪な存在から、復活したという邪竜を連想しただけなの。
それがたまたま口から出ちゃっただけなの。
そんな驚いたような表情しないで!
イレナもヘラルドも本当にビックリしているのだ。
「さすが精霊2体を従えるだけありますね」ヘラルドが言う。「精霊とは頭の中だけで即座に意思疎通ができるのですね」
「さすがだわぁ。ここに来てよかったわぁ」
イレナが嬉しそうに言った。
どうしよう、私、頭の中で意思疎通とかしてないけど。
さっきの邪竜発言は本当に本当に、ウッカリ言っちゃっただけで……。
「邪竜ということは、例の邪教徒の仕業でしょう」とヘラルド。
「そうでしょうね。連中は邪竜を崇拝していて、私たち神殿を敵視しているもの」
うんうんと頷くイレナ。
訂正できる雰囲気じゃない!
隣にソッと視線を向けると、パストルは「お前、レアと意思疎通できねぇよな?」という苦笑いの表情だった。
ごめんってば!
どうしよう!
邪竜とか少しも関係ないのにっ!
ああもう!
勇気を出して訂正しよう!
「あの……ち……」
「それで精霊士さん、いえ、クロエさん」
イレナが真面目な表情で言って、私の言葉を遮った。
「あなたの精霊が持つ特別なエリクサーを、聖樹のために分けていただけないかしら?」
そんなこと言われても!
エリクサーとかレアが気まぐれで出すだけで、私の意思で出てきたことなんて、ただの一度もないですけど!?
ええっと……。
今から正直にレアとの意思疎通はあまり上手くいってないって、伝えるべき?
それって伯爵家の弱みになったりする?
分かんなーい!!
「お兄様、どう思いますか?」
必殺!!
パストルに任せる!!
発動っ!!
「ああ。効くかどうかは知らねぇけど、試してみるのは有りだろうな」
「そうですか」
私は神妙な様子で頷いた。
ねぇパストル?
私がレアと意思疎通できてないって知ってるよね?
「もちろん」イレナが言う。「神殿としては最大限の感謝をいたします」
うん、それは嬉しいけども。
「今後、結婚式やお葬式、成人式も、リニイ伯爵家は全て無料で行いましょう」
そういえば神殿は冠婚葬祭の儀式もやってたなぁ。
「偉大な精霊士と精霊王の……失礼、噂ではどちらかの精霊は精霊王だとか?」
「あ、はい。レアの方で……」
私は目線でレアを示した。
レアは私と目が合って、バチコンとウインクした。
なんでウインクしたの!?
ねぇなんで!?
「やはり事実でしたか」イレナが言う。「人類初の闇の精霊王の使役。素晴らしい偉業だわ。クロエさんなら、将来は教皇も目指せるかと存じます」
本当!?
教皇って神殿の一番偉い人だよね!
入信しようかな?
って、それどころじゃない。
「レア」
私が呼ぶと、レアが蝶々みたいに飛んで来て、私の肩に座った。
エリクサーを出して欲しいんだけど、どう伝えればいいのか!
サッパリ分からない!
とか思っていると、助祭の女性が応接室のドアを乱暴に開けた。
「何事だ! 客人がいるのだぞ!」
ヘラルドが怒って言った。
「たた、た、大変です!」助祭の女性の声が震えている。「聖樹が、うちの聖樹が! 枯れてしまいました!」
ふぁっ!?
小神殿の聖樹まで枯れちゃったの!?
ああ、でもチャンスかも?
枯れた聖樹を指させば、レアがなんとかしてくれるかも!
レアって脳天気だけど、そういうのは察してくれる!
「行きましょう!」
私はバッと立ち上がった。
ムギを見ると、ムギが私の頭にしがみ付く。
いや、そうじゃなくて、飛んで一緒に来て欲しかったなぁ!
頭重いなぁ!
「うちの聖樹まで……そんな……」
泣きそうなヘラルドが応接室を出て、イレナと助祭が続く。
私たちもそのあとを追った。