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第二章【七】-上

 市庁舎。

 市長が政治をするところ。

 それくらいの認識しかない少年と少女は、異様な荘厳さを讚える摩天楼を見上げた。 

「でっかくね?」

「どんくらいデカい?」

「えっと……お前が100人いるくらいかな」

「ブブー、正解は95.5人分でしたー」

「なんで訊いた?」

 盲目な彼女の持つ高い空間認識能力。

 震儀遠。

 ここまで連行させて良かったのか。

 行く宛がないとしても、それはこれまでのことであり、これからはいくらでもできるに違いない。

 もう十分に力になってもらったのだから、ここで終わっても良い気はする。

「どうしたの?」

「いや……」

 だが次に少年の口を突いたのは別の言葉だった。

「無力ってそんなに嫌なのかな」

 返事はない。遠は先に中に入った。

 内部は明かり一つない。

 清掃業者や警備員すらいない。

 高級ホテルめいた内装だというのに、あまり自然に思えない。

「地下に行こう」

「おい階段はそっちじゃ …」

 鼻をくんくんさせた遠。

 子犬が餌を探し回っているように、なにもないデスクや壁、床を爪で引っ掻いて回る。

 何がしたいのかはよくわからないが、不審極まりない。

「おいどうした。お前が犬の真似したって、こっちは飼い主の真似はできねえぞ。犬飼ったことないもん。ていうか、お前って犬派なのか。俺は猫派でさ、いつかはエキゾチックショートヘアの猫ちゃんと一緒に昼寝するのが夢なんだ。これここだけの話な。ツッパリらしくないし」

「あった」

 壁の一区画に魔力を照射すると、壁が紋様を浮かべて反応した。

 何の変哲もない壁が、物々しい扉に一変し、底が見えない下り階段へと導く。

「どうやったんだ!?」

「いつもやってるのの魔力版だよ。魔力が残ってるところを見抜いたの」

「へぇー……なんでそんなんできるの?」

「魔力って普通に違和感発してるじゃん」

 聞いてもわからないことを言われた。

 これも震儀遠に特有のスキルなのだろうか。

「しかし、どこまで続くかわからないのは嫌だな」

「いやよく考えなよ」

「うん?」

 訝しむ剛毅の指を詰めで弾いた。

「杖」

 遅れて理解した剛毅はナイトスターに変身。

 鎖を展開して鉤爪を階段に這わせた。

 体感として認識している鎖のリーチは50m。

 フルに使っても底には到達しない。

「罠があるかも確かめて」

「どうやって」

「適当にうねうねーってやったら何かしら作動するもんだよ」

 言われたとおりにうねらせ跳ねさせ曲がらせたが、特になにもない。

 このような秘密のドアに罠までは置かないということか。

 それとも、ナイトスターを誘き寄せたいのか。

「これって俺を袋のネズミにするための罠だと思う? って訊くとだいたい罠だよな」

「まあ罠っていうか誰が人生賭けた大事な施設を無防備にするかって話でしょ。どうやっても何かしらの備えはあるよ」

「まあそうなんだけどな。とりあえず降りるか」

 鎖を空間中に張り巡らせ、転ばぬ先の杖にして地下へと潜っていく。

 明かり一つない、石の階段。

 何かしらの作動音があれば気も紛れるだろうが、何一つ聞こえない。

 無音、無明のという怪物。

 その胃の中でひたすら奥へと足を運んでいる焦燥感。

 敵地の真っ只中というのが、戦いの新人にとって、全てがありえないくらいに近い閉塞感を齎している。

「ねーなんかある?」

「特には」

「ヒマ〜! なんにも音がないのイヤー! なんか話してよ〜」

 意外にも、音のない暗闇に先に音を上げたのは、盲目の世界で生きてきた方だ。

 何も刺激のない空間というのに耐えられないのか、わざと音を立てて歩いたり、舌を鳴らしたりしている。

 こちらは何か危険な敵や罠がないか神経を尖らせながら歩いているため、能動的な会話をする余裕がない。

 炭鉱のカナリアが欲しいという不謹慎なことが頭に浮かんだ。

 冷血ゲンガー。キャナリークライ。

 奴は敵であり遠をイジメていた良くない人間だったが、振り返ってみるとあの機転と度胸は目を瞠るモノがあったのは確かだ。

「無力なのは嫌だよ」

 真田剛毅からの話題の切り出しがないとわかり、遠はおずおずと、言葉を漏らす。

 背後を歩く遠の、バタバタした足音が静かになった。

 振り返りかけたが、ギリギリで堪えた。

「自分の身を守れない、自分の大事な人を助けられない。もちろん、それらもあるんだけど、なにより嫌なのは“自分が力に屈する人間だ”って思い知らされること。自分を否定される経験に慣れること。そうすると、言いたいことも言えなくなってしまうんだ」

 含蓄のある言葉だった。

 ヤクザに暗殺者として育てられた過去。

 踊ってみたいという願望を、慕う親へ口に出せないままで終わったことへの後悔が伺えた。

「もしも自分に力があったら、こんなことにならなかった、嫌な気分を抱えずに済んだ。そんな後悔は、味わってからじゃ遅いんだと思う」

「お前が、爺さんに踊りのことを言えなかったみたいにか」

「そうだね。きっと、キミにも同じような体験談とかあるんじゃない?」

「俺に?」

 指摘されて考えてみた。

 腕を組んで思考に耽ってみる。

 自分が無力なのを嘆く、というのはあった。

 真田剛毅はいつも姉に置いていかれる己の弱さを痛感していた。

 だが姉への意思表示に後悔はない。

 少年はずっと、姉を尊敬し、誇りに思っていた。

 自分が置いていかれていることへの寂しさはあるが、無力感に苦しんだ覚えはない。

 まあ、こう考えるのも自分が使い魔だからかもしれない。

 本来は、魔法少女の願いを叶えるため、欠けたものの体現者として、この世界に生まれ、それとなく導きをするのが使い魔。

 そうなれば、使い魔が魔法少女に伝えるようなことはない。

 意志があっても、それはあくまで魔法少女のためのものである。

「ないな。俺はツッパリだから、そういう気後れとは無縁だったぜ」

「ふうん」

 気のない返事。

 信じていないのが丸わかりだ。

「ムッ」

 口を尖らせた少年。

 何かを言おうとしたところに、遠の疑問がかぶさった。

「なんでその“ツッパリ”になろうと思ったの?」

 そのシンプルな問いかけに、少年は口を噤んだ。

 どうしてかというのは自身が覚えている。

 けれども、それはあまりに格好良くない理由だったからだ。

 何かしら誤魔化そうと思って言葉を探す。

 それよりも先に、鎖、鉤爪の先端が終わりに到着した。

「ついたぞ!」

 長々と退屈な道をあてもなく潜らされたため、自然と早足になって降りていく。

 横を遠が3段飛ばしで跳び降りて行った。

 追いかけてナイトスターも大きく跳んで、最後の段も含めて跳び越した。

「へい、危ねえだろ! 俺が先に行くって」

「いいじゃん。もう何も聴こえない空間はいや!!」

 遠が先にドアを開けると、光に視界を奪われた。

 思わず目の前に手を翳し、恐る恐る指の隙間から室内を見通すと、広大な空間があった。

 無数の半透明のフラスコ。

 そこにチューブが繋がり、内部には朱黒い雲が形成されている。

 理科の実験で似たようなものを見たが、色も使う施設も桁違いだ。

「なんだここは?」

 内部をキョロキョロしながら入っていく。

 気づくと、罠や人を半ば自動的に鎖を這わせて探知しようと動かせるようになっていた。

 把握する限りは、ここには誰もいない。

 魔力で暴走した獣や、異世界からの怪物がいるかもしれないのだが、不気味な程に気配がない。

 机、床、壁に至るまで全てが乳白色の滑らかな材質だ。

 手で触れてもタイルやフローリングにある継ぎ目、凹凸がない。 

「なんか……大人っぽい感じな建物だな」

「え、それ以外になにかないの?」

「いやだってこういうとこ来たの初めてだし」 

 真田剛毅は学校の勉強がからっきし。

 国語は何故か、一切勉強しなくても現代文だけ学年一位だが、それ以外は暗澹たる有り様だ。

 特に、科学と数学。

 化学式と一次関数に敗北を喫した彼の前に、こういう場所は理解を超えていた。

「お前は知らねえのか。交雑乙女なんだし、どっかでこういう所に来ることあったんじゃないのか?」

「うん。まあ、ね!?」

 ニコニコ笑いながら遠が、瞼を覆う。

 またやってしまった。

「ごめん、悪かった。でも輪郭とかわかるんじゃないのか」 

「いや無理。ヘッドフォン被せられてたから。熱反応も、ここにはないもん。だって、ここって温度が異常に一定だし」

 言われてみると、指で触れて確かめてみても、どこも同じ感触、同じ温度だ。

 とりあえず、真田剛毅は目についたフラスコに顔を寄せる。

 内部には朱黒い雲が浮遊している。

 普通の雲は水蒸気が集まってできると授業で習ったのは覚えている。

 この交雑乙女が術を使う時に出てくる朱黒い闇に似た色の雲は、何でできているのか。

「とりあえずはこれが市長の鍵を握っているんじゃねえか」 

 市長は魔法少女の力を研究していると言っていた。

 その結果、生まれたのが交雑乙女。

 ならこの施設に交雑乙女に繋がる何かがあるはずだ。

「何か見つかりそう?」

「まあ、待て…………なあ、この中にお前らが使う力っぽい雲があるんだけど、割って取り出しても良いと思うか?」

「わからないならとりあえず開けりゃいい」

「ちょっと危ないって!」

 遠がフラスコを殴って穴を開けた。

 朱黒い雲が密度を失い、霧散する。

 無機質で生活感がない空間に、濃い濃度の魔力が広がる。

「おいおいなんか来たぞ、どうすればいい!?」

「触ってみたら?」 

「なんか変な病気にかかったりしない!?」

「さあ? やらないとわからないでしょ」

「おい手を掴むなやめろやめろやめろ」

 盲目の少女による蛮行。

 指が朱黒い闇に触れたナイトスターの全身が震え、鳥肌が立った。

 不快感、嫌悪感、生理的な拒否感。

 寄生虫に支配された蝸牛の壺に粘膜を突っ込んでもこうはなるまい。

 これまでは、この朱黒いものに対して、特に何も考えなかった。

 せいぜいが交雑乙女の使うものくらいにしか見ていなかったし、それ以上に見ようとも思わなかった。

 だが、直に肌で触れてみると、どういったものかを本能で理解する。

 これは極めて冒涜的なものだ。

 それは、自分が魔法少女に変身する時に「こんなのツッパリじゃない」と頭で考えるのとは別に、胸中を満たす高揚感や希望と正反対のものだ。

「おい手を離せ! マジでやめろ、泣くぞ!!」

「ご、ごめん……」

「ふぅー。頼むぜ。俺がベソ掻いたらどうするつもりなんだ」

「いやもう掻いてるけど……ごめんね?」

 ナイトスターは目元と鼻を指で拭って鼻を啜った。

 遠は視覚以外で物事を判断するからいさかか過剰反応するようだと、魔法少女は考えた。

 どう考えても自身は少しも泣いていない。

 これは目と鼻にゴミが入ったからだ。

「しかし、なんなんだこれは……」

 落ち着いてからしげしげと目を凝らすと、雲の中央に顔が浮かんだ。

 髑髏というならちょっとした悪趣味なインテリア。

 しかし、そこには眼球や皮膚、舌の形骸がへばりついている。

 それはただうめき声をあげるのみ。

 連動して舌が震えるのは不気味だが、特に問題もない。

 慣れれば軽いショックな出来事で終わる。

 なのに、次には話が変わってきた。

「ココハ……? ダシテ」

「ひいっ」

「どうしたの? それ、喋ってるけど」

「え、ええと……雲に、髑髏が浮かんで」

「そこまではわかるけど、なんで話しているの?」

「わかんないから怖いんだよ」

 こちらは心底怯えているというのに、遠は自然体だ。

 これが生まれ、育ちの苦境の違いなのか。

「オネガイ……ダシテ……」

 朱黒の闇は変わらず、言葉を述べている。

 どうにかすべきなのか、それともどうにかすべきではないのかもわからない。

 交雑乙女のエネルギー源、魔力にあたるものがどうして出来ているのか。

「たぶんこれって人間から取り出してるよね」

「いや……まあ……そうだと思うけどよ……受け入れるにはショッキングだろ。お前も使ってるんだぞ、これ。ワンチャン他の可能性もあるだろ」

「ないって。ねえキミ。こうなるまでは何をしてたの?」

「ケイサツ……」

「警察官だって」

「クソッ、普通に話ができるのかよ! こういうのって無理なイメージあったぞ。それなら教えてください。貴方はどうしてこんな姿になっているんですか?」

「ア……アア…………! モット……ミジカク……」

「どうしてそんな姿になったの?」

「タイキンヲ……アゲル……ソウ、イワレタ……」

 遠が引き継いでくれたお陰で、話がスムーズに進んだ。

 どうやら会話ができると言っても、非常に断片的なものに限るようだ。

 朱黒のエネルギー体が話を続ける。

「サイショ、ヨロコビダッタ……。カネヲクレタ。カゾクガア、エガオ。ソウオモッタ……」

 雲が大きく震えた。

 それに呼応し、空間内にいくつもあるフラスコに同じような朱黒い魔力体が顕現した。

 魔力は意志に呼応する。

 眼の前の犠牲者の感情に共鳴しているのだ。

 やはり、これは作られ方は違っても、魔法少女の魔力と同じなのだ。

「ダガ……ツギニハ、ヤツㇵ、ゼツボウヲ、ヨコシタ! カゾクヲ、ツマヲ、ハハヲ、ツレテ、メノマエデ、カイブツニ、クワセタ! ワガ、カンジョウㇵ、キヅケバ、ニクヲ、オイテイタ」

 あの怪物が空からやって来た時と同じだ。

 真田剛毅は直感的にわかった。

 怪物に喰わせ、その感情を交雑乙女の力に変換させるのだ。

 それが、真田桃香の協力を経て実現させた、交雑乙女。

 魔法少女を再現する力の真実。

「何だそれ……」

 ぐるりと辺りを再確認する。

 壁一面に敷き詰められたフラスコ。

 数は数千はくだらない。

 この数の人間が、感情を痛めつけられ、意志を抜かれ、こうして苦しんでいるのだ。

 その事実は、全身を総毛立たせた。

「じゃあキャナリークライも、キューティクルスターとやらも、ケツ怪人も、みんなこの人たちを使ってたのか?」

「……あたしもかな」

 飄々としていた盲目の少女が、青褪めた顔で呟く。

 まともな方法で生み出されたものではないと知っていても、残酷な詳細を知るのはかなり堪えるようだ。

「この人達を元の身体に戻す方法ってわかるか?」

「それは……体を保管しているならもしかしてできるのかな」

「無理だよ」

 重厚でよく通る声。

 真田剛毅が、これほど怒りを籠めて他者を睨むのは初めてだ。

 それくらいに、彼の心は激しく燃えていた。

 市長、真田静を殺害したキューティクルスターが、浮かんでいた。


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