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第一章【十一】

【十一】

 今から母同伴で初めての友達のご家庭にヤクザを滅ぼしに行く。

 あまりないことだと少年も思うのだが、提案者は落ち着いて洗濯物を畳んでいた。

 ハイキングに使ったランチボックスを洗い、玄米を水に漬け(真田家はいつも玄米だ)て炊飯器のスイッチを入れたらいつでも炊けるようにする。

 掃除機をかける母の背中。

 姉を喪ってから、最も身近で大きなもので在り続けた背中。

「どうしたの? おトイレはいいの? 何があるかわからないのだからちゃんと支度しておきましょう」

「ごめんなさい……俺のせいでことが大きくなった」

 頭を下げる。

 遠の前ではやらなかったが、彼女を生かしたことでより深みに潜ることになった。

「あら、あなたのせいじゃないでしょお?」

 いつものフワフワした雰囲気で母が振り返る。

 その顔にはいつもの包容力に溢れた笑みが浮かんでいる。

 先程の、遠の首を冷然とへし折りかねない圧は幻にすら思える。

「琴音、なんか言ってた?」

「お兄ちゃんの心配ばっかりだったわ」

「ウソだ」

 恨み言を述べると思ったわけではない。

 けれども、あの妹がおとなしく留守番をするとも考えられない。

 真田琴音はいつも反抗的で、兄にダメ出しばかりしている。

 学校での振る舞いについて怒鳴られるのは日常茶飯事だ。

 だが、それもすべて兄のことを気遣ってのことなのは知っている。

 先生に怒られている時、同学年と関わるように言われた時、妹の友達が来た時、姉を亡くした喪失感に涙している時、妹は常に側にいてくれた。

 自分が苦しい時は、いつも側にいようとするのが彼女だった。

 母もそのことを把握しているため、少年の反論を肯定した。

「あなたのことが心配だからできるだけ近くにいたいとは言っていたわ。でも、私が無理を言ってやめてもらったの。あの子は絶対に安全な場所にいるから、ごうちゃんも気にしなくていいの。ただ“絶対に死ぬな”と伝えてってお願いされたから、伝えておくわね」

「ハッ、絶対かよ」

 彼女が使うのを避けている単語だ。

 戦いに行く前、姉は真田剛毅に“絶対に帰ってくる”と約束したものだ。

 その約束は最後には破られて終わった。

 だから少年にその話を聞いて、妹はその言葉を極力使わない。

 彼女は先代魔法少女の本当に尊敬しているからだ。

 使う時は100%の確信がある時のみ。

 真田剛毅が姉の影響を強く受けているのと同じで、妹も影響を強く受けているのだろう。

「これで駄目だったらあいつはずっと怒るんだろうな」

「そうよぉ。お兄ちゃんだもの。妹の信頼に応えないと」

「今度は俺の番か」

 頭を掻いて少年は頷く。

 ややあって、また別のことに思い当たった。

「遠のことだけど…………あいつのせいだけじゃないんじゃないかな。だってよ、あいつは暗殺者だし、命令した奴が悪いだろ。あと、俺の情報をバラしたクソ野郎」

「だから、彼女のお家に行くんでしょう?」

「そうだけど……俺の一存から始まったことだし……」

「剛毅」

 崩さなかった笑みから真剣な表情になり、すくっと腰を上げた。

 エプロンを広い肩幅と豊かな乳房が内側から持ち上げた、家事をする際のコスチューム。

 だが、この姿でも、母の姿からは強さが見えた。

 それは確固たる存在と意志が齎すものだ。

 見せかけの強さではないもの。

 姉の次に尊敬する人が戦う者として向かい合っていた。

「私ならあの子を殺していたでしょうね。それは、琴音とあなたを守るため。幸せを続けるため。安心と安全、平和を守るため」

 母のスタンスはとっくに理解しているつもりでも、こうして言葉にされると、息子の心が軋む。

 わかってはいても、聞きたくない言葉だった。 

「あなたが彼女を生かしたことは、きっと私達を安心には導かないでしょう。それでもいいの。貴方が貴方の意志、優しさの方向性を定めた事を、私は心から誇りに思います」

「…………」

「あなたは敵に手を差し伸べる、相手の心を感じようとする、殺意で向かってきた者と好敵手になれると信じる。それが魔法少女ナイトスター……。私の意志にそぐわなくとも、あなたの意志を私は守ります。それを損ねる敵がいるなら楯になって立ち向かい、貴方の膝が折れるなら立ち上がる時まで貴方の壕になりましょう」 

これは誓い(オース)に当たるものだ。

どれほどの重みかはわからないが、

ずっと、真田剛毅の中には心のつっかえがあった。

血の繋がりがないということではない。

母と姉の人格的な優しさ、包容力、献身になにも報えていないという劣等感。

姉の偉大さにまるで追いつけていないことも己への失望に繋がっていたと言えるだろう。

しかし、貰ったものが、母の言葉ではなく、戦士としての言の葉なのが、魂に響いた。

一人の人間として、認められたのだという気持ちになれた。

「……なんというか……光栄だよ」

「でもそれはそれとしてあの子のお家とは母として私がお話するわね」

「ええっ。でも俺の意志に従うって……」

「大丈夫よ、誰も必要以上には傷つかないわ。安心してママにお任せよ!!」

 いつものトーンで、母は腕を振り上げてまた笑った。

 なんだか結局はあまり変わっていない気もするが、それはそれとして、母がこうするだけで何もかもが上手く行く気がした。


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