1.勇者はゲームを知る
久しぶりにVRもの……今日中にもう一話載せます。
「おお、これがVRゲーム機かぁ」
少女、涼音は目を輝かせながら、手元のヘルメットのようなものから先端に電極パッドのある4つのコードを持つ、妙ちきりんな機械を見て声を弾ませる。
「確か、ゲームが始まってログインしたらまずセットアップ? っていうのをしないといけないんだっけ」
親友を聞いた話を思い出し、頭を悩ませる涼音。元々ゲーム好きではあったが、機械に関しては得意でもなんでもない上に、こういったアカウントを一から作成する作業は普段両親にやって貰っていたため、こうしてどうにか親友の言葉だよりにゲームを始めようと試みていた。
そもそも、VRゲームに関してはまだ出て間もなかったこともあって、涼音がプレイしたことも一度としてないというのも原因の一つと言える。
「でも、紅葉ちゃんがあれだけ推すんだから、絶対凄いよね……私だって、もう一回あの世界を冒険したいし」
涼音は他の人が聞けば間違いなく頭上にクエスチョンマークを浮かべるような発言を零しながら、かつて自分が過ごしてきた壮絶な記憶に想いを馳せる。
涼音には、かつて異世界で勇者として召喚されたことがあった。それは今から約1年前……現在高校1年生である鈴音が、まだ中学3年生の頃だった。
未熟な子供でしかない涼音が勇者として戦うことが出来たのは、ひとえに子供ながらの好奇心と義勇心、そして何よりも、生粋のゲーマーであったからだろう。
当然ながら、異世界での冒険は楽なものではなく、むしろ辛い事の方が多かったのは間違いない。それでも心が折れなかったのは、異世界で過ごすうちに、その世界に愛着が湧いたからだ。
それからは必死に剣を学び、魔法を理解し、そして旅を始めてから紆余曲折あり数年、見事世界を救うことに成功した。
とはいえ、異世界にとって涼音は異物でしかない。異世界に留まるつもりの涼音だったが、結局日本へと送還されることとなってしまい、何故か肉体と時間は召喚された直後まで巻き戻り……1年が経って、今に至る。
それからというもの、異世界を実際に体験した涼音には全てのゲームで満足出来なくなってしまったため、それまでは好きだったはずのゲームを一切やらなくなってしまった。
異世界に行っていたことについては、友達はおろか、家族にすら一切喋っていない。日本に戻ってきてからというもの、異世界と違って日本の魔力が極端に少ないのもあってほとんどの魔法が使えなくなってしまった上、異世界においては身体能力のほとんどを魔力による強化に依存していたため、そっちですら異世界に居た時の10分の1程度にまで落ちていた……尤も、それでもオリンピック選手のものとほぼ同等程度には動けるのだが。
そういうわけで、異世界に居たという証明がほとんど出来ず、また本人がやろうとすら思っていないのもあり、結局今まで通り、ゲームをやらなくなり勉強に集中するようになったこと以外は変わらない生活を送っている。
そんな中、夏休みも目前と言ったところで、幼なじみであり親友でもある紅葉から、ひとつのゲームを見せてもらった。曰く、「異世界を冒険出来る」VRゲームということだった。
VRゲームというものがこの世の中に普及され始めたのは、今からまだたったの半年ほど前のことだった。いや、それまでにもVRゲームという名前のものは存在していたのだが、それまでのものはあくまでVRのような空間を視覚的に体験するだけだったのに対し、新しいものは完全に別世界のような空間に没入するという、まさに時代を先取りしたものとなっているらしい。おかげで、今世界中から注目を浴びているゲーム機なんだとか。
紅葉が言うには今回の作品、【Never Ending Story】……通称ネスは3作目らしく、開発社ですら最高傑作を豪語しているようだ。
ゲームシステムとしてもよりリアリティを上げるためにレベルやステータスといったものを廃し、変わりにスキルや魔法を取得し、それらのレベルを上げることで擬似的に身体能力を上げることが出来るようになっているとのこと。涼音はそれを聞いて……かつて行っていた異世界と全く同じだと思い出していた。
異世界を冒険、と聞いて興味を持ったことに付き合いの長い紅葉は目ざとく気付き、押し切られる形でゲーム機とソフトを渡されたまま帰ってきてしまった。どうやら紅葉は元々持っていたのを更に懸賞で当たっていたようで2つ持っていたみたいだけど、流石にタダで貰う訳にはいかないのでそれまでにバイトで稼いだお金できっちり定価分だけは支払うことが出来たが。
「このゲームの中は……一体どんな世界なのかな」
生きてきた年数で言えば日本で過ごしてきた時間の方が長いが、涼音が異世界に居た年数もそれなりに長く、向こうで日本における成人となる年齢を超えるくらいには過ごしている。涼音にとっては、異世界は第二の故郷と言っても過言ではなかった。
幸いにも、数日前から夏休みに入っていたため、宿題は時間のかかるもの以外は全て終わらせてしまい、しばらくは勉強もそれなり程度に控えて、程々にゲームに没頭する予定である。
いよいよゲームのサービス開始の時間がすぐそこまで迫ってきているのを確認すると、頭にヘルメット型の機械を被り、服の上から特定の場所に電極を貼り付けて、時計を見ながら横になる。
そしてついに、ゲームが始まる時間となった。
「ゲーム、スタート」
すうと息を吸って、ヘルメット側面のスイッチを押す。瞬間、視界が回ったような感覚が起きたかと思うと、
『ようこそ、【Never Ending Story】の世界へ』
まるで天使のような羽と輪っかを浮かべた白い髪の女性が、いつの間にか野原のような世界に立っていた私の前で、そう言った。