第二章【十】
「ごうちゃん、起きて」
目を開けると、声の主はいない。
いつもと同じように、両親の背中があった。
魔法少女となって怪物と戦うようになってからというもの、両親は姉を思う気持ちのあまり、変調をきたしていった。
姉の前では心配させまいといつも通りにするが、姉が帰ってこない間はいつも何かの祭壇に手を合わせていた。
その他にも両親の部屋にはパワーストーンや聖なるクロスなど、何のためにあるのか、どうしてそれを買ったのかもわからないようなものが散乱していた。
今となっては不確かな記憶だ。
自分が姉の願いで創り出された存在である以上、彼らが本来どうだったか、どうしてこうなったかを正確に知ることはできない。
「お父さん、お母さん」
まだ幼い剛毅が声をかけても、両親は振り返らない。
真田静・剛毅の両親は姉のことしか見ていなかった。
悲しさと寂しさを、幼い、正確には生まれたてだろう真田剛毅は感じていた。
今にして考えると何も悲しむことはなかったと、少年は自嘲する。
「ねえ、お腹すいた」
そう言って母の腕に縋っても、言葉も視線も返ってこない。
「何かご飯が食べたいよ」
腕を引っ張ってお願いをすると、剛毅を突き飛ばし、母が厳しい目つきで睨んできた。
目元には濃い隈が刻まれ、姉を心配してやつれきっていた。
「どうして邪魔をするの!? お母さんとお父さんはお姉ちゃんのために祈ってるの! あなたはお姉ちゃんがどうでもいいっていうのね!!」
激しい剣幕で怒鳴られ、何を言われたのかの理解も覚束ない。
だが剛毅は自分が悪いのだと思った。
姉はいつも頑張っているのだし、父と母はそんな姉のためにやっている。
だから、ひとりでリビングのテーブルに置かれたおにぎりに口をつける。
使い魔であるのが自分と思うと、よく扱ってくれていると言えた。
闇の軍勢による攻撃によって停電状態であるため、テレビをつけようとしてもつかない。
外では爆発音が響き、両親が一心不乱に何事かを唱えているのが聞こえてくる。
閉め切ったカーテンを開けると、静が闇の軍勢と戦っている。
両親の愛情を一身に受ける在り様。
幼いながらも、剛毅は姉が自分のために頑張っているとわかる。
真田剛毅は受け入れていた。
姉は愛されて当然と思っていたし、両親(正確には彼らとは他人だ)の関心を引き受けても当然と認識していた。
この物わかりの良さは、真田剛毅当人も自慢に思っていた。
元が使い魔だから当たり前だが。
シャツの胸部分を握りしめて、真田少年は呟いた。
「いいなあ……」
姉の戦う姿を思い浮かべ、幼児の姿をした彼は呟いた。
「ただいま!」
玄関から元気の良い大声が届いてきた。
弟が振り返るより先に、両親が飛び出して姉を抱きしめた。
泣きながら姉の無事を喜び、頬に口づけをたくさんしていた。
自分が両親にキスをされたのはいつだったか、剛毅は覚えていなかった。
答えは、そんなことはされていない。
気づけば姉の方に背を向け、膝を抱えて少年は座り込む。
「ごうちゃん!」
両親の拘束から抜け出した静がけたたましくドアを開けた。
ボサボサになった髪、泥だらけ、擦り傷だらけの顔、変身していたために不自然に無傷な制服。
姉が駆け寄り、真田剛毅を抱きしめた。
姉が柔らかい頬を弟に強く押し付けた。
「良かった……無事だった! 心配したんだよ、この近くに攻撃が行ってたから」
姉が帰ってきた。
その度に真田剛毅は大喜びでお出迎えをし、姉に戦いの顛末を教えるようせがんだものだ。
真田剛毅の認識ではそうだったが、この時の行動は違っていた。
「次はいつ?」
「へ?」
「次はいつ戦いに行くの?」
幼いなりに低く、不機嫌そうな声。
頬ずりしていた顔を離して、静は少し考えた。
「……わからない。でもそれまではずっと一緒だから! 次の日曜日は何処かに行こうね。お姉ちゃんと二人でお出かけしよっか。あの人達は放ってさ」
「いつになったら終わるの?」
剛毅はなんとか納得できていたはずだ。
戦いが続くのは姉が悪い訳はない。
だから、過去を追体験しつつも、少年は他人事のように楽観視していた。
「お姉ちゃん、いつまで戦うのさ?」
姉はひたすらに、世界に奉仕してきた。
だが幼い剛毅にはそういった、遠いことを思うには小さすぎた。
小さな身体に移った、真田剛毅の胸に、激しい怒りが湧き上がった。
自分が、こんなに強いマイナスの感情を姉に、造物主に向けたなど、信じられない。
使い魔とは魔法少女に完全に阿るものではないのか。
「いっつもお父さんもお母さんも心配してるんだもん! お姉ちゃんが弱いからでしょ!! お姉ちゃんが二人を悲しませてるんだ!」
「ご、ごめんね。お姉ちゃん、まだダメダメなんだよ。でもね、もうすぐ魔王を倒せるくらいの力がつくから! 終わったらずっと一緒だよ」
あわあわと両手を振って姉が弁解する。
現実でもこんなやり取りをしたかはわからない。少なくとも、真田剛毅の記憶にはない。
なのに、絶対にこれは現実でもあったと、確信できるリアリティがあった。
真田少年の知らない真田剛毅がそこにいた。
姉に癇癪を起こし、自分を見てほしい、かまってほしいと訴える弱々しい子供がいた。
「ウソだ!! 姉ちゃんにそんなことができるもんか! どうせ適当な嘘なんだろ! みんな姉ちゃんだけを信じて、姉ちゃんのことだけ好きなんだ」
姉の周りにはいつも両親がいた。
真田剛毅の周りにはいなかった。
迫害、虐待を受けることはなかったが、とりわけ愛されるということもなかった。
姉弟二人だけの外出が許されていたかもわからない。
ずっと血が繋がった親と信じていた家族だったのに、思い返してみると本当になんの思い入れもない。
姉の復活。
それも本当に自分の願いだったのか、使い魔だった習性から来ていると考えていた。
しかし、両親への感情の希薄さと比べれば、姉への感情は疑う余地もない。
自分はあの人にもう一度――
「姉ちゃんなんか次の戦いで死んじゃえばいいんだ!」
思いっきり声を張り上げた叫び。
客観的に見たら子どもの金切り声。
しかし、追体験している少年にとっては、この世の終わりを宣言したかのようだった。
使い魔だから、姉を愛する家族として生み出されたからではない。
真田剛毅の性格、気質として絶対に言わないようなことのはずだった。
本当にこんなことを自分は言ったのだろうか。
俯いた顔を上げるのが怖かった。
真田静がどんな表情をしているか見たくなかった。
取り返しのつかない一言というのは、いつも言ってから気づくものだ。
発言を無かったことにしたいが、やり方がわからない。
胃が痛くなるような沈黙が辺りに重くのしかかる。
時計の針が刻む音だけがリビングに空々しく木霊し、両親の存在が空間から消えている異様さにも意識が向かない。
「…………だからツッパリになったの? あたしみたいにならないように?」
静かな声がし、気づくとまた場面が切り替わっていた。
少年の手足が伸び、現在と同じ姿になってビルの屋上にいた。
眼下には復興が進み、少しずつ活気が戻る街の姿がある。
姉が亡くなって一年ほど経ったくらいの景色か。
眼の前に、姉がいて、今の自分を認識している。
正確には、自分の造物主。
ずっと求めていたことだったはずなのに、姉と再会しても心は揺れない。
こうして向かい合うと、ずっと一緒にいた気がする。
「……違う。お姉ちゃんみたいになりたくなかったわけじゃない。僕はずっと、お姉ちゃんみたいになりたかった。でも魔法少女みたいになれると思わなかったし。それに……」
――それに?
なにか大事なことを思い出しそうだった。
まだ掴めていない領域を探そうと、額に指をつける。
さっき叫んだこともあり、気まずさから隣に立つ静の顔を見れずに、少年は言う。
「まあ……せめて強いものになりたかった。ツッパリなのは……お姉ちゃんが読んでた漫画に出てきてたから。それだけ」
「ああーーーー…………若葉様のこと? アハハ」
彼女が愛読していた漫画のキャラクターの名前。
その名といっしょに静が笑う。
ようやく姉の顔を見ることができた。
剛毅の記憶の中では、姉はいつでも完璧に美しく、光り輝く存在だった。
誰にも傷つけられることなく、絶対を維持する無敵の神。
けれども、こうしてまじまじと姉の顔を見てみると、真田静は何処にでもいる普通の少女だった。
「こうして見ると……僕とほとんど同じ顔してるじゃん」
「姉弟なんだから普通でしょ」
彼女が死んだのは今の剛毅と同じ歳。
けれども、剛毅には一切ない発想だった。
自分と姉は似ても似つかないとずっと思い込んでいた。
「それにあたしにはそばかすがあるし……」
「いやそもそも使い魔だし」
「関係ないよー。桃香さんだってそうでしょ」
「どうだか」
肩を竦めて首を振る。
自分は善人、遠の視点に基づいて言われ、それならと立ち上がることはできた。
けれども、その実はと言えばどうだ。
姉姉姉とやかましかった自分の人格は、姉にそうなるように定められたもの。
魔法少女を続ける動機の中心だった、姉の復活も使い魔として生まれたからに思えてならない。
「ごうちゃん。あたしが家族、守る相手を願ったのはね。あたしがすっごく怠け者だから」
「………………どういうこと?」
理解できずに首を傾げる。
およそ魔法少女とは対極の言葉だ。
プリティプディングがグータラだなんて、誰が信じるというのだ。
「父と母をさっき見たでしょう? ごうちゃんは知らないだろうけども、二人はずっとああだったんだよ。だからね、魔法少女になってもテンションが上がらなかった。あたしが見ている両親の背中はずっと、知らない神様に祈るもの。気づいたら、あたしはあの人達にはなにも感じなくなっていた。他人のために何かをしようという思いが消えちゃってたの。いつも私のためと言いながら変なお祈りしてる人達のために生命を賭けるのは嫌だった。がっかりする? お姉ちゃんはね、ごうちゃんがお家で待っててくれないと何もやる気が出ないタイプなの」
だから、家族を求めて造った。
使い魔を生み出し、魔法少女の奥義を持って使い魔を人の肉体にした。
彼女が、世界のために戦い続けられるように。
「ごうちゃんは思ってるよね。“この心は全部、真田静が設計したもの”なんじゃないかって。違うよ。まあ、あたしの魔力で造ったから、そこにはどうしてもあたしの意志が残って影響は与えているけども。自由意志はずっとある。だって、あたしが欲しかったのは“自分が守る家族”だったからさ。むしろあたしにはない“ハッキリとした意志”を持っている家族が欲しかったんだよ。だって、自分にはない光を持っている家族なら、守れるから」
顔をまじまじと見れば、そばかすがある。
幼さが、あどけなさが強く残る、童顔。
鏡で見る姿ととても似ている。
もはやクローンのようでもあった。
「守った家族がどうなるか見たかった。あたしみたいに、空虚な思いをせずに、生きられるんじゃないかって。ごめんね、ずっとあたしの帰りを待ってたよね」
「…………そんなことないよ。こうして会えたし」
嘘だ。しかし、そう口にした。
姉と自分はよく似ていた。
それは、心も、環境も。
彼女は真田剛毅を生み出した。
真田静が守る家族、ネグレクトを受けて心を病ませた彼女とは違う、家族に愛される人生を生きてほしい存在。弟。
「そばかす……いまさら気づいた。魔法少女の顔はテレビでたくさん見てたのにどうして気づかなかったんだろ」
「変身したときに消してたからね」
背丈も姉弟でほぼ同じ。
姉の方が少し高いのかもしれない。
スラリとした彼女の立ち姿は魔法少女と言うよりは、アスリートだった。
琴音を連想させるものがある。
姉を目標にしていたという、妹の言葉。
彼女はずっと兄より立派に姉の後を追いかけていたのだ。
真田静が、顔を近づけて剛毅の顔をマジマジと見つめる。
「むしろごうちゃんのが顔はキレイだよねえ……」
「ちょっと、やめてよ」
ここが何処であれ、姉に顔を密着され、動揺して手で軽く押しやる。
片方の腕で顔を隠し、これ以上見られまいとする。
「なに、照れちゃった? かわいいーー! あたしの弟かわいいーーーーー!!!チクショウ、なんで死んじまってんだ、あたしはよぉ!!」
地団駄を踏んで先代魔法少女が悔しさを露わにした。
それに戸惑うが、なんて言葉をかけていいかわからない。
「まあ……それは……なんて言えばいいか」
「なあにぃ? 気を遣わなくていいって! 桃香さんは悪気がなかったし、先輩はごうちゃんがやっつけてくれるし。でもなあああ、あたしもごうちゃんと一つ屋根の下で暮らしたかったぜえええ!!!」
「いやぁ……お姉ちゃんってこんなんだったかな?」
「そんなん言ったらあたしだって、ごうちゃんが少女漫画からそんなトンチキキャラ目指してたなんてびっくり仰天よ!」
「まあ……今思うと何やってんだかってなるんだけどね。ただそういう服装してただけだし……悪いことしたわけでもないし。いやでも宿題はあんまり出さなかったな。つか結局は魔法少女になるって言っても、魔法少女になったらどうやっても魔法少女だし、もう何になろうとしてたのかサッパリだ」
思い返すとひたすらに迷走した魔法少女生活だ。
ツッパリだったのが魔法少女になり、魔法少女なりに姉の名誉のために戦い、魔法少女を極めて、姉を蘇らせようとし、市長に騙されておまけに市長は女だった。
いったい何に成功したというのか。
「いいじゃない。ツッパリ。若葉様みたいで」
「さっき笑ったよね」
姉が”若葉様”と呼ぶのは人気少女漫画『ビッグデカラブ日和』に登場する主人公の恋人だ。
時代錯誤なツッパリとして学校内では甚だしく浮いているが、情熱的で情け深く、困った人は力尽くでも見逃さない。
読者人気が非常に高いキャラクターであり、姉の部屋にも若葉様のキーホルダーなどがあった。
姉の形見をパラパラとめくっていたときに、たまたま見つけ、読みふけったものだ。
「それはそれとしてさ。ツッパリって”こうなりたい自分”があってなってる人はいないでしょ。ツッパリになりたいなら続けなよ。あたしだって魔法少女になりたくてなったわけじゃないし」
「ツッパリになりたいっていうか……本当は……お姉ちゃんを心配させたくなかった」
「うん?」
姉と話す。できるとはまったく思っていなかったことだ。
心の奥底、魔力の深奥に、こうして姉がいる。
彼女と話をしていると、徐々に思い出せず言葉にできなかった思いが形になっていく。
「お姉ちゃんにずっと心配かけさせてただろうからさ。お姉ちゃんが好きなキャラクターになって、お姉ちゃんがいなくても強くやれてるって見せたかった」
「立派だったよ」
微笑みを浮かべて告げた称賛。
短いものだが、それだけで全身の細胞が大歓声をあげる。
ずっと言われたかったことだ。
ツッパリだったすべてが報われた。
「元気が一番だもん。それができるくらいに家族に愛されて、生きてこられたのは凄いよ」
なんだか真田剛毅が思ったのとは少し違う方向だった。
「そ、それと、家族にも見せたかった。あの魔法少女プリティプディングが憧れたツッパリになったんだからさ」
家族。
真田静も彼女の両親も、今の真田剛毅を知ることはない。
桃香や琴音は、ツッパリであることは知っても、どういった意味かは知らない。
あの母娘にとっては、真田剛毅はツッパリごっこをするヘタレに違いない。
「桃香さんは、もう俺のことを家族と思ってるかわかんないけど」
「何弱気なこと言ってんのツッパリィ! いっそのことお姉ちゃんが乗っ取ろうか!?」
「…………じゃあ」
できるかわらかないが、姉にやってもらえるならそれでも良いと思う。
先程は何故か、絶対に無理な攻撃を凌げた。
奇跡と言って良い。
それはそれとして、奇跡で危機を乗り越えても真田剛樹には勝機がまったく見えないのだ。
偉大なるプリティプディングならば新米女装魔法少女よりも遥かに上手くできるだろう。
もう十分ではないかと思った。
姉に、あのプリティプディングに認められたのだ。
「じゃあじゃないよ、あんたがやりなさい!」
真田剛毅の尻が強く蹴り飛ばされた。
記憶だと姉はもっと優しかった。
「言わないでいたけどね、こっちはまだ生きてるごうちゃんが羨ましくてしょうがないんだから! 守る弟が欲しいっては言ったけど、大きくなるのを見たかったよ! だって、あたしのおかげで生きてるようなもんじゃん!!! なのにあたしは見れないって……見れないってさあ!! あああああなんで死んでんのあたしいいいい!!!」
長い髪を両手で掻き毟り、小顔をガンガンと前後に揺らす。
弟としても、同意だが、それを大声で口に
「でも可愛い弟が元気だから許しちゃう! 大きくなっても可愛い! ペロペロ舐めちゃいたい! だから今の家族といっしょにいられてよかったんだよ」
「かもね」
そう言って真田剛毅は笑った。
まあ姉に尻を蹴られたら仕方ない。
姉。そう見て良いのだと、真田静と再会してわかった。
彼女の願いで生み出されたが、彼女と自分は違う。
自分の中に、彼女の意志は、根底にあって、骨格にもなっているだろう。
しかし、それ以外は別のもので出来ている。
少年としても腹を括らねばならないだろう。
「じゃあ俺がやる」
「そうだよ。だから、そのためには自分の意志の根本を見ないと。あともういちょっとだからがんばれ!!」
「まだあるの?」
かなり自分の心の裡を見つめ、曝け出した自覚がある。
姉に再会し、自分のオリジンというのを深く理解できた。
もうやることは終わったとすっかり思っていた。
「いやだって、あたしはあくまでごうちゃんを生み出した魔力にいる残りっカスみたいなもんだし……大事なのは今の家族でしょ。というかお母さんだよ」
「ええ……桃香さんのことはもういいんじゃないの……?」
少年としては姉との対話で自分のもやもやはかなり晴れた。
後は覚悟を決めて、一歩を踏み出すだけに思えた。
「それよ、言わせてもらうけどね。何年、距離感を掴みそこねてるの。あんた、普通はあんだけ育ててもらったら、呼び名はお母さんで固定するなり、母の日には肩揉みしたり、ちょっと喧嘩するなりねえ……なんでツッパってるのにずっと親には遠慮してるの」
痛いところを立て続けに突かれた。
母への遠慮、気後れ。
どういう時にも全力での反抗はできない。
母の豪力に恐れを成している、というのなら良いが、実態はと言うと腕力による制裁が来ると知っていても兄妹喧嘩はしてきた。
母にだけは、喧嘩をしようと思えなかった。
それは、彼女が怖かったからだ。
力を持つ者。圧倒的なパワーの持ち主。
その威容に、かつて喪った人を見て、自分なんかと怖気づいていたのだ。
「弱っちいんだから、仕方ないよ」
「あたしにはあんだけ言ってたんだから良いじゃないの、今の家族にもそうすれば」
「それで、あれだけ罵ったお姉ちゃんは死んでしまったじゃないか」
「だから何よ、今はあんたが魔法少女でしょうが。クソッ、あの可愛いフリフリを着たのが、この目で直接拝めないなんて……」
たしかに、そうだ。と、剛毅は思った
自分が魔法少女だ。
強さが、力がある。
こちらにだってパワーがあるのだから、反抗期だって突入して良いのだ。
強くなってから反抗しますだなんて、なんとも情けないが、それでも姉に背中を蹴られているのだ。
パワーのある人に、姉を見てトラウマを発症している場合じゃない。
「そうだ。俺も、力がある。守る人だっている。だから、桃香さんのこともわかるはずだ」
「おっ、良い心意気」
「今なら、前みたいに暴走したりしないで向き合える」
「よおし」
「桃香さんの心に語りかけて来る!!」
「行って来い!!」
背中を押され、ビルの屋上から突き飛ばされた。
空から地面に頭から落ちていく。
愕然と、自分を突き落とした下手人を見上げる。
こっちに親指を突き上げ、真田静は頷いた。
「ぶちかませ」




