10話 いざ、領地戦に向けて
「マジかよ、俺これでも五段なんだけど……」
危うくあたしに負けそうだったパストルが、冷や汗を流しつつ言った。
正直、剣の腕前はややあたしの方が上だった。
体力の差で負けちゃった、という具合である。
「あたしも……ビックリしてます……」
いきなり強くなったあたしは、あはは、と乾いた笑いを零した。
他にどう反応すればいいのか、サッパリ分からない。
少し前まで村娘だったのに、今や精霊士で剣術5段の実力者である。
ついでに、魔力量と魔力操作は魔術6段並。
ただ、使える魔法が例の危険極まりない爆発魔法だけなので、実際の段位は魔術ギルドで測ってみないと分からない。
「しかしこれで、領地戦は勝ったも同然だろう」ジョスランが言う。「ワシも当然、剣王として勝ち抜くつもりだが」
そう、ジョスランは正式に剣王として登録されたのだ。
アルグッド王国2人目の剣王である。
リニイ伯爵領では唯一の剣王。
「ってかレアってすごくね?」パストルが言う。「人間に力を授ける系の精霊って、あんまり記録ないっすよね、叔父上?」
「うむ」ジョスランが頷く。「だいたいの場合、精霊は人間の代わりに戦う。もちろん、記録にないわけではないが……」
ジョスランがレアを見る。
レアはニコニコと笑っている。
レアはいつも楽しそうだ、とあたしは思った。
たぶんパストルとジョスランも同じことを思ったはず。
「レアはかなりレアな精霊、ってことですね」とあたし。
「聞きましたか叔父上。妹がギャグをかましたよ」とパストル。
「ち、違います! えっと、言い方を変えます! レアは稀少な精霊ですね!」
あたしは慌てて言い直した。
あたしは『オヤジギャグのクロエ』になるつもりは、ない!
「闇の精霊というだけで稀少だからな」ジョスランが言う。「だがクロエとレアのおかげで、闇の精霊の記録が大幅に増えるだろう」
「なんでレアはクロエを選んだんだろうね?」パストルが首を傾げる。「何かあるはずだけど、それが分かればなぁ……」
「う……ごめんなさい、あたしにはサッパリ分かりません……」
そもそも、本当に選ばれたのだろうか?
更に言うと、あたしはレアと契約した覚えがないのだが。
まぁ黙っておこう。
せっかく貴族令嬢になれたのだから、変なことを言って追い出されたら勿体ない。
◇
私がクロエを選んだ理由?
可愛かったから。
あとは、最初に出会った知的生命体だったから。
それだけ。
他はなーんも考えてないよ私。
セカンドライフでは、煩わしい思考は極力カットする方向なのだ。
楽しく流れるままに生きていくのだ。
っと、なぜかクロエが落ち込んでいる。
ここはクロエの家のクロエの部屋。
一般的な貴族令嬢の部屋、って感じの部屋。
特に何か強調するようなことはない。
ちなみに、クロエに剣術を教えた日からかなりの日数が経過している。
稽古を毎日頑張っているクロエに、私は【身体強化】を教えた。
「どうしたのクロエ?」
私はクロエの周囲をフワフワと飛んだ。
クロエはベッドの真ん中に座って、小さく首を振った。
「レア……」
クロエは私の名を呼び、何かを言った。
なにか悲しいことでも、あったのだろうか?
私は今日を思い出したけど、いつも通りの日常だった。
よって、なぜクロエが落ち込んでいるのか、私には分からない。
でもまぁ、綺麗な花でも愛でれば、ちょっとマシな気分になるんじゃない?
◇
あたしはいよいよ明日に迫った領地戦を前に、不安を隠せないでいた。
領地戦では、相手を殺すことが許可されている。
つまり、あたしは殺されるかもしれないのだ。
あるいは、ウッカリ相手を殺してしまうことも有り得る。
そっちはまだいいけど、あたしは死にたくない。
ここで死ぬのなら、別に蛇神の生贄として死んでも大差なかったと思うし!
一回、生き残ってしまったからだろうか、これからも生きたいという想いが強くなった。
しかも今のあたし、村娘じゃなくて貴族だし!
うぅ、領主一族の精霊士だから、領地のピンチに逃亡するわけにもいかない。
まぁ、剣王となったジョスランが全員倒してくれれば、あたしの出番はない。
それが一番いいな、とあたしは思った。
戦闘に参加する順番は、ジョスラン、魔法使いの女の人、あたしである。
領地戦は勝ち抜き戦なので、ジョスランが敵3人を1人で倒してしまえば、それが最高。
「……クロエ」とレアが言った。
「レア、あたし、戦えるかな? 訓練はいっぱいしたけど、やっぱり不安だよ」
あたしは曖昧に笑いながら言った。
そうすると、レアがクルクルっと踊るように回転。
そして。
空中にいくつもの黒い薔薇が咲いた。
それが魔力で作られたものだと、今のあたしにはすぐ分かった。
レアがニコッと笑って「どうぞご覧あれ」という風なジェスチャ。
「慰めてくれてるのね。ありがとうレア。レアはあたしの親友だよ」
あたしは手を伸ばし、レアの頭を人差し指で撫でた。
◇
私たちは馬車に乗って移動した。
ちなみに、馬車に乗っているのは私、クロエ、パス君、クロエ父の4人。
おっと、3人と1匹かな?
私って絶対に人間枠じゃないよね?
みんな私のこと、何だと思って接してるんだろう?
まぁ、何でもいいか!
馬車の外には、自前の馬に乗っているイケオジとその仲間たちもいる。
どこに行くのだろう?
外食かな?
楽しみ~♪
でもなぜか、みんな少し緊張した様子だった。
格式の高いレストランに行くとか?
私はクロエの膝に寝転がって、美味しい料理を夢想した。
そうしてしばらく馬車に揺られていると、目的地に到着したらしい。
馬車を降りると、少し大きめの建物の前だった。
レストランには見えない。
中に入ると、とんがり帽子を被った人たちが合流した。
そして建物内を移動。
辿り着いた先は魔法陣が床に描かれた部屋。
お?
この魔法陣、たぶん転移系。
もちろん異世界転移ではなく、この世界内を移動するためのモノだろう。
ふぅん。
魔法陣に関しては、前の世界とあまり変わらないみたいね。
とんがり帽子の人たちが魔法陣の周囲に立ち、魔力を流し始める。
私たちは魔法陣の中心へ。
なるほど、どこか遠くに転移するみたいね。
と、次の瞬間には景色が入れ替わった。
誰もいない広い部屋。
インテリアが何もない、酷く殺風景な部屋。
だけど床にはやっぱり転移系の魔法陣が描かれている。
どうやら、こっちから向こうにも行けるみたいね。
それはそうと、壁に落書きでもして、ちょっと賑やかにしてもいいのでは?
あとで『レア参上、飛んで来た!』とか書いておこうかな?
あ、でも、私の文字は誰も読めないか。
転移したみんなが歩き始めたので、私もクロエの上を飛んで付いていく。
って、メンバーが1人増えているぅ!
とんがり帽子の女性が1人だけ一緒に来ていた。
えっと、今いるのは、私、クロエ、パス君、クロエ父、イケオジ、そしてとんがり帽子の女性。
イケオジととんがり帽子の女性が親しそうに話している。
恋人なのかな?
イケオジは40代に見えるけど、とんがり帽子の女性は20代に見える。
年の差ってやつ?
ラブロマンスかぁ。
前の世界では縁がなかったけど、たぶんこっちでも縁はないと思う。
だって私、こっちの世界じゃ蝶々みたいなもんだしね。
将来、クロエが誰かとラブロマンス展開になったら、それを眺めて楽しもう。
なんなら「娘はやらん」とか言ってみたい。
その台詞だけ覚えようかな。
そんなことを考えていると、玄関ホールみたいな場所に出た。
執事とメイドたちがお出迎え。
ええっと、別荘的な?
クロエの家と同じような肖像画があるし、クロエの家で見た紋章の描かれた旗もある。
うん、ここはきっとクロエの別邸だね。
外はどうなってるのかな?
ちょっと周囲を散策してみようかな!
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