第二章【五】
市長が敵。
そうなると全国指名手配や、あの手この手で酷い噂を撒かれるのを予想していた。
実際はと言うと、普通に表を出歩けている。
魔法少女ナイトスターについての特集が組まれ、ケツ怪人と戰った時に受けたインタビューが何度も街頭TVで流れている。
「お前を倒した時とか、こうやってインタビュー受けても良かったかもな」
「えーやだよ。あたし、どんな風に撮られてるかわかんないし」
「それ言ったら何もできなくないか、この時代。ダンスをもっとやりたいんだろ?」
「べつにそんなだいそれたことしたいわけじゃない。踊るのが好きなの」
盲目の少女に案内され、妹が匿われているかもしれないエリアに向かう。
大通りから路地に入って、ネズミと生ゴミを横目に、奥へと進んでいく。
どんな場所でも栄えれば栄えるほどに知らないエリアが増えていくものだ。
ツッパリを名乗ってはいても、外を出歩くのは好まない剛毅にとっては、人の多い場所は密林に等しい。
配管、バルブが剥き出しの場所まで来ると、遠はマンホールを足でタップした。
彼女はこんな場所を通る時も裸足だ。
汚くないのだろうか。少年は内心、首を傾げた。
というか、家に帰る時に、まさか洗もせずにそのままあがる気じゃないだろうな。
「下水道っていうのは全てが繋がっているの。んでもね。例外はある。それがここ。下には、どこにも繋がらない謎の空間があるんだ」
「あの人はこんな場所を知っていたのか」
ずっと一緒にいた家族。
なのに、親友、生まれ、何をしていたか、どれも知らなかった。
妹は……琴音は何も知らなかったのだろうか。
まるで自分だけ家族じゃなかったと、突きつけられているようだった。
やり場のない憤り。それ以上に落胆がある。
「琴音に会ってもどうなるかなあ」
この疎外感を抱き、家族の実態を見失ったまま、自分のせいで避難生活をしている妹に会ってどうするのか。
少年には検討もつかない。
「知らないけど、会ってみたらいいでしょ」
先導する遠は振り返らない。
盲目の彼女は当人の意識に関わらず、振り返る意味を持たない。
だから、彼女の表情はわからない。
「おじいちゃんは言ってたよ。“踊りが好きなら、もっと早く言ってくれれば”って。言って、どうなったかはわからないけれども、でも、やっぱり気になるよ。言ったらどうなっていたかなって」
「遠……」
気を遣われたのか、気を遣われたのだ。
家族を喪ったばかりの人間に。
それが、実際は都合の良い殺し屋に仕立て、失敗したら手酷く折檻する家族だとしても、当人にとっては唯一の身内だ。
まだ生きている自分は恵まれている、そう思えるほどまだ少年は割り切れてはいないが。
「そうだな。とにかく会ってみるか」
「ついたよ」
「速いなあ〜〜!」
「どこにも繋がってないスペースは地下でも難しいもんだよ」
早速、到着したことに驚いた。
あまり時間がかからないのは当たり前のこと。
よく考えてみると、内心で家族に会うのに恐れていたのだろう。
「クソッ、しっかりしろ、ツッパリ」
「ツッパリって?」
「え、ああ。知らない? 男らしくて自分の道を孤高に突き進むし、悪いことだろうと
思想のためならやってのける偉大な戦士のことなんだけど」
「キミとはぜんぜん違うね」
「おおおおおぉなじだぜえぇぇぇぇ?」
震える声で否定。
「孤高ってタイプじゃないでしょ。キミ、本当は他人が平気かとか悲しんでないかとかばっか考えてるタイプじゃない? それで悪いことでもやるとかさあ……それやったとしても悪いの、キミってことにならないやつじゃん」
「えっとぉ…………まあ、ね。とにかく俺の男らしいとこを今から存分に披露してやっから」
親指で自分を指し示し、ツッパリたる自分をアピールした。
白けた顔の遠に心が傷つき。
誘導されるままにドアを開けてみると、開口一番に真田剛毅は駆け出した。
「なにこれええええ! ことちゃああああん!!」
鳥籠は鳥を外に出さないためのもの。
野生を失った鳥が、外に徒に出ては命を落とさないためにある。
だがそれは一目で異形な檻だった。
外部からの侵入を徹底的に排除するための要塞。
魔力に暴走した獣が放し飼いにさていた。
それと、魔力を生み出す生き物も。
鈴の音を鳴らす、あの怪物。
魔法少女としての経験を積むとわかった。
あの生き物は超微弱な魔力もどきを醸している。
異様に長い、骨も肉も入っていないような針金めいた四肢。
動物にはない形。
これがいるってことは、本当に市長と関係があったということだ。
さらに奥の中の奥には、分厚い深黒の鉱物で作られた光を吸収する箱がある。
避難所、シェルターではない。
これではまるで封印だ。
「これ、これおかしいだろ!! あの人、ここまでするのか!?」
生命を守るのに万全ということはない。
しかし、あまりに行き過ぎるとどうしても逆に生命を軽視しているように見えてしまう。
強い力に向けた防衛というのは、実質的には危険地帯と同義だ。
魔法少女に変身すれば潜り抜けるのは容易。
そのはずだが、今の少年の精神状態では魔法少女に変身するのはあまり自信がなかった。
「これがキミのお母さん、真田桃香さんの大事なものを置く場所なんでしょ。出ることも入ることもできないってわけよ」
「でもこれじゃあ……出るのも危ないんじゃないのか」
「必要なリスクなんじゃないかな。まあ、ここはあたしがいてよかったよ」
「どういう意――」
訝しんだ瞬間には、遠の姿が掻き消え、突風が吹き荒れた。
狭い空間内で閃光が駆け巡る。
外敵抹殺のための罠が作動し、交雑乙女、魔獣、魔力を使った攻撃、その全てを抹消するための武装が作動する。
その中の大半が真田剛毅には理解も出来ない代物だ。
魔法少女になって強引に突破できると思ったのは楽観的すぎたと理解した。
真田少年の前で爆音と燃焼、破砕音が繰り広げられた後。
遠の姿が見え、外敵排除用の武装が尽く壊された。
「終わったよ。魔力のある物にしか警戒してないから、かえって楽勝だった」
「す、すごっ……!」
「ほら、後はキミが迎えに行ってあげなよ」
一仕事終えた遠は大きく伸びをした。
案内されて障害もはいじょしてもらえてと至れり尽くせりだ。
暗黒物質の箱の前に立つと、全身が青緑の人工光でスキャンされた。
ドアが開くと、ガンガンにかかった空気清浄機と、巨大な冷蔵庫が目に付いた。
壁には琴音が好きな漫画、ドラマが所狭しと並び、頑丈なフォルムの乾燥機もある。
サンドバッグ、ウェイトリフティング、ランニングマシーンといったトレーニング機器も完備してある。
とにかく真田琴音と剛毅が長期に渡って潜伏するのに特化した施設だった。
微かに鼻腔に届く汗の匂いがする。
空間の中央で、汗の水たまりを作って腕立て伏せをする真田琴音の姿があった。
「はっぴゃくさんじゅーはち、はっぴゃくさんじゅーく、はっ、は……? ろっぴゃくよんじゅーいち、ろっぴゃくよんじゅー……」
「こと!」
「なんだこのヤロー! 今、抜け出すために鍛えてるとこだから邪魔すんな!!!」
「俺だって! 剛毅だよ」
床を必死の形相で睨みつけた琴音は顔をあげない。
数を間違えようとも、ガムシャラに自分の身体を痛めつけている。
いつもはそんなヘマをするタイプではない。
それだけ力をつけることで頭がいっぱいいっぱいだったのか。
兄の声を遅れて認識し、腕立てを続けながら顔を上げた。
「あれ、もう終わったの!? ママはどこにいる? ……もしかして無断で来た!? ヤバイヤバイ、今すぐ出てって。バレたら二人とも殺される!!!」
「それは……」
言葉に詰まった 真田少年。
どうやら母は妹に連絡を取っていなかったらしい。
遠がここを知っていたのが本当に功を奏したと言えるだろう。
「お前の母親、桃香さんが敵の手に降った」