白カラスの花畑
あるカラスの巣に、真っ白なカラスが一羽生まれました。
動物の中にはごく稀に真っ白い姿かたちで生まれてくる子供がいることを、人間のような、賢い生き物は知っていましたが、森や山の辺りで生まれ育った動物たちは知る由もなく、母さんカラスは何度も頭を傾げて言いました。
「どうして、この子だけカラスじゃないのかしら。皆と同じたまごから生まれてきたはずなのに。いつか真っ黒になるのかしらねぇ」
しかしいつまでたっても、白カラスは白いままでした。つむじから爪先まで、どこもかしこも真っ白いのです。
この子供はカラスでは無いとみなした母さんカラスは、とうとう白カラスを巣から追い出してしまいました。
「カァさん、カァさん、僕はカァさんの子供だよ。カラスだよ」
「馬鹿をおっしゃい。あんたはカラスではないわ。毛の真っ白いカラスが、いるはずがないでしょう。きっと、しらさぎか何かよ。もう一人でもどうにかやっていけるのだから、どこかへ行ってしまいなさい」
こうして、他の子より何日も早く、白カラスは親離れをすることになってしまいました。
白カラスは途方に暮れました。たった一人で歩く道は心細く、これから自分がどうすればいいのかさえも分かりません。そこで、母さんカラスの言っていた、しらさぎのことを思い出しました。
「僕が本当にしらさぎなら、しらさぎのカァさんがいるはずだ。それなら、しらさぎを探しに行こう」
カァ、カァと鳴いた後、真っ白な羽を広げて、白カラスは空を飛びました。まだ幼く、覚束無いはばたきで、青い空を駆けていきます。
注意深く下を見ていると、田園に、白い点がいくつか見えました。首が長く、大きな羽毛は真っ白で、きっとこれがしらさぎです。
白カラスは田園目掛けて、よろめきながらも着地しました。
さて、田園ではしらさぎ達が、稲がまばらに植えられた土の上を我が物顔で歩いています。しらさぎの母さんは、自分の子供がよちよちと歩いている様子を遠目に眺めていました。
「この子達も直にひとり立ちするのでしょうね。けれど心配だわ。あの子なんて、最近になってようやっと、まともに歩けるようになったのよ」
どうやら、子供のことを気にかけているようです。傍目にはどれも同じにしか見えない小さいしらさぎの子供のひとりひとりを、長い首を捻って見回しています。
「あの子はご飯をあまり食べないし、あの子は右の羽だけ短いから飛ぶのが上手くないの。あの子は上の子と喧嘩ばかりするし、あの子はいつも私に甘えてばかり。ほら来た、また貴方は…」
しらさぎの母さんは、後ろにこつんとぶつかった、甘えたの子供の方を向きました。しかし、その子供の姿を見て彼女は驚いてしまいました。
身体こそ同じく真っ白いのですが、その姿かたちはしらさぎとは異なり、首が短く足も短い、全く別の子供なのです。
「カァさん、カァさん、僕だよ。僕はしらさぎの子供だよ」
「いいえ、あんたは私の子供じゃあないわ。誰よ、あんたは誰よ」
「よく見ておくれよ、僕の羽を。皆と同じ白い羽が生えているじゃないか」
「確かに羽は白いけれど、そんなに首と足が短い、みにくい姿じゃあないわ。どこの子か知らないけど、私たちの住処から出てってよ」
「じゃあ僕のカァさんは誰なんだ、僕は誰なんだ」
「ヘンな鳴き声で朝に喚く、白い鳥がいると聞いたわ。きっと、それがあんたの母さんでしょう。分かったら、さっさとお行きなさい」
しらさぎの母さんが、長い首をしっしっ、と追い払うように振ったので、白カラスは悲しみながら羽を広げ、ふらふらと田園から飛び上がりました。
白カラスはまた途方に暮れました。しらさぎが母さんでないのなら、母さんは誰なのでしょうか。
そこで、しらさぎの母さんが言っていた、朝に鳴く白い鳥のことを思い出しました。きっとその鳥こそが、白カラスの本当の母さんなのです。白カラスは誰もいない木の枝に止まり、眠って朝を迎えることにしました。
白カラスは、何かの叫び声で目を覚ましました。お天道様が登って、ちょうど朝になったところです。
ウトウトとしていた白カラスでしたが、すぐに声の正体を追うべく、木から落ちるようにして飛び立ちました。
電池が切れかけたおもちゃのようなはばたきで、しきりに鳴くその鳥の方へと向かっていくと、小さな木製の小屋と網の中から鳴き声がするのが分かりました。
「コケコッコォッ」
白カラスは着地して、ぴょんぴょんと小刻みに飛び上がりながら小屋の中へと入っていきました。すると金網の向こうで、白い羽が蠢いて、独特な声で鳴いているのが見えました。
「やっと見つけた!僕のカァさんだ!」
赤いとさかにギョロリとした目、何より真っ白い羽を見て、白カラスは喜びました。よくよく見れば、自分とは姿が違いますが、これはきっと白カラスが子供であるからで、大人になればきっと同じような見た目に成長するのだろう、と考えました。
白カラスを見つけた瞬間、その鳥は後ろにぴゃっと飛び退いた後、更に激しく鳴き喚き始めました。
「コケコッコォッ、コケッ、コッコッ」
「僕を見て喜んでいるの?ほら、僕だってカァさんみたいに鳴けるよ、少し音は違うけど…カァ、カァ、カァ」
「コッコッ!」
「カァ、カァ!」
小屋の中に、激しい二匹の鳥の鳴き声がぐわんぐわんと響き渡ります。幼い割によく通る声が、何度も何度も反響した後、突然ドタドタと足音が聞こえてきました。
「うるさいぞ!」
白カラスと白い鳥の鳴き合い合戦がピタリと止むほど大きい声です。声の主は、大柄な人間の男でした。
「何だこの鳥は、どこから入ってきやがった。俺の育てている鶏に近づくんじゃあない!」
「なんだって、僕だってカァさんと同じ鳥だ。鳴き声だってほら、まだ似てはいないけれど、いずれそっくりになるよ」
そんな白カラスの反論は、人間の耳にはカァ、カァとしか聞こえません。
「なんだこいつは、白い癖にカラスの鳴き声そっくりで、気味が悪い。えぇい、早く出ていけ、小屋から出ていけ!」
拳を振りかざして、今にも白カラスの首根っこを引っ捕らえようと、ドタドタと男が近づいてきたので、堪らず白カラスは小屋から逃げ出して、変わらず下手な飛び方で空に向かって去りました。
白カラスはまたしても途方に暮れました。最後の砦が失われた今、白カラスには母親が誰なのか、自分が誰なのかを知る術がありません。
とぼとぼと歩いていると、何やら賑やかな声が聞こえてきました。今度は鳥の鳴き声では無く、集まった人間たちの声です。気付くと白カラスは、人通りの多い街へ出て来ていたようでした。
街では自分と似た姿の鳥が、とても見つかりそうにありません。沢山の足の合間を縫って、兎にも角にも前に進もうとする白カラスの目の前を、突然黒い壁が遮りました。
「あれっ、いつの間に逃げていたんだろう。ほら、早くここに入って、もうすぐ始まるよ」
掌で押されるように促され、白カラスは壁の中に飲み込まれていきました。実際は壁ではなく、特殊な構造の帽子です。ステージに向かって歩いていく、つばの広いハットに白カラスを入れた男は、どうやら街へやってきたマジシャンのようです。
狭い空間で、白カラスは何やら生き物の気配を感じました。羽やら足に柔らかく暖かいものが当たるのです。複数匹の動物が、白カラスと同じように蠢いていました。
薄らと光が隙間から差して、真っ暗な空間に少しの色が見えました。その合間に白カラスは辺りを見回して、あっと驚きました。
そこにいたのは、自分と同じ白い羽毛を持った鳥達だったのです。体の大きさもさほど変わらず、大きな鳴き声を上げたりもしません。
「あぁ、ついに出会えたんだ!それに、こんなに沢山…この中の誰が僕のカァさんなんだろう、暗くて僕のことが分からないのかなぁ…おぉい、僕だよ、僕が帰ってきたよ」
白い鳥達は、一斉に白カラスの方を向きました。真っ黒いつぶらな目がふたつ、よっつ、むっつと覗きこんできたので、白カラスは堂々と胸を張って、見つめ返しました。
「さぁ皆さん、ご注目ください!これより、マジックショーを始めます。さぁまずは、どんなマジックを…」
マジシャンがそう言って帽子の二重底を少し開くと、暗い場所には眩しいほどの光が差し、白い毛は反射してきらきらと輝きました。白い鳥達が一斉に白カラスをくちばしでつつき始めたのは、それと同時のことでした。
「い、痛い、痛い!何をするんだっ」
数多のくちばしが羽毛を抉り、堪らず白カラスは身を捩ります。それをまた白い鳥達がつつくので、帽子はもぞもぞと動きました。
「おい、困るよ、お客さん達にバレちゃうじゃないか。もっと皆の期待を溜めに溜めてから一気にパーッと飛び立って貰わなくちゃ…」
マジシャンの声は白カラスにも、白い鳥達にも届きません。このままではマジックが失敗してしまう、と困り顔です。
「仕方ない、予定より早いけど、飛んでもらおう。さぁ皆さん、この帽子をご覧あれ!3、2、1!」
白カラスは誰より早く真っ先に飛んで、大空へ逃げていきました。それに続くようにして白い鳥達、マジック用のハト達も飛び立ちましたが、白カラスをそれ以上追うことはありませんでした。
命からがら飛び去った白カラスは、街から少し離れた林道をふらふらと歩いていました。
「皆、僕と同じ白い羽なのに、僕を仲間と認めてくれない。本当の僕のカァさんは、仲間は、どこにいるんだろう」
ひとりぼっちで歩いている白カラスの数歩前に、再び黒い小さな袋が見えました。再び自分を待ち構え、酷い目に合わせてくるのではないかと白カラスは怯えましたが、その袋はぴくりとも動きません。
恐る恐る近づいて見ると、どうやらそれは生き物のようでした。黒い毛を丸め、小さく身体を上下させています。
「ねえ、貴方は誰?」
自分の仲間では無いと分かっていながらも、白カラスは声をかけました。ゆっくりと頭をもたげたその生き物は、カラスの知らない姿かたちをしていました。
「その声に、その姿…君はカラスか」
「違うよ、僕はカラスじゃないんだよ。白いからカラスじゃないって、カァさんが」
「白いカラスも、この世界にはいるんだよ。君はカラスだ」
白カラスは仰天しました。まさか、白くも無い、鳥でも無い生き物が、自分の正体を知っているなど、予想だにしなかったのです。
「どうして、そんなことが分かるの」
「この世界には詳しいんだ、少し長生きしすぎたものだから。最初の質問に答えよう、私は猫だ。疎まれ老いぼれた余生の短い黒猫さ」
猫、という生き物を、カラスは初めて見ました。しかし初めてでも分かるほど、その猫は酷くやつれ、生気が薄れていました。
「ふむ、見たところ、君も疎まれているのか」
「疎まれる?」
「お前なんか仲間じゃない、嫌いだって言われることさ。黒いカラスにも、白い鳥にも、追い払われてここまで来たんだろう。分かるんだ、私もそうだから」
「猫さんも?」
「黒い毛の猫は、不幸を呼ぶのだと、皆が私を敬遠したのさ」
毛の色も全く逆で、状況も異なるものの、姿かたちの違いから仲間と見なされなかったのは、確かに白カラスと同じでした。
「やっぱり、毛の色が皆と同じじゃないと駄目なのかな。それとも、首の長さかな。鳴き声かな。胸元の毛も、もっと沢山あればいいのかな」
「皆が同じ姿だとしたら、そんな世界は面白くないだろう。だから私は、この黒い毛を恨みはしていないよ。けれど君のようなまだ幼い子には、あまりに残酷かもしれないな」
黒猫は少し伸びをして、欠伸をしてから、目やにのこべりついた瞼を閉じて、掠れた声で言いました。
「私はもう長くない。これから生きる、自分と同じ忌み子のために、何か助けになってやりたい。私の黒い毛をくちばしで毟り、その身に纏いなさい。そうすれば君は黒くなれるだろう」
白カラスは目を丸くしました。自ら毛を毟るように言うなど、まるで理解できません。
「毛を毟られると痛いんだよ。それに、寒いに違いない」
「言ったろう、私はもう長くない。君のようにこれから先も生きていく動物のために、その身を捧げる運命なんだ」
「ご飯を沢山食べて、暖かい場所で眠れば、まだ生きていけるかもしれないじゃないか」
「もう自分の力で、食糧を調達することが出来ないんだ。体を暖めることも出来ない。今こうして生きているのも、ただの神の気まぐれだ。君と出会ったのもきっと何かの縁だ。どうか、私の毛を役立ててくれ」
白カラスは首をひねりながら唸りました。自分の毛が真っ黒になれば、最初の母さんはカラスだと認めてくれるでしょう。自分はカラスであると、堂々と胸を張っていられるでしょう。
ふと、白カラスは、暗くて狭い場所で、白い鳥達につつき回されたことを思い出しました。
あれは本当に怖くて、痛かったのです。同じ思いを眼前の黒猫がすることになるのは、加えて、自分がそんな思いをさせることになるのは、追い払われ続けるよりももっと耐え難いように思いました。
白カラスは何かを決心したかのように頷くと、その場で「カァ」と大きく鳴きました。
そして、羽を広げ、その場を飛び立っていきました。
唖然とただ空を見つめていた黒猫でしたが、しばらくして、日がほんの少し沈んでから、再び真っ白な双翼が、なにかを咥えて此方へ向かってくるのを見つけました。
「持ってきたよ。これは木の実。これは川にいた魚だ」
「あぁ。若い子は沢山食べて、大きくなるといい」
「いや、これは猫さんに食べてもらうために持ってきたんだよ」
今度は黒猫が目を丸くする番でした。
「どうして君が、私の食糧を」
「猫さんは自分でご飯が取ってこられないんでしょう?だから持ってきたんだ。ほら、食べて。僕は自分の分は、もう食べたから」
そう言ってくちばしで手前に転がされては、黒猫も無視することはできません。恐る恐る鼻先を近づけ、ゆっくりゆっくり、久しぶりのご馳走にありつきました。
「ありがとう、本当にありがとう」
「そうだ、日が落ちると寒くなってしまうから、布団も作ろう。木の葉を集めてくるよ」
「待ってくれ。そこまでしてもらう理由がない。第一、君だってまだ幼いのに、何度も何度もそう往復するのは危ないだろう」
「大丈夫。危ない目には、つい最近、何度もあったところだよ」
今度は羽にいっぱいの木の葉を乗せて、黒猫を覆う程の、即席の木の葉のベッドを作りました。白カラスは懸命に、黒猫の体にそれを被せてやりました。
「僕は、仲間じゃないからって理由で、ずっと皆に追い払われた。同じことを、誰かにしたくないんだ。だって、そういうことをされるのは、辛いもの」
白カラスが枕元でそう言うと、黒猫はそれ以上何も言いませんでした。その代わりに、小さく目に涙を溜めて、いつもより寒くない眠りに付きました。
それから、白カラスは毎日、黒猫に木の実や魚を運んでやるようになりました。
下手だった飛び方も、高い木の上にある実を摘んだり魚を狩ったりしている内に、段々と上達していきました。自分の食糧を確保する時にも、それは役に立ちました。
「だから、猫さんは僕の助けになってくれているんだよ。毛を毟らなくたって」
「それは、君が頑張っているからだ」
「頑張る理由をくれたのは猫さんだ」
白カラスがはっきりと言い切ると、猫はまたありがとう、と小さく感謝を告げました。
「猫さんはいつも僕にありがとう、って言うね」
「感謝を伝えることは大切だ。私はそう教えられた」
「それは、猫さんのカァさんに?」
「いや。一度私を拾ってくれた、人間の女の子が教えてくれたんだ」
「ふぅん」
黒猫は目を細めて、白カラスに語り始めました。怪我をした時、自分を助けた少女の話でした。少女は黒猫を疎んだりせず、愛情を込めて世話をしてくれたのだそうです。
「怪我が治ったら外に放して貰った。沢山のことを教えてくれた彼女に、私は何もしてやることが出来なかったよ。私は彼女にこそ、感謝を伝えたかったのに」
「でも僕らの言葉は、人間に上手く伝わるのかなぁ。僕が出会った男の人は、僕の喋っていることを分かっていないように見えたよ」
「感謝は言葉だけでは無いらしい。例えば、そうだな。贈り物をするんだ。綺麗な花だとか」
「花?花なんて、食べられないじゃないか」
「食べるためじゃないよ。花は人の心を癒すらしい。だからそれもきっと、立派な感謝なんだ。あぁ、私にまだ地を駆ける力があったなら、山ほどの花を抱えて彼女の元へ向かうのに」
腹を満たし暖かい寝床で眠り、話し相手も得た黒猫でしたが、老いは止まることなく、着実にその身体を蝕んでいました。
白カラスがもう十分に成長して、子供と呼ぶには少し大きいくらいになった頃のことでした。
「君には本当に、数えきれない程助けてもらったね。ありがとう」
「まただ。黒猫さんはありがとうが大好きなんだね」
「感謝の言葉ばかりで、何もしてやれないことが、とても惜しいよ。けれどその分、口にしておきたかったんだ。君と出会えて、良かった」
白カラスは息を飲みました。木の葉のベッドに横たわる猫の様子は、明らかにいつもと違ったのです。
「最後に会えたのが君で良かった。長い間一人だった私が、誰かに看取って貰えるなんて、考えもしなかった。私を一人のまま終わらせずにいてくれて、ありがとう」
「僕だって同じだ!このままずっと一人なんじゃないかって思ってたんだ。猫さんに会えて良かった、本当に…」
続きの言葉を言う前に、黒猫の瞼はゆっくりと閉じて、それから開くことはありませんでした。ゆっくり上下していた腹も、ぴたりと止まりました。
白カラスは、もう黒猫は起きないのだと理解しました。その寝顔は幸せに満ちていました。白カラスは足で懸命に、地面の小さな窪みを掘り、時間をかけて穴を広げ、その中に猫を入れて、土を被せてやりました。拙い墓を眺めながら、白カラスはしみじみと、黒猫と過ごした数日間を振り返りました。
自分の感謝は果たして、黒猫に伝わったのでしょうか。自分は尽くしていただけでなく、初めて追い払われない居場所を与えてもらったのだということを、黒猫に伝えきれたのでしょうか。
やるせない気持ちでいっぱいになった白カラスは、カァ、と空に向かって鳴きました。それから大きく羽を広げて、ブレの無い軌道で空を駆けていきました。
黒猫が眠る場所へ戻ってきた白カラスのくちばしには、幾つかの花が束ねられていました。
白カラスは地面へ花を置いていきました。赤、白、黄色、色とりどりの花を並べていきます。
全ての花を置いた後、再び白カラスは空へ舞い上がりました。何度も、何度もくちばしに花を咥え、それを丁寧に並べました。奇妙なその行動は、鳥や猫、その他の動物達にも徐々に広まっていきました。
白カラスが毎日欠かさず行う花の手向けは、動物が本能的に取る行動の一つに見えたのでしょうか。やがて彼等は白カラスを真似して、そこへ花を運ぶようになりました。
奇妙な行動に参加する動物が増えるほど、青、紫、橙と、色や花の種類が次々と増えていきます。集まった花達の間で新たな種が生まれ、何も無かった地面に命の芽吹きが降り立ちました。小さかった黒猫の寝床は、あっという間に、花の楽園と化したのでした。
一人の少女が、母親の見舞いのために、花を探していました。
花屋を巡っても、今は花を切らしているのだと皆が首を横に振りました。きっと最近建ち始めた新しい店の開店記念に、街の花は全て贈られたのでしょう。
途方に暮れながら街を出て、仕方なく自分で花を摘むことにしました。かなりの時間がかかると想定されましたが、彼女はどうしても自分を育ててくれている母のため、少しでも感謝を込めて心を癒す花束を作りたかったのでした。
歩く道すがら、ふと少女は数年前に怪我の治療をした、黒い猫のことを思い出しました。友達のいなかった彼女にとって、短い間ながら最高の親友となったあの猫は、元気にしているだろうかと考えながら、少女は林道を歩きます。
突如として彼女の目に飛び込んで来たのは、大地一面が花に包まれた、見事な花畑でした。
少女は驚きました。林道にこれほど立派な花が沢山咲いているとは知らなかったのです。よくよく見ると、地面から咲いた花と、何処かから運ばれて並べられた花の二種類があることに気が付きました。
誰かがここに花畑を作ったのでしょうか。少女はゆっくりとそこへ近付きました。すると、彼女の前にふわり、と白い羽が落ちて来ました。
空を見上げると、真っ白な鳥が、花畑へ降りてくるところでした。白い鳥は危なげなく、慣れた動作で花と花の隙間に軽やかに着地しました。
色鮮やかな花によく映える純白に見蕩れていると、少女はそのくちばしに、花が咥えられているのを見つけました。
「貴方が、この花畑を作ったの?」
白い鳥は少女の小さな呟きに応えるように、花を置いてから、大きく、「カァ」と鳴きました。
「カラス…?白い、カラス…」
白カラスは空を飛びます。何度でも空を飛んでは、花を運ぶのです。
「ここは、白いカラスさんの花畑なのね!」
少女の声は、次はカラスに負けないほど大きく響き渡りました。花畑に眠る猫にも、その声は届いたのかもしれません。
少女の作った花束は、大層美しく、花畑の噂はあっという間に街中へ広まりました。
花を運ぶ白いカラスは、感謝と幸福の象徴として、花畑と共に多くの人から愛されるようになったといいます。