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第二章【一】-下

 ある意味で殴る音よりも嫌な音だと真田剛毅は思った。

 だがそれよりも何よりも、目の前でいきなり敵が同陣営の敵をビンタしたことの方が信じ難い。

「いきなり何を……」

 呆気にとられた剛毅が呆けた声を出す。

「何をじゃねえよ何をじゃよぉ!! こっちは躾中なのがわかんねえのか!!」

「お、おい……暴力はよくないって」

 無抵抗で少女が親代わりに折檻されている。

 嫌な光景だ。

 相手が友達ならなおさら。

「なあ遠よぉ……! そりゃ失敗したらくたばるように細工しといたけどよぉ……!! これはねえんじゃねえのか!? 敵に塩送ってんだろ? あのうらなり瓢箪がそれなしに生きてられるわけがねえ! こっちがどうやってっか教えてやったんだろう? そりゃねえよ……そりゃねえよ遠ちゃんよぉ!」

 ナイトスターを他所に遠の胸ぐらを掴んで両頬にビンタの雨を降らせた。

 肉を打つ音に、骨を殴る鈍い音が聴こえた。

 こちらを相手にせずに、味方を殴る。

 そのことを頭の中では理解しきれなかったが、音を聞いてやっと理性が覚醒した。    

「よせ! あいつは俺になにも教えてない! 自力でどうにかしたんだ!」

「食う物も雨風しのぐ屋根もあったけえ布団もくれてやった。教育もな。そして愛情! これだよこれ! おじいちゃん、お前をたっぷり愛してやったよ! なのにこれだってのかい? こんなに薄情な裏切り者は見たことねぇや!! 」

 ここに来るまでの饒舌さと減らず口は嘘であったかのように、暗殺者の少女は大人しく張り手を貰い続けている。

 魔力が籠もった攻撃ではないだろう。もしもそうならとっくに顎が砕けて歯が折れている。

 それでも口の端が切れ、鼻から血を流し、青痣ができていくのを、真田剛毅は黙って見ることはできない。

「やめろって言ってんだよぉ!!!」

 意志の爆発。

 視界、視野がキャナリークライの手元と、折檻される遠に絞られる。

 青と白の二色に染まった世界。

 魔法少女に鳴った日の事件や、ケツ怪人、遠が使う朱黒いものとは違うもの。

 より純度が高く、根源的なもの。

 善や悪という区切りではなく、より“ナチュラルなもの”だと思えた。

 一度、爆発の回路ができたことで、力を発揮する過程がより純化している。

 今や意志の爆発と真田剛毅少年の内部から湧く魔力は、直結したものとなっていた。

 杖が剛直に、靭やかに伸長する。

 キャナリークライの腕に鎖を巻き付けて引き付けた。

 こっちに体勢を崩したところに靴底を、相手のツラにぶつけた。

 魔力の籠もった打撃にヤクザの組長と言えども体勢を崩した。

「があっ!!!」

 攻撃を受けたことによる苦鳴。

 鼻っ柱から、遠と同じように血が出た。

 これ以上ないタイミングと角度。

 衝撃が相手の顔面の向こう側に突き抜け、相手の顔型の穴が壁に穿たれた。

 決まったと思ったナイトスター。

 超上昇した意志が油断によって揺らぐ。

「残心もしねえとはなあ、素人め」

 キャナリークライの眼球がぐるりと回転。

 回し蹴りをお見舞いしようとするナイトスターだったが、弦糸の滝が地下より天に上った。

「クソッ!」

 靴底と、足の裏の一部を喪ったナイトスターが毒づく。

 キャナリークライを見失った。

 どこから攻撃が来るのか、どこにいるのかもわからない。

 不味い状況だ。

 敵を見失ったら腕を無くして体に穴が空いてきた。

 次は何が起きてしまうか。

 とにかくあんなに強く制裁された遠が無事かを、ナイトスターは気にかけた。

「おい無事か? 酷いことするなあのジジイ。魔法少女の風上にも置けねえぜ!」

 抱き起こすと痣だらけではあるが骨や内臓は無事に見える。

 もちろん、少年は骨と内臓に異常のある人がどんな風なのかまるで知らないが。

 片目を薄く開けた盲目の少女が、眼球を動かした。

 瞬間、その動作の意味がわからなくとも、半ば自動的に腕を動かして鎖の柱を立てた。

 三条の傷が刻まれ、攻撃を防いだ。

 自分だけでは攻撃が来るとわからなかっただろう。

 これまで、ギリギリで攻撃を防いだり避けられたのは魔法少女の未熟な第六感が疼いたと少年は思っていた。

 しかし、それは勘違いだった。

 最初から、少年がキャナリークライに致命傷を受けずにいっれたのは、無意識下でも彼女からの合図を受け取っていたからだ。 

「眼の動きか!」

 盲目の彼女は音の鳴る方に顔を向けることはない。

 特にこれといって意識したものではなかったが、この戦いの間だけは、眼球を動かし、ナイトスターにそれとない合図を送っていた。

 何度か、ふざけて見えない眼球を動かしているのは見たことがあった。

 彼女は、目が見えないだけで眼球を意志に応じて動かせるのだ。

 立場、関係に雁字搦めになった上で、敵の娘な少女が遅れる最大限のサポート。

 そのおかげでナイトスターは生き残れたのだ。

「どうしてこんな……」

「何のことさ?」

 忌々しげに眉間に皺を寄せて傷だらけの少女が言った。

「まあ……キミはあたしの初めての観客だったからね……」

「観客って……」

 まさか、あの戦いで見た踊りのことか。

「アハハ。あたしもバカみたいって思うけどさ……誰かに見せたことなかったし……自分じゃどうなってるか見えないし……キミに褒められて嬉しかった」

 あんな短いものを観て、褒めただけなのに。

 ただ、キレイなものをキレイと言っただけだ。

「だから、このまま死なれるのはなあ……ってちょっと気になっちゃった。それだけ。それだけだよ」

 小さく舌を出し、少女は屈託なく笑った、

 とても可憐であり、舞いと同じ、キレイな表情だった。

 激闘の最中だと言うのに、真田剛毅は言葉を失った。

 それと同時に、魔法少女に原初の動機が湧き上がる。

「これが終わったらまた見せてくれよ」

 震儀遠を横たわらせ、肩を軽く叩く。

 スカートを翻らせ。

 魔法少女の少年は拳を溜めた。

「おうおう初々しいやり取り見せつけちゃってぇ」

 虚空から姿を現したキャナリークライが苦笑した。

 遠にトドメを刺すかと身構えたがそのつもりはないらしい。

 どうやって虚空に隠れられるのか、大技を直撃させた真相は、どれもわからない。

 けれども、負ける気はしない。

「何話してたか知らねえが、孫娘を誑かせたスケコマシはよぉ……死をもって償うのが世の掟だぜぇ!?」

「知るか。ならあんだけボコボコと、ぶってんじゃねえクソジジイ」

「心を鬼にしてやったんだよ」

「子供を殴るのはただのクズだろ」  

 鎖が獣王無尽に展開される。

 一見無軌道な鎖の移動。

 ナイトスターとキャナリークライを覆うように編み込まれていく。

 網目そのものは粗末で、子供でも解けるだろう。

 しかし、魔力を通してドーム状にすれば、もはや鉄壁のコロシアムだ。

 全容はおよそ半径3m。

 もはや箱に近いと言える。

 お互い逃げ場なしの超近接戦だ。

 偶然にもキャナリークライとナイトスターの武器は似ている。

 彼がどれだけ自在に弦糸を操っているのかを知ることで、こちらも模倣をしようと思った。

 ツッパリが細かい作業というとなんだか敗北感が強いが、ヤクザだって糸を使って小細工をしているのだ。

 真田剛毅がやってダメな理由があるわけもない。

「これでもうどこに隠れようともムダだぜ」

「おう地下闘技場かい。二十年ぶりに参加するが、いつ見ても風流だねえ」

「…………?」

 知らないワードに魔法少女は怪訝な顔をした。

 キャナリークライが浅い伸脚をしてから大きく伸びた。

「じゃあやりましょうかね」

 少年の髪が一房切断され、そちらに意識が行ったと思えば、こめかみに裏拳が入った。

 意識を逸らしてからの攻撃。

 見事な身のこなしだ。

 武術のそれである。

 おまけに、やる気が皆無で威力がなかった遠のそれと違い、ダメージがしっかり入る。

 彼女のそれほど認識不可能なものではないが、十分に脅威だ。

「おうどうした? 正々堂々、真っ向からやってやるよ」

「あっ……!」

 遠が言葉にならない声を発した。

 形にならないのは確信が持てないからか、キャナリークライ、源五郎への恐れか。

 どちらにせよ、彼女はこちらを助けようとしている。

 それを素直にやれないと言うなら、それは自分が頼りないからだと少年な思った。

 まあ、真田剛毅自身も、母に怯えっぱなしのヘタレだ。

 育ての親、実質的な祖父に縛られている彼女の拠り所になれないのは無理もない。

「何だ頭をこつんとするのがヤクザなのか? 子供を殴るしか能がねえのも納得だな」

「命乞いしたかったらこう言いなよ坊や。”もっと強く殴ってぇ、早く殺してくださぁい”」

「舐めんな!!」

 挑発合戦に負けたナイトスターが飛びかかる。

 カウンター気味に顎にパンチが入るも、片手を入れて防御した。

 遠に比べると遥かに遅い。

 爪先に魔力をこめて蹴り込む。

 キャナリークライ胴体がくの字に折れ曲がった。

「ガッ、ハハハ……。良いねぇ良いねぇ燃えてきたぁ!」

 足裏てナイトスターの膝を押さえたヤクザ。

 実戦慣れした動作でナイトスターの頭を挟み、最硬部分の額で真田の鼻を打った。

 鼻の骨が折れ、鼻血が溢れた。

 息をしようにも鼻から大量の血が口に流れ込む。

 妙なことに、全身を魔力で充填させたボディになっても、人間の生理反応が強く影響している。

 人間の形である以上は人間である機能のデメリットからは逃れられないのか。

「くうっ」

 呼吸ができず、喉に血が流れて頭がぼうっとする。

 距離を取るにもそれは自分から不可能にした。

 魔力で激痛を軽減させている魔法少女のボディ。

 それが喧嘩もしたことがない少年にまさかの荒療治に踏み切らせた。

 指を自らの鼻穴に深く突っ込んで、無理にでも鼻骨を掴んだ。

 気合の雄叫びをあげながら力ずくで鼻の軌道を正す。

「治ったぁ!!」

 驚きの悲鳴をあげながら気道が正常化したナイトスターが片手で殴った。

 これが魔法少女の肉体。

 デキると思えば形がないかのように無理が効く。

 まるで血と骨の代わりに”魂”と”意志”が生命を脈動させているかのようだ。

「オラオラどうしたどうした! 孫をぶってたらバテたんじゃねえのかジジイ!!」

 片腕と両脚を織り交ぜ、力ずくでキャナリークライを押していく。

 壁際に押し込んでしまえば後は相手に押し返す術はない。

「チッ。嬉しそうにお年寄りを殴るじゃねえか」

「楽しいと思ってんのかクソ野郎!! せっかくダチになれた遠をいじめやがって! お前なんか触りたくもねえ」

「あいつに惚れたんか?」

「お前を倒したら、あいつのダンスを観る約束してるんだ! お前がやらなかったからな」

 自分で言ってて約束だったかよくわからないが、自分はあれを約束と認識した。

 だから、頑張ってこの戦いを乗り越える。

 拳を引いてまっすぐ突き出した。

「ダンス……?」

 相手の戦力を断ち切る威力はあっただろう。

 キャナリークライハそれが迫っても焦ることなく、意外そうに剛毅の言葉を反芻した。 

「あいつ、そんなんが好きだったのかぃ。言ってくれればよぉ……」

 後悔が滲む笑み。

 いつもの真田少年ならそこに人間性を見て、攻撃を止めただろうが、勢いを載せたパンチを止められず。

 キャナリークライを殴る瞬間。

 女の体をした老爺が壁ごと後ろに倒れた。

 目を見開いた魔法少女ナイトスターの周りで、敵を逃さないようにした箱が次々に、網目をなくしていく。

「メンコも魔法もおんなじよぉ。最後はガッツと小細工の両方を持つ奴が勝つのさ」

 鎖には魔力が通じ、干渉されたらわかるようになっている。

 それでも気づかなかったのだ。

 極細の弦糸が鎖の網目をほどくまで。

 その上でパワーに勝るナイトスターとの接近戦もこなした。

 どちらも一つ間違えれば終わりだろうギャンブル。

 勝ってみせたキャナリークライには、少年をして感服せしめた。

「ス、スッゲェ……!! 器用過ぎだし、よくやりきったな!?」

「殺し合い中でも敵を褒めるか。それは得難い才能だ、大事にしなよ」

 開放された密閉空間。

 キャナリークライに適切な空間で、交雑乙女はシニカルに言う。

「でも金糸雀を籠に入れるのはいただけねえな。可愛そうだろ」

 来た、とナイトスターは理解した。

 一度も見抜けていない大技が発動された。

 朱黒い闇が広がり、視界が一瞬閉ざされる。

 腕を無くしていた方を突き出す。

 なにもないはずの腕で、たしかに糸の塊を掴んだ。

 手を握り、相手を引き寄せる。

「なんでだよ!」

 狼狽したキャナリークライが、少年に引き寄せられる。

 次は必ず勝負を決めに来るだろうと思った。

 それなら腕のない方を狙うに違いない。

 単純なフィジカルでは、きっとキャナリークライはこちらを殺す決め手がない。

 だからこうして小細工と挑発、そして腕を断つことをしてきたのだ。

 ならば、次にはない方の腕のある方向から、最大限の攻撃をしてくる。

 防壁では間に合わない。

 こっそりと体に巻き付けていた片腕を、超高速で縫合し終え、攻撃に立ち向かうのだ。

「腕を縫い合わせたのか……!? あんなボロボロの裁縫技術で」

「上手くいくかわかんないけどな。 お前がヒントをくれたんだろ。勝つのは小細工とクソ度胸のどっちもある奴ってな」

「それでもあんなにタイミング良く糸を掴むか……!! そうか」

 鎖が光を反射し、鏡面となっているのを見て、松平源五郎は理解した。

 箱で閉じ込めた時から、ナイトスターは遠のアイコンタクトに従っていたのだ。。

 最後の大技も、ナイトスターの読みだけではなく彼女が、攻撃の位置をかなり正確に予測してくれた。

 それが可能なのは、武術の腕において、少女はキャナリークライの遙か先に行っている上で、同系統の身のこなしだったからだ。

 そして、あれだけ遠にわけもわからぬままに殴られ続けたら、ナイトスターだってそれより遥か下の練度相手には、追いつける。

「Get Over Here!! (こっちに来い!!)」

 鎖が敵の両手両脚を縛り付け、高速で巻き取った。

 その速度にぶつけるように、今度こそパンチをお見舞いした。

 密閉空間を満たし、天井を持ち上げる衝撃が響き。

 キャナリークライは大の字になって倒れた。

 意識は残っているが、もはや動くことは敵わないだろう。

「ズルいな……途中から二人がかりじゃねえか。そんなに爺ちゃんが嫌いかい」

「……死なないってわかってたもん」

 ナイトスターに抱きかかえられた、ヤクザの養女が組長を見下ろす。

「あたしも生きてるんだし」

「ハッ……」

 くしゃりと顔を歪め、キャナリークライの変身が解けた。

 現れたのは松平源五郎、冷血ゲンガーと恐れられたヤクザが、枯れ木のように老いた姿。

 禿頭でシミだらけになった顔を手で覆い、無数の皺が刻まれた口が吊り上がっていた。

「そんだけ惚れられたらお手上げだ」


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