あれ ? 何だかお嬢様っぽいね
「大変だ、死んでるぞ」
「みんな、クラスに戻りなさい。早く行きなさい !」
エルーガの心音を確認した男性教師のミナイとシランは、焦り生徒を遠ざけた。
「何てことだ。生徒の暴行で死者が出るなんて。監督不行届で罰せられるぞ、くそっ」
「おまけに主導したのが公爵令嬢ペイシャル・ランマークだ。ランマークに不利な証言なんかしたら、ただじゃ済まないぞ、どうする ? 」
「取りあえずこのままには出来ないし、養護室へ運ぼう」
「そうだな」
ミナイ達はエルーガを抱えて歩き出す。ダランと脱力した体は重く、更に先程死亡したのを確認したので恐々だった。
「なあ、本当に死んでるのか ? 」
「そんなこと言うなら、おまえも自分で確かめろよ」
「いや、いいよ。信じる」
エルーガの血色は良く、まだ体も暖かいままだった。
どちらにしろ学園医へ連絡して、診断書を書いて貰う必要がある。
シランは懐から使役しているスモールリスを出し、メモを書きを渡した。学校内にいる医師ロバートを呼んでくるように。
養護室に着くと、エルーガをベッドに寝かせる。
教師は事の顛末を知っていた。
平民ながら成績が良く美形な男子に貴族女子が話し掛けたが、反応が乏しいのが面白くない様子で扇で顔を殴りつけた。それを見たエルーガが、止めに入ったのだった。でもその女生徒はペイシャルの取り巻きで、エルーガを止めないどころか微笑んでいた。
「解ってるんだ、エルーガが正しいのは。…………でも言えないよ。俺も子供を育てなきゃいけない。クビになったら路頭に迷う」
「言わなくていいよ。解ってる。………俺だってやるせないんだ。保身で庇ってやれなかった」
下級貴族の三男、四男は、家には頼れない。
平民と同じような給金で家族を養っている。
強者には逆らえないだろう。
体のないモヤモヤエルーガは、何故か体に引っ張られて自分の体の足元にいた。
「ほえっ、先生達悔やんでくれてる。意外だったよ。貴族の人は平民なんて見下してると思ったよ」
能天気なことを言う彼女に、アレックスは苦笑する。
「まぁ色んな人はいるけど、ただでさえ言うこと聞かない子供の面倒を見る教育者は、子供嫌いじゃできないだろうね」
「そうなんだねぇ、知らなかったよ。でも私のせいで先生怒られるの ? クビになっちゃう ?」
死んだというのに、人の心配をするエルーガ。
彼女はお節介を越えるおかん(おかあさん)体質だった。
アレックスは面白いものを見るように眺めた。
「それじゃあ、生き返らせようか ?」
「えー、そんなことできるの?」
「うん。でもその代わり、君の魂は戻せないけどね」
「どういうこと ?」
モヤモヤのエルーガは、アレックスの顔を見上げた。
アレックスが言うには、私は蹴られたショックで魂が飛び出した所謂ショック死らしい。そのショックがあるまま戻れば、その時のことがまた思い出され、またショック死してしまうらしいのだ。
じゃあどうするのか聞くと、「ここに手持ちの貴婦人の魂があるんだ」と、掌に乗るモヤモヤを見せてくれた。しばらく貴婦人に入って貰うらしい。
「でも、まだ体痛いと思うよ。貴婦人さん大丈夫なの ?」
すると、掌のモヤモヤ貴婦人さんが言う。
「おや、優しい子だね。こんな子を殺すなんて酷い人がいたもんだ。私は大丈夫だよ、こんなことより酷いやり口で殺されたからね。毒殺の苦しさに比べれば、何とかなるわ」
モヤモヤの貴婦人は、モヤを腕のように伸ばして胸をどんと叩いている仕草で「任せなさい」と言って、私の体に入っていった。
ピョーーーーーンと。
エルーガはモヤモヤのまま心配していたが、アレックスに励まされる。
「大丈夫だって」
そんなことをしていると、学園医がやって来た。
エルーガを診察すると、無表情で教師達へ伝える。
「生きてるぞ、死んでるなんて脅かすなよ」
「うそだ、呼吸も心臓も止まってたぞ」
じゃあ生き返ったのか良かったじゃないかと等と、話している最中にエルーガが起き上がった。
「わー、起きたー。大丈夫なのか ?」
「死んだんじゃないのか ?」等々……………
死んだと思っていたエルーガが起き上がり、興奮して声を掛け続ける教師達。
「先生方、ちょっと黙って。さあ君、心臓の音を聞くよ。ふむふむ、目の下、舌べーと出して、ふむ。立ち上がって見て、眩暈はないのね」
「はい、大丈夫です。ご心配お掛けしましたわ、ありがとうございます先生方。今日は帰りますわ」
エルーガはお礼を述べ、可憐な淑女の礼をしてその場を去った。
貴婦人の様な礼をして去っていくエルーガを、呆然と眺める先生方と学園医。取りあえず生きていてくれて良かったと胸を撫で下ろした。
そして貴婦人は、ちょっとこの体貸してねと言って、アレックスを引っ張っていく。私もモヤモヤのまま着いていくと、貴婦人は喫茶店でパフェを食べ始めた。アレックスはコーヒーを飲んで、貴婦人を優しく見詰めていた。
「悪いね、夫人。痛かっただろう」
「あんなの平気よ、怒りのパワーで燃えまくってるからね私。それより便箋と封筒用意してくれた」
「勿論です。はい、どうぞ」
「ありがとうアレックス。これ書いたら、出しといてね。もう後は警察に任せるから」
そう言うと、さらさらと手紙を書いて彼に手紙を渡した。
「向こうに来たら、お茶でも奢るわね。感謝してるわ、アレックス」
私の顔は満面の笑みをした後、瞼を閉じた。
そして体はキラキラと光り、暫くすると元に戻った。
なんだか、パワフルな人だったなぁ。
そしてアレックスは、私の体にまた違う人を入れたようだ。
体に魂がないと体が動きを止めてしまうので、緊急措置らしい。私は任せるしか術がない。
もしかすると、もう死んでいてこれも夢かもしれないけど、なんだかちょっと楽しい自分がいた。今までは考えなかった先生方や、パワフルな夫人や、なによりアレックス様に会えたからかもしれない。
エルーガは、暫くアレックスのお世話になることになった。体から出ている魂はいろいろなものに狙われやすく、アレックスの宮の結界なら少しはましらしいと言われたからだ。私が入って良いのだろうかと思うが、モヤモヤだからセーフかな ?
「ええと、よろしくお願いします」
「ああ、気にするな。こっちも助かってるから」
「へぇ ?」
エルーガは間抜けな声を出した。
それを見たアレックスが、声を出して笑う。
「ぽはっ、くっふ」
「?」
何日か経った後――――――――――――
「…………貴婦人を殺した嫁が捕まった」
「そうなんですか? え、お嫁さんが ?」
貴婦人は死んだ後、モヤモヤのまま自分の家の様子を見ていて、犯人が解り怒っていたらしい。でも自分がいなくて上手くいくならとしょんぼりしていたら、嫁が浮気相手と結婚する為に息子も毒殺しようとしたので、アレックスが偶然見つけて手を貸したそうだ。
直筆で新聞社と警察に手紙を出せば、警察も動かざるをえなかったらしい。
「あの貴婦人、カランデレ前侯爵夫人で有名な小説家だぞ。あんたも読んだことあるんじゃないか ?」
「ある、あります。貴族家嫁姑物語の3巻、怖かったです」
「ああそれ、実話」
「えー、じ、実話ですかぁ。そうかぁ」
なんだか、納得。真に迫ってたし。
ベストセラーということは、みんな同じように困ってるのかな ?
まぁ、良いや。
それよりも、週末にはパン屋のバイトに行かないといけないのに、いつ体に戻れるんだろう。
「ああ、まだ戻れないぞ。でも大丈夫だ、うってつけの奴に行って貰うから」
「うってつけ ?」
「そう、元パン屋」
そう言うと、執務室の机に山積みの書類へ目を戻されたアレックス様。王子様って忙しいんだね。
アレックス様は魔法師団の副団長らしい。
ご迷惑になってないか心配になる。
そう考えていると、「俺は死霊魔術師ネクロマンサー。死体からゾンビなどを作り出す術者だ。死者の声や姿も見ることが出来て、そういう方面の仕事をしている。だから、おまえも気にするな」
しれっと言われたけど、ゾンビ作るの ?
私の体、大丈夫!?
モヤモヤのまま焦っていると、またアレックスは背中を震わせて笑っていた。




