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2話 闇の精霊様


 あたしは村では『美人のクロエ』と呼ばれていた。

 まだ10歳だけど、みんながあたしを美人だと言った。

 肩甲骨ぐらいまで伸ばしたキラキラした金髪に、どこかの宝石みたいな碧眼も、よく褒められた。

 将来はきっと玉の輿だろう、とも。


 だから、あたしは玉の輿に乗るのだろうと、ぼんやり思っていたのだ。

 まぁ、あたしに将来はないのだけれど。

 くじ引きで蛇神に捧げる生贄に選ばれてしまったから。

 その瞬間から、あたしは『美人のクロエ』から『生贄のクロエ』に変身したってわけ。

 もしくは、『哀れで可哀想なクロエ』かも。


 そしてまさに今日、あたしが蛇神に食べられる日だったのだ!

 そのはずだったのだけど!

 いきなり出現した闇の精霊が、蛇神を斬り刻んでしまった。

 いや、斬り刻んでくれた、という表現が正しいのかも。

 だってあたし、「精霊様、助けてください!」って叫んだもんね。


 正直、あたし、死にたくなかったし!

 さて、蛇神を斬り刻んだ闇の精霊だけど、今はあたしの周囲をクルクルと飛んでいる。

 まるでどこに着地するか迷っているみたいだったので、あたしは掌を差し出す。

 そうすると、闇の精霊がそこに舞い降りる。


「精霊様、ありがとうございました」とあたし。


 闇の精霊はニコニコしている。

 それにしても、伝承通りの姿だな、とあたしは思った。

 闇の精霊は全体的に闇色をしているが、瞳だけは輝いているという話。

 目の前の闇の精霊は、深い黒い髪に、黒い服を着て、そして黒い翼がある。

 更に瞳だけがキラキラと輝いている。

 まぁ、闇の精霊は他の精霊と違って、人間界に顕現したことはないらしいけど。


 少なくとも、あたしが聞いた限りでは。

 じゃあ、なんで容姿が分かるのかって?

 闇の精霊の容姿は、他の精霊たちから聞いたもの。

 もちろん聞いたのはあたしじゃなくて、精霊士たち。

 あたしは蛇神の死体に目をやって、大きく息を吐いた。

 中指を立ててお下劣な言葉を叫びたいけど、闇の精霊がいるので、心の中だけにしておこう。


(このクソ蛇が! おティンティンみたいな頭しちゃってバーカ! ふぁっきゅ!)


 ちなみに、蛇神はいくつもの肉片に分かれて転がっている。

 ざまぁみろ!

 と、闇の精霊の視線を感じ、あたしは冷静さを取り戻す。


「これからどうしよう……」


 あたしを生贄に捧げた村にはもう帰りたくない。

 闇の精霊が何か言いながら、蛇神の死体を指さした。

 よく分からないけど、あたしは微笑み、もう一度、感謝を伝えた。

 そうすると、闇の精霊が何かしたのだろう、蛇神の死体の1つがフワフワと宙に浮いた。


 そして、闇の精霊があたしの掌の上で鎌を何度か動かす。

 え? 何? 鎌のダンス?

 あたしの手、間違って斬らないでね?

 そう思っていると、なぜか蛇神の肉片が細切れになった。

 どうやって斬ったの!?


 細かく分けられた蛇神の肉は、ステーキ肉ぐらいのサイズ。

 闇の精霊は黒い炎でその肉を炙り始めた。

 すごく美味しそうな匂いが辺りに漂う。

 あたしはお腹が空いていることを思い出して、ジュルリと涎を垂らしちゃった。



 ジョスラン・リニイは厳選した4名の部下を率いて蛇神の泉を目指して森を進んでいた。

 ジョスランは43歳の男性で、リニイ伯爵領の領兵団で団長を務めている。

 茶色の髪をオールバックに整えていて、口ひげも綺麗に整えている。

 服装は戦闘服にマント。


 マントには領兵団の狼のマーク。

 そして、それなりに高価な剣を背中に2本装備している。

 ジョスランはリニイ伯爵領で唯一の剣術十段の剣士である。


「団長、蛇神の実力は剣王や魔術王に匹敵するんですよね?」と部下の1人。


 剣王は十段の1つ上のランクで、この国には1人しかいない。


「ああ。だが倒さねばならん」ジョスランは決意を秘めた声音で言う。「定期的に生贄を捧げていれば、暴れることはないが、それはつまり領民を見殺しにするのと同じ」


 実は過去にも領兵団は蛇神の討伐を行ったのだが、その時は敗退している。

 今回の討伐は、剣術十段となったジョスランのリベンジでもあった。

 もし今回失敗したら、各種ギルドや国に支援を請う予定にしている。

 この国は地方分権なので、中央はよっぽどじゃないと動いてくれない。

 少なくとも、領兵団で何度も討伐を試みたが、どうしても無理だった、という風にしなければいけない。


「我が領地に王級の魔物が棲み着くなど……不運としか言いようがありませんね」


 部下が深刻な声音で言った。

 実際、深刻な事態なのだ。


「蛇神の水弾は全てを押し潰すほどの高威力、まともに当たれば一撃で死亡する。気を付けるのだぞ」

「はい団長」


「それにあの巨体、単純な突進でもワシらは躱さなくてはいけない」ジョスランが言う。「まともに受けたら内臓と骨がぐちゃぐちゃに潰れて死ぬぞ」


 部下たちがゴクリと唾を飲む。

 そんな驚異的な相手と、これから一戦交えなくてはいけないのだ。


「うちの領地にも精霊士がいてくれたら……少しは違ったのでしょうけど」と女性の部下。


 精霊を使役する精霊士は貴重だ。

 その上で、精霊士になったばかりの者でも剣術10段並に強い。

 正しくは、精霊士が使役する下級精霊でもそのぐらい強いのだ。


「精霊親和力とかいう、謎の才能が必要だからなぁ」と別の部下。

「正直、私は蛇神と戦うのが恐ろしいです団長」とまた別の部下。


「今日、我々は死ぬかもしれん」ジョスランが言う。「だが、それで中央が動いてくれる可能性は格段に上がる。なんせ、ワシはこれでもリニイ伯爵の弟だからな」


 ハッハッハ、とジョスランが笑う。

 部下たちも合わせて笑った。

 ちなみに、ジョスランはすでに独立しているので、普段は伯爵家を名乗らない。

 準男爵と騎士、2つの当代貴族号を得て、主に騎士を名乗っている。


「我々の命で領地が守れるなら本望!」

「ああ、やってやろうぜ!」


 部下たちの士気が上がったところで、開けた場所に出た。

 そこは蛇神の泉がある領域。

 さぁ、死闘を演じようじゃないか、とジョスランは思った。

 思ったのだが。

 小さい女の子が蛇神を食べていた。


「んんんんんんん!?」


 ジョスランはその光景を3度見した。

 1度目は脳が認識できず、見直した。

 2度目は認識できたが、確認のためにもう一度見直した。

 そして3度目でようやく、その意味やら何やらを理解した。

 剣王並の強さを誇る魔物が!

 食べられている!

 しかも小さな女の子に!


「団長……」女の部下が言う。「あれ……あのバラバラの……蛇神ですかね?」


「……そのようだが……それよりも」ジョスランが言う。「女の子の周囲を、黒い物体が飛んでいないか?」


 しばしの沈黙。


「闇の精霊じゃね?」


 部下の1人が引きつった表情で言った。


「ワシもそうじゃないかと思っていたのだが……」ジョスランの表情も引きつっている。「我が領地に精霊士が爆誕したのか?」


「と、通りすがりという可能性も」とやや冷静な部下。


「そもそも団長、闇の精霊って、激レアでは?」

「激レアと言うか、人類史上初の契約なのではないか?」


 ジョスランには、女の子が闇の精霊と契約を結んでいるように見えた。

 そもそも、契約していない精霊がこんなに長く顕現しているはずがない。


「肉が空中に浮いていることにも、そろそろ突っ込んだ方が……」と女性部下。

「それは闇の精霊の魔法だろう」と別の部下。


「身体の大きさ的には下級精霊のようだが……」ジョスランが言う。「それでも蛇神を倒せるわけか……さすがは闇の精霊」


 闇の精霊は他の精霊たちより強いとされている。

 ちなみに、下級精霊はみんなレアと同じぐらいの大きさだ。


「とりあえず、こっち見てますよ、女の子」と部下。

「うむ。驚かさないよう、慎重に声をかけるぞ」とジョスラン。


 敵対されたら最悪も最悪である。

 なにせ、相手は蛇神より強いのだから。

 一体、どんな死闘が繰り広げられたのだろうか、とジョスランは思った。

3話を18時に更新します!

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