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第二章【六】

 真田剛毅が知っている限りのことは話し終えた。 

 どれだけ正確に伝えられたかはわからないが、とにかく真田剛毅が暴走した経緯。

 少年の無事を条件に過去に親友だった魔法少女、市長に自らの身柄を捧げたことも。

「なるほど……」

 深刻な顔で琴音は溜め息をついた。

「とにかく俺はあの人を迎えに行こうと思うんだけどよ。これからどうすればいいものかがよくわからなくて」

「え、それを何故、あたしが?」

「お前は、あの人の娘だろ。なら俺は知らないことも知ってるんじゃないかって」

「それはあんたもだろ。あたしだけママとキューティクルスターで知っていることなんてない」

「何でもいい。俺はそのキューティクルスターという名前も今知ったんだ」

 市長が魔法少女だった頃の名前が出た。

 魔法少女キューティクルスター。

 顎に手をあてて考える素振りをしてから、彼女は頷いた。

「兄貴と暮らすまで。あたしとママの二人暮らしだったけど、その頃のママは今とはまるで別だった。とにかく力を求めていた。というよりは、自分が“弱い”のをとても恐れていた」

「どうしてだ」

「わからないけど……いつも一人になると言ってた。“無力は嫌”って」

 市長も近いことを言っていた。

 それに、キャナリークライも。

 ケツ怪人もそうだ。

 力が欲しい、無力は嫌だ、といったことを言っていた覚えがある。

 母も、キャナリークライも市長に何かを吹き込まれたのだろうか。

「子供の頃はとにかく何をするにも危ないからやるな、お母さんから離れるなって口うるさかった。ハサミを持つのも禁止だったし、お風呂に一緒に入ったし、階段の昇り降りもママが横にいたなあ。口答えするとガミガミ怒ってきてさ。神経質っていうかヒステリーっていうか。そう言えば……今みたいに怪力なわけでもなかったかな。細かった気がする。そうだった。昔のママは細かった。なんで忘れていたんだろう……?」

 話をしていると自然と過去の記憶に意識がリンクしていくのか、閉ざしていた意識が開かれていくようだ。

「だから、あたしはとにかくなんでも自分でできるようにしようって頑張ったんだよ。洗濯・掃除は無理にでも自分でやって、少しでも心配されることがないように、体を動かして少し転んでも問題ないですってアピールしてた。バク宙ができた時に、ママが“凄いわね、ママがいなくても平気ね”って言ってくれたから、一人で動いてもいいようになった」

 自分がこの母娘の世話になる前のこと。

 聞くのは初めてで、真田剛毅は興味深かった。

 出会った時には、桃香は今と変わらず、包容力に満ちていて決して動じないように見えた。

 しかし、琴音が語る彼女は、それとは正反対。

 余裕がなく、小さなことに心が乱され、子供相手にも怒鳴り散らす親だった。

「キューティクルスターってのは……」

「ママを造った人だよ。今は市長の顔をしてたからわからなかったな」

「会ったことあるのか」

「大昔だけどね。とてもきれいな人だった。よく遅くまでママと二人で話していたなあ」

 そういえば、市長の顔面が大きく深くひび割れていた。

 あれは、あの顔そのものが造り物ということだったのか。

 やはり本来は女性だったのだ。

「何度か二人で出かけてもいたかな」

 時系列のようなものが少しずつ明らかになってきた。

 姉、真田静が存命中で魔法少女としてバリバリ活躍していた時代。

 桃香と琴音は二人暮らしで、無力に苦しんでいたのだ。

 その時代にはキューティクルスターも、彼女らの家を訪れていた。

 きっと、その頃にプリティプディングに、研究の支援を頼んだり、桃香が市長に協力したりしたのだろう。

「そして、自分の研究のせいでお姉ちゃんが殺され、それを知ったあの人は袂を分かった。手に入れた力はそのままに……ってとこかな」  

「…………まあ、そうなるのかな」

 プリティプディングの死についての話に移り、琴音も暗い面持ちになった。

 母が、尊敬するプリティプディングの死に、間接的に関わっていたのは、琴音としても衝撃が大きい。

 琴音は、母のこともプリティプディングのことも尊敬していた。

 剛毅はてっきり琴音もそのことを知っていると思っていたが、どうやらあまり違いがなかったらしい。

 これからを決める上ではマイナスの結果だし、妹が何か重要なことを知っていると見込んでいたのが大外れの結果に終わりもした。

 それはそれとして、気分はむしろ上向いていた。 

「とにかく、あのひとのことはだいぶわかった。力がないのが嫌で、市長に協力したんだな。真田静のことを憎んでいると知っている相手に」

 殺すとは思っていなかったとしても、止めることはできなかったのか。

 どうしてもそんな気持ちが湧いてきてしまう。

 彼女の娘である琴音の前で、そんなことは言いたくないのに。

 聞いた限りは彼女だって、桃香には色々な感情があるはず。

 それに今だって、ほぼ軟禁状態だったのに、原因の剛毅に不平の一つも漏らしていない。

「ごめん。お前に言うことじゃなかった。悪いな。本当。巻き込まれて」

「なんでそんなこと言うの」

 悲しそうに眉を伏せ、その上で腰に手を当てた。

「だって……俺ってさ。人間じゃないっていうか、使い魔が元だったらしいし。きっと、桃香さんだってそういうことだったんじゃないか? 魔法少女の魔力が詰まった俺にいつか利用価値があると思ってたんだろ。それに付き合わされたお前も、可愛そうだ。俺なんかにいつまでも振り回されててよ」

「ちょっと!!」

 頬を両手で挟み込んで、琴音が顔をすぐ近くに寄せた。

 唇がくっつきそうなくらいの距離。

 しかし、こういうことをするのは、彼女が怒った時と知っている。

「あのね、あたしはいつもあんたのフォローをしてきたよ? でも、だからって振り回されてたわけじゃない。あたしはあくまで、自分の学校生活とか、生き方とかやってきたし、そのついでにあんたのアシストもしただけ。誤解しないでくれる?」

「おーこれが兄妹喧嘩」

 ずっと無言で、シェルター内部を物色していた遠が冷凍庫からバケツアイスを持ってきた。

 脇に抱えて、業務用のカップで掬いながら、ヘラヘラ笑っている。

 養い親を亡くしたばかりだから、見世物じゃないと叱るのも難しい。

「それにママだって、あんた本当に、利用しようと思って一緒にいたって思ってる? もちろん、お姉さんとのことは残念だし、難しいことだけど、あたしたちのこれまでを否定するのはやめて」

「でも俺、この性格とか全部、プリティプディングの願ったものかもしれないし、全部造り物かもしれない。それに、元から俺だけ、血の繋がった家族だったわけでもないんだ。まずさ、俺のせいでこんなとこに閉じ込められたようなもんだし……桃香さんは連れ帰るけど、俺はもうお前らの人生にいない方が良い気がする」

 一息に言い切った。

 これを琴音に言いたかった気がする。

 もう一緒に暮らす気分にはなれない。

 桃香を憎んでいるわけではない。

 昔のことを聞いた時には黙っていたことに、姉の死に関わっていたとこに深い怒りを抱いた。

 けれども、だからといってずっと怒るかと言うと、それはできなかった。

 というか、今の真田荘園に実態のある感情というのはがないように思う。

「…………フゥーーー―――ン」

 腕組みをして、琴音が剣呑そうに足を鳴らす。

 相手が傷ついているか気になった少年が、眉を上げる。

 代わりに、人差し指を鼻に突きつけられた。

「じゃあ何? これから一人暮らしする? 一人暮らしするの?」

 距離を詰められ、そのまま後ろに押し出される。

 妹に叱られる。

 それはよくあることだが、今回はさらに圧が強い。

 初めて来たところだというのにもう壁に追いやられた。

「あたしが様子を見に行ったりすることもなく、縁を切って、一人だけで生活したいって!?」

 鼻息荒く指摘されたので、深呼吸して考えてみた。

 一人で寝起きして、話相手もいなく、黙々とごはんを食べ、夜になったら眠る、真田剛毅の姿。

 ふと気になったが、こういう一般的な生活というのは、世間一般のヤンキーはどうしていたのか。

 どうせ人間ではない、と思えば後は知ったことかと開き直れる気がした。

 少年は首を振る。

「………………無理」

 できるできないではなく、やりたくない。

 家に帰って誰もいないとか、食事を一緒に食べる相手もいないとか、そういう生活に耐えられるとは思えない。

「じゃあ家にいなよ。ママだってちょっとぎこちないくらい気にしないって! それにうちらお互い、家族になってからの方が長いでしょ」

 琴音の言葉には納得するものが多い。

 というよりは、今さら家族関係を解消することなんてできるわけない。

 なのに、母である桃香の過去を気にしすぎて、心がくじけ、一歩を踏み出そうとせずに、離れる道を選ぼうとしていたところだった。

 本当に選べるわけもないのに。

「……ツッパリしてても、もう怒らない?」

「それは度を超えたら怒る」

 難しい。けれども、真田剛毅にはそれでいい。

「それでいいや。じゃあ、改めてよろしく」

「改めるまでもなくない? ずっとあたしがあれこれやってたよね」

「まあ気持ち的な問題だよ。とにかく母を迎えに行かんと。あの二人が一緒に行ってた場所で覚えてるのある?」

「それはぁ……」

 市長と桃香はよく一緒に行動していた。

 そして、研究というのはスペースが必須なものだ。

 交雑乙女を研究していた場所を突き止めたい、何かしらがあるはずだ。

 首をぐるぐる回し、琴音が自身の記憶の底を攫ってみた。

「ああ、市庁舎かな。あそこの食堂によくいた記憶があるから」


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