1話 新世界へ
「魔王ちゃんマジで行っちゃうのぉ?」
魔王軍四天王の1人であるアラクネが寂しそうに言った。
「もうこの世界でやること何もないしね」
私は小さく肩を竦めた。
ここは魔王城の地下室。
床には巨大な魔法陣が描かれている。
まぁ、私が描いたわけだが。
「せっかく征服したのに、統治しないとはな……」
ヴァンパイアキングがやれやれと溜息混じりに言った。
この地下室には現在、魔王軍四天王と魔王である私の5人がいる。
「あ、魔王は引退するからさ」私が言う。「今日からあんたが魔王ね」
「え? ワシ?」とヴァンパイアキング。
私はコクンと頷く。
後任を決めるのスッカリ忘れていた。
私は新天地での生活に心を躍らせていたからね。
「あまり詳しく聞いていませんが」人の姿に変身している赤竜が言う。「なぜ異世界に行くのです? 統治が面倒なら、この世界でノンビリ暮らせばいいのでは?」
「無理でしょ」
私はあまりにも有名すぎる。
勇者も聖女も打ち倒し、世界を征服した最強の魔王なのだから。
私の顔を知らない奴なんて、この世界にはいないはず。
「誰も自分を知らない場所に行きたい、と?」
リッチが低い声で言った。
ちなみに、リッチの声は元々すごく低いので、怒っているわけではない。
「そんな感じ」
私は生まれてから今日まで、魔王として生きてきた。
その責務を果たし、ついに自由になったのだ。
「あたしとの友情は?」とアラクネ。
私はアラクネの前足だか何だかをソッと撫でた。
足が多いからどれが何足なのかサッパリ分からない。
「それは永遠」と私。
「ま、新しい門出を祝おう」と新魔王であるヴァンパイアキング。
「向こうではどんな生活をするのです?」と赤竜。
「行雲流水」
私は澄まし顔で言った。
「物事に執着せず、自然の成り行きに任せて生きる、と?」
リッチが空洞の目で私をジッと見詰めた。
私は微笑み、頷く。
「そう。何も私を縛らない。私は限りない自由の中で、何者でもない、ただのレアとして生きる」
レアというのは私の愛称。
だけど、その愛称で呼んでくれるのはアラクネぐらい。
ほとんどは『魔王様』か本名の『オーレリア様』だ。
私はこの世界で、ずっと孤独だった。
だって私は、生命体の頂点に立っているのだから。
私は最強で、私と対等な者は誰もいない。
アラクネは気軽に話してくれるけど、それでも一線は引かれている。
でも、誰も私を知らない世界なら……。
「あなたの孤独を、人類という凶悪な存在から世界秩序を守り続けたその孤独、我は理解します」
赤竜が優しい声で言った。
本当、人類ってなんであんなに凶悪だったんだろう?
魔物を見つけたら絶対殺すって感じの奴ばかりだった。
魔物たちは何もしていない、それこそ花を愛でていただけで、人類に殺された。
その上、こっちがちょっと反撃したら「邪悪だ!」「全面戦争だ!」ってな感じだった。
「魔王という肩書きは、重荷であったか……」
新魔王が悲しそうに言った。
「まぁね」私は肩を竦める。「でもやり切った。もう人類の攻撃に怯えることもない。平和に生きてね」
言ったあと、私は魔法陣の中心に移動した。
世界広しと言えど、異世界転移魔法を発動できるのは私だけ。
「元気でね」
言って、私は魔法陣に魔力を流した。
魔法陣が青く輝き、転移魔法が発動する。
みんなが手を振り、私も手を振った。
さようなら、私の部下たち。
私は新しい世界で、新しい生活を始めるよ!
◇
気付いたら私は大きな泉の畔にいた。
周囲は森で、ここは空気が澄んでいる。
太陽の光が温かく、空は高く青い。
もしかして天国かな? とか思いながら、私は泉を覗き込む。
そこにはずっと変わらない私の姿が映し出されていた。
パッと見ると人類の女の子に見えるので、この世界では人類として生きるのも悪くない。
人類がいれば、だが。
こっちの人類も凶悪だったら嫌だなぁ。
私はブルブルと頭を振った。
ネガティブなことは泉にでも沈めておけばいい。
さて、私は500歳を超えた時から年齢を数えていないけど、見た目は人類だと17歳とかそのぐらい。
髪の毛はロングで、カラスの濡れ羽色。
瞳の色はレモンイエロー。
自分で言うのもアレだけど、顔立ちは非常に美しい。
少し胸が小さいが、それ以外は均整が取れている身体。
服装はフリル付きの黒いボレロの下に、黒のブラウス。
胸元には赤いリボン。
このリボンはお気に入り。
腰にはコルセット風の飾り。
本物のコルセットではない。
スカートは内側が赤色で、外側は黒のレース。
と、人間の声のようなものが聞こえたのでそっちを見る。
そこには、女の子が1人で座っていた。
泉のすぐそばに、何やら色々なお供え物と一緒に女の子が座っていて、私を見て何か言っている。
言葉が通じないっ!
女の子はパッと見だと10歳前後。
金髪碧眼で、かなりの美幼女。
将来は逆ハーレムを築けるに違いない。
服装は白いゆったりとしたワンピース。
うん、でも、そんなことが全部吹っ飛ぶぐらい女の子は大きかった。
え? 巨人族なの?
私は魔力で漆黒の翼を作り宙へと舞う。
女の子が酷く驚いた風に目を丸くした。
私が飛んだから?
「やあ初めまして!」
私は女の子の目と鼻の先まで移動し、挨拶をしてみた。
でも女の子は理解しなかった。
言葉はやはり通じないようだけど、そりゃそうか。
ここ異世界だもん。
いやぁ、盲点だったなぁ。
何も考えてなかった私。
でも、まぁ、いいか。
行雲流水!
言葉が通じないなら、通じないなりに生きていこう!
と、女の子が掌を上にして私の方に伸ばしてきた。
私は女の子の掌に着陸。
握り潰されたら悲しいけど、その時はその時。
正直、この子が巨人なのか私が小さいのかも分からないし、私の力が通用するのかどうかも分からない。
でもそれがいい!
何も分からない!
それがいい!
女の子の顔を見ると、すごく嬉しそうだった。
あれ? もしかして、私をペットにしたいのかな?
それならそれで『手乗り魔王』として生きていくのも悪くない。
そんなことを考えていたら、泉がザッパーンと音を立てて水が盛り上がる。
「何ごと!?」
私と女の子が同時に泉の方に視線をやった。
そうすると、そこには巨大な蛇がいた。
私より遙かに大きい女の子を丸呑みできるぐらい大きい。
この世界のサイズ感、ぶっ壊れてない?
あ、私の感覚が壊れているのか。
だって私ってば異世界人だもん。
女の子が酷く怯えた風に、ガタガタと震え始めた。
ちょ、掌の上にいる私には地震なんだけども?
私はフワッと浮き上がってその震動から逃れた。
女の子が泣きそうな声で私に何か言っている。
うーん、蛇が怖いのだろうね。
よし、お姉さんが蛇を退治してあげよう!
とか言って、私の力がサッパリ通用しない可能性もあるけど。
その時は諦めよう。
蛇が大きな口を開けて咆哮。
女の子が驚いて耳を塞いだ。
蛇の周囲に小さな魔法陣がいくつも浮かぶ。
「へぇ、魔法を使う蛇か。珍しいね」
蛇がどんな魔法を使うのか、見てみようと思った。
そうすると、魔法陣から水の弾が出現し、私たちに向かって飛んで来た。
ん?
水の弾?
何か意味あるのそれ?
よく分からないけど、女の子が濡れないように【シールド】を展開。
私は当たってみたいので、水弾に当たってみた。
でもやっぱりただの水の塊だった。
「んんんん?」
私は魔法でサッと身体を乾かし、首を傾げた。
よく分からないけど、敵意は理解できるので、倒そうかな。
私は右手に漆黒の鎌を創造。
蛇が咆哮しながら私に突進。
それは?
何の意味が?
私は左手で蛇の突進を受け止めた。
で、鎌でスパスパと蛇を刻む。
めっちゃ弱いじゃんこの蛇。
サイズがおかしいだけで、本当にただの蛇だったのかも。
まぁいいか!
女の子の方を向くと、女の子は口をポカーンと開けて私を見ていた。
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