12話 ファイト!
私が何をしてるかって?
この世界の人間に合わせた大きいエリクサーを量産してるんだよ。
ここは王城のお庭。
その広大な花壇の中。
昨日は一通り、お城や王都を見学して、最終的にこの場所に落ち着いたってわけ。
お花の香りが心地いい。
私は色とりどりの花々に紛れて、夢中でエリクサーを作っていた。
なんでって?
なんかあったときのお礼に渡す用。
昨日、料理人たちにエリクサーをあげようと思ったら、私サイズで困ったからさ。
彼らには【ヒール】をかけてあげたけど、エリクサーの方が効果的だしね。
花の甘い香りに包まれてエリクサーを作る私は、まるでおとぎ話に出てくる妖精さんだね。
ちなみにエリクサーの作り方は簡単。
元になる霊草と霊水を私の魔力で混ぜ混ぜするだけ。
いわゆる錬金術である。
そうして完成した液体を、これまた錬金術で作った瓶に詰めていくだけ。
材料は私の【亜空間収納】に山ほど転がっている。
「ってか、私、何個作ったのだろう?」
400個ぐらいまでは数えたのだけど、その辺りで数えるのを止めてしまったのだ。
まぁ、何個でもいっかー!
なくなったら、また作ればいいし!
私はうーん、と大きく背伸び。
そういえば、外泊することをクロエに言ってないや。
心配しているかもしれないし、そろそろ帰ろうかな。
まったく心配されていなかったら、とっても悲しいな。
むしろクロエに「あれ? レア戻ったの?」とか冷めた目で見られたら……あれおかしいな、ちょっとゾクゾクする私。
ゾクゾク魔王のレアです。
と、変なことを考えながら、私はその場に寝転がった。
ちょっと寝てから帰ろうって思ったの。
ふっふっふ、お花に塗れて眠る私は、もはや魔王ではなく妖精さんだろう。
◇
ジョスランは実にアッサリと対戦相手を叩きのめした。
剣王と10段の間には、とてつもなく広くて深い溝があるのだ。
勝利したジョスランが右手の剣を掲げると、観客が沸いた。
ジョスランは二刀流の使い手なので、左手にも剣を握っている。
どちらの剣も領兵団で支給される普遍的な長剣だ。
団長だからといって、特別な剣を使っているわけではないのだ。
「ジョスラン、本当に……剣王なのだな」
地面に両膝を突いた対戦相手が泣きそうな顔で言った。
ちなみに、対戦相手の剣は折れている。
「ああ。だが、正直に言うと運が良かっただけだ」
ぶっちゃけレアのおかげである。
「俺にも運が……いつか回ってくるのだろうか……」
対戦相手は立ち上がり、ジョスランに背を向けて観客席の方へと移動した。
そちらにレムル伯爵たちがいるからだ。
ジョスランも一度、クロエたちのところに戻った。
「お疲れ叔父上」パストルがニコニコしながら言う。「やっぱ剣王は違うなぁ」
「ああ。驚いたよ」アンジェロも笑顔だ。「これほどの強さなら、ジョスランだけで勝てそうだね」
「うむ。ワシだけで終わらせるつもりだ」
ジョスランはドンと自分の胸を叩いた。
その言葉に、クロエはホッと息を吐いた。
(レア戻ってないし、どう呼べばいいのかも分からないけど、大丈夫そう)
しばしの休憩後、2回戦が始まる。
ジョスラン対、魔法使いの男性である。
当然、剣王であるジョスランが難なく勝利を収めた。
◇
「なんだよぉ、結局うちが1人で全部倒す感じになっちゃったじゃん」
やれやれ、と傭兵精霊士のエルが肩を竦めた。
「頼むぞ本当に」とレムル伯爵。
「大丈夫だってば。剣王よりもサラちゃんの方が強いし」
大きな差はないけど、とエルは心の中で付け足した。
正直、相手に剣王がいるのは想定外。
まぁ、それでも勝つけどね、とエルは思った。
「しかし中級精霊と剣王は同じぐらいの強さのはず……」
「だから、こっちは2人がかりで行くから」
言ってから、エルは闘技場の中央へと移動した。
まだ休憩中なので、時間は余っている。
単純にレムル伯爵のネガティブな言葉を聞くのが面倒だったのだ。
エルはとりあえず、ストレッチで身体をほぐす。
そうしていると、ジョスランが威風堂々と中央へと歩いて来た。
「あは、おじさん、威厳めっちゃあるじゃんね」
ヘラヘラとエルが話しかける。
「そうか?」
ジョスランは照れた風に頭を掻いた。
実際、照れたのだ。
「剣王ジョスラン、だっけ?」
「ああ。ジョスラン・リニイだ。お嬢さんは?」
「うちはエルメンヒルデ。エルって愛称で呼んでいいよ。剣王様だから特別ね?」
「ん? ああ、そうか。ではエル。君は魔術師か?」
「んーん」エルが首を振る。「うちは精霊士」
「精霊士!?」
「そ。炎の傭兵ヒルデ、って言ったら分かる?」
ニヤっと笑いながらエルが言った。
ジョスランは目を大きく見開いた。
炎の傭兵ヒルデのことは、戦闘職の者ならみんな知っている。
少なくとも、この国の者は知っている。
炎の傭兵ヒルデは隣国の『抜け精霊士』だ。
精霊士として国に育てられ、利用され、そして逃げ出した。
エルは隣国では指名手配されていて、懸賞金もかかっている。
そんな中、傭兵として成功しているのだ。
かなりの強者であることは間違いない。
「炎の中級精霊を使役しているのだったか……厄介だな」
ジョスランが歯噛みする。
と、審判の男性が寄ってくる。
戦闘開始の時間が訪れたのだ。
解説の女性がエルとジョスランを紹介し、闘技場が熱狂に包まれる。
みんな知りたいのだ、単純に気になるのだ。
剣王と中級精霊、どっちが強いのか。
審判が手を大きく上げて、そして勢いよく振り下ろす。
戦闘開始の合図だ。
同時に、エルがサラマンダーを召喚。
人間サイズの炎のトカゲが、ジョスランを睨み付ける。
普通の人間なら、それだけで萎縮してしまう。
ジョスランは警戒し、剣を構えたままでエルとサラマンダーを注視。
「ふぅん。冷静じゃん」エルが言う。「でも、それじゃあ観客は退屈しちゃうよ!」
エルがナイフを投げて、ジョスランが剣で叩き落とす。
サラマンダーが炎を吐いて、ジョスランは横に飛んで躱す。
エルは剣を抜いて、サラマンダーと一緒に攻撃を仕掛けた。
「さすが傭兵……」
ジョスランは押されていた。
サラマンダーとエルの連携攻撃は、防ぐだけで精一杯だ。
中級精霊は剣王と同等の強さを持っていて、その上でエル自身も剣術6段程度の実力を有していた。
「くっ、これほどとは……」
エルの剣撃を右の剣で弾き、サラマンダーの火炎を左の剣で払う。
ジョスランは【身体強化】も使っているし、武器を魔力で【コーティング】して強化した状態だ。
どちらも戦闘職には欠かせない魔法である。
もちろん、エルも同じ魔法を使用しているのだが。
「剣王様に褒めてもらえるなんて、うちってばラッキー♪」
エルとサラマンダーは踊るように軽やかな連続攻撃を加える。
ジョスランはただひたすら、防御し、躱すのみ。
(10段のままだったら、ワシはもうあの世だな)
それからしばらく、エルとサラマンダーの一方的な攻撃を、ジョスランは捌き続けた。
(ワシの体力と魔力が保たんか……)
魔力が切れるのが先か、体力が尽きるのが先か。
持続する支援魔法は、ずっと魔力を使い続けている。
前の2戦でも、ジョスランは当然、魔法を使いながら戦ったのだ。
休憩中に魔力回復の薬草を食べたりはしたが、焼け石に水である。
「さっすが剣王様! これじゃあキリがないね!」
エルは楽しそうに言った。
圧倒的な余裕。
「切り札なんだけど、見せなきゃ終わらないみたいね!」
エルは一旦、攻撃を止めてジョスランから距離を取った。
それは僅かな隙だったのだが、ジョスランは攻撃に転じなかった。
単純に警戒していたから。
あるいは、警戒しすぎていたから。