思い出の家
バルダスに瀕死まで追い込まれたクリスは、己に施された封印を解除したことにより、イエティの姿に変貌する。
そして、イエティに変貌したクリスはバルダス達を一掃した。
アイリスとマミューラは、このことを国王に報告する。
報告を聞いた【六花】達はクリスを処分するべきだと主張したが、国王はクリスと会話して決めることした。
そして、クリスは無罪となった。
【スノー・ランド国】
クリスは医務室で怪我の容態を診て貰っている中、医務室のドア側にいるアイリスは、ムスっとした表情で見守っていた。
なぜ、アイリスがムスっとした表情で見守っているのかというと、クリスを診ている女医のメビラは二十歳前後なのに、このスノー・ランド1と言われるほどの名医であり、スタイル抜群で服装も男を誘うような際どい服装をしており足を組んでいる状態でクリスの容態を診ていたのだ。
「うん、もう大丈夫のようね。怪我は、完治したみたいね。一番酷かった胸の怪我も殆ど傷痕が残らなくって本当に良かったわ。よしよし。」
メビラは、わざとらしくクリスを引き寄せて、クリスの顔に大きな胸を押し付けてクリスの頭を撫でた。
「~っ!?」
それを見たアイリスは、口をパクパクさせながら固まっていた。
メイド長のサリアは、固まっているアイリスの背中を押して医務室から出ていった。
「あ、ありがとうございます、メビラ先生。では、失礼します。」
クリスは、慌ててメビラから離れてお礼を言った。
「あと、クリス君に1つ忠告しときます。もう、無茶をしてはダメよ。わかった?」
「ハハハ…。わかりました。以後、気を付けます。本当にありがとうございました。」
「うん、わかれば良し!」
クリスは、苦笑いを浮かべて病室から退出した。
「で、クリス、どうだったのよ?」
アイリスは不機嫌MAXだとわかるほどの威圧感を放ち、ジト目でドスの効いた声で尋ねる。
「だ、大丈夫、傷は完治したよ。胸の傷もほぼ傷痕が残らずに済んだよ。」
「ほっ、良かったわ。ところで、クリス。メビラ先生に手を出したら許さないから!あと、変な目で見るのも禁止!わかったわね。」
「手を出そうと思ってもないし、そんな目で見てないよ。」
苦笑いを浮かべて話すクリス。
「わ・かっ・た・わ・ね!ク・リ・ス?」
アイリスは、更に威圧感が増してクリスを問い詰める様に確認する。
「わ、わかりました…。」
「わかれば良いのよ、わかればね!」
クリスの返事を聞いたアイリスは、にっこりと微笑んだ。
「そういえば、これから、クリスはどうする予定なの?」
「山へ行こうかなっと思っているんだ。」
「え?山?だって、クリスとマミューラさんは、明日まで泊まっていく予定なんでしょう?」
「うん、そうだけど。あの時、封印を解いた時に思い出したんだ。だから、記憶が鮮明なうちになるべく早く確認したいんだ。」
「わかったわ。あのね、クリス。私も一緒について行っても良いかしら?」
「うん、良いよアイリス。じゃあ、行こうか。」
クリスは用意していたリュックを背負い、アイリスに手を差し伸べた。
「ええ!」
アイリスは、嬉しそうに微笑みながらクリスの手を取った。
【山】
「ちょっと、クリス。そっちは、深い谷になって危険よ。」
「わかっているよ、アイリス。でも、こっちで良いんだ。」
クリスとアイリスは、谷を下っていく。
深い谷を降りながら木々の間を抜けると、そこには川が流れていた。
「こんな所に川があるなんて。知らなかったわ。」
「この川が、お伽噺に出てくる川なんだ。ほら、近国の王子がアリス姫様、ううん、お母さんに婚約を申し出た時の夜、お母さんがお父さんに会いに行った時の川なんだよ。」
「クリス、あなた、どうしてそんなことを知っているの?」
「わからないけど、盗賊達のエア・ショットを当たって意識が朦朧とする中でお母さんの声が聞こえたんだ。そして、魔法陣の封印を破壊した時、記憶と感情が濁流の様に僕の中に流れ込んできたんだ。」
「そうだったのね。それにしても、綺麗な川ね。」
「うん、そうだね。さぁ、どんどん行こうアイリス。」
「ええ。」
クリスは微笑みながら再び歩き出し、アイリスは駆け足でクリスの横に並んで恥ずかしそうに頬を赤らめながらクリスの手を取った。
クリスはアイリスの手を繋いだまま、思い出した記憶を話しながら様々な場所を案内して進んでいく。
「ねぇ、クリス。」
「ん?何、アイリス。」
「さっき、クリスは感情と記憶が僕の中に流れ込んできたって、言ったでしょう?」
「そうだけど?」
「あの、クリスのお父様とお母様は…。その…私達を…恨んでいたの…?」
アイリスは、申し訳なさそうな表情を浮かべて尋ねる。
「国王様を恨んでいたのは、確かだけど。でも、それは仕方ないことだと、お父さんもお母様も理解していたんだ。だって、国王様は国のために行動していたし、お父さんの姿は人外な姿だったから、お父さんと接していない人達には恐怖の対象でしかなかったと思う。だから、僕は誰も恨まず、素直にアイリスや国王様達に感謝しているんだ。ありがとう、アイリス。あの時、僕がお父さんと同じイエティの姿になっても、恐れたり迫害せずに引き止めてくれて。お蔭で僕は、こうして楽しく過ごせているよ。」
「あ、当たり前よ。だって、そ、その私、クリスのことが…だ、だ、大好きだから…。」
クリスの笑顔を見たアイリスは、頬赤く染めてクリスから視線を逸らして小さいな声で呟いた。
「ありがとう、アイリス。僕も、アイリスのことが大好きだよ。」
「な、何をそんな真顔で言っているのよ、クリス。その、とても嬉しいのだけど、同じぐらい恥ずかしいわ。」
「そうかな?僕は、正直なことを言ったんだけど。」
「あ~!もう、その話は終わり、終わりにしましょう!そ、それより、どこに向かっているの?」
「向かっているというよりも、もう着いたんだけど。」
「え?クリス、ここって…。」
アイリスは、目の前にある大きな洞窟を見て驚愕の声をあげる。
「そうだよ、アイリス。ここは、僕が生まれた頃の家だよ。」
クリスは、懐かしそうな表情を浮かべた。
「帰るのが遅くなって、ごめんなさい。今、帰ったよ。ただいま、お父さん、お母さん。」
((おかえり、クリス。))
クリスは頭を下げると、風が吹いて壁際に吊らされている風化して壊れかけている木製の手作りモービル(赤ちゃんの天井に吊るす玩具)が風によって乾いた音を鳴らしながら回転し、クリスとアイリスはアリスとイエティの優しい声が聞こえた気がした。
「ねぇ、クリス。今、アリス様とイエティ様の声が…聞こえた…様な…。」
「うん…そうだね…アイリス。」
(ただいま、お父さん、お母さん。)
感極まったアイリスは両手で口元を押さえながら必死に涙を堪え、クリスは驚愕した表情になったが直ぐに優しく微笑んだ。
クリスとアイリスは、ランプを片手に洞窟の中へと足を踏み入れた。
洞窟の中は広く、中で多数に分岐しており、まるで、あちらこちらに小部屋の様になっていた。
その1つの小部屋に机と椅子と棚があり、机の上にはペンと一緒に変色しボロボロになった埃まみれの1冊のノートが置いてあった。
クリスは机にランプを置き、そっと優しく手でノートの表面の埃を払うと、文字は消えかけていたが【私とイエティの最愛の子供クリスの成長日記】と書かれていた。
クリスは、ゆっくりと優しくページを捲る。
5月9日ウンディーネの日、お腹が大きくなってきた様なので、私は無事に妊娠していると思う。
とても嬉しく、夫のイエティに抱きついて一緒に泣いてしまった。
夜、私は感極まって2人で食べきれないほどの沢山の料理を作ってしまった。
夫が頑張って必死に食べてくれたので私は嬉しかったけど、その後、夫は食べ過ぎて寝込んでしまった。
その後、夫は生まれてくる子供の姿が人間なのか、どうなのか、とても気にしていてソワソワしたりオロオロしているけど、私はこの子が無事に生まれてきてくれるだけで十分に嬉しい。
早く生まれてきて、私達の赤ちゃん。
5月10日ドリヤードの日、夫のイエティは気が早く、もう赤ちゃんの玩具を手作りで作っている。
やはり、大きな手だと細かい作業は困難を極め、上手に作れないみたいだったので、私が手伝おうとしたら、夫は「これは僕がするから、アリスは安静にしていて。」っと言って1人で奮闘した。
まだ少しだけしか、お腹は大きくなってないのに過保護だなっと思ったけど、私はその優しさがとても嬉しかった。
夫は、半日掛けて天井に吊るす玩具のモービルを1つ作った。
できたモービルは、とてもブサイクな形をしており、本人は頭を傾げながらブツブツと言いながら作ったモービルを見つめていた。
夫は気に入らなかったみたいだけど、私が「愛嬌があって可愛いわよ」と言ったら、夫は「だよね!僕は天才かな?ハハハ…。」と満足そうに笑った。
そして、再び、夫は赤ちゃんの玩具を作り始めたのだけど、気が付けば、夫はいつの間にか座ったままカクカクしながら寝ていた。
私は、そっと大きな毛布を掛けてあげると、夫が急に大きな鼾をかきだしたから驚いたのだけど、なぜか面白くって笑った。
あ、そうだ!
まだ気が早いと思うけど、明日から生まれてくるこの子の名前を考えてみようと思う。
フフフ…。私も夫に気が早いとは言えないよね。
おやすみなさい、あなた。
おやすみ、私達の最愛の赤ちゃん。
クリスはノートの内容を読んでいると涙が頬を伝わって流れ落ち、ノートをソッと閉じた。
「クリス、もう読まなくって良いの?」
「うん、家に持って帰ってゆっくりと読むよ。」
「そうね…。ん?クリス!ちょっと待って!見て!この棚の中、まだ他にも別のノートが入っているみたい。」
アイリスの視線がたまたま棚に向いた時、棚が少し開いており、そこにノートがチラッと目に入った。
クリスは、腰を落として棚の扉をゆっくりと開ける。
「本当だ、ノートが何冊もある。」
クリスは、棚の中にノートが数冊あるうちの1冊のノートを手に取る。
表紙には【私とイエティとの出会い】と書かれていた。
他のノートの表紙には【最愛の夫イエティの日記】、【私の自慢の妹アリアの日記】、【私の日記】、【お父様とお母様の日記】など、それぞれ様々な題名が書かれていた。
そんなノートを見たクリスとアイリスは、お互いに顔を見合わせてクスクスと笑った。
「でも、不思議よね。こんなにノートとペンがあるなんて。」
「お父さんは人間の頃は、医者だったんだ。氷華の花を栽培ができる様にするために、この山に篭って氷華の花の研究する予定だったから沢山のノートとペンを用意していたんだ。」
「なるほどね、納得したわ。何だか、私も日記を書きたくなったわ。」
「僕も、日記を書きたくなったよ。じゃあさ、今日から一緒に日記を書こうよ、アイリス。」
「良いわよ。」
2人は、クスクスと笑った。
そして、全部屋を探索し終えたクリスとアイリスは、一先ず撤収することにした。
「じゃあ、僕達はもう行くよ。お父さん、お母さん、行ってきます。また、いつか必ず戻ってくるから。」
壊れたモービルとノートを全部回収したクリスとアイリスは、洞窟の前で頭を下げてから出た。
洞窟の方から人の気配がしたので、クリスとアイリスは洞窟に振り返ると、一瞬だったがイエティとアリスが手を繋いで空いている手で手を振っている姿が見えた。
「ねぇ、クリス…。今の…見えた…?」
「うん…僕にも見えたよ、アイリス。行ってきます、お父さん、お母さん。さぁ、行こうアイリス。」
「ええ、って、クリス。そっちは、方角が反対なのだけど?」
「ちょっと、最後に、もう1ヵ所だけ行きたい場所があるんだ。僕は寄って帰るつもりだけど、アイリスはどうする?」
「もちろん、ついて行くわ。で、最後は何処に行くの?」
「ん~。畑というのかな?いや、あれは花畑かな?」
「畑?花畑?あ!氷華の花を栽培している所ね。」
「うん、正解。流石、アイリス。花畑は、こっちだよ。」
クリスとアイリスは更に山の奥へと行くと、辺り一面、水色で日の当たり具合によって様々の色に変わる氷華の花が絨毯の様に埋め尽くされ揺れていた。
「わぁ~、凄い…。とても綺麗…。まるで、夢の様な場所ね。クリス、ここで結婚式あげたいわね。あ!?ちょ、ちょっと…今のは、今のはね…クリス。そ、そのね…。あの…あのね…。う~。」
あまりの美しさに見とれたアイリスは、本音が自然と出てしまい、すぐに自分が言った言葉を思い出して顔を真っ赤に染めて慌てる。
「うん、そうだね。もし、その時が来ればそうしようアイリス。」
「ほ、本当に!?」
「うん、本当だよ。」
「じゃあ、約束しましょう!」
「わかったよ。」
クリスとアイリスは笑顔を浮かべながら、お互い小指を出して指切りをした。
そして、アイリスはクリスに身を寄せ、クリスはアイリスの肩に手を置いてソッと引き寄せた。
暫くの間、2人は身を寄り添ったまま絨毯の様に敷き詰められた七色に輝く氷華の花の花畑を満喫した。
【スノー・ランド】
アイリスを狙った風の国の盗賊団【風魔】の件で国王は手紙を風の国に送ったのだが、それ以降、風の国から返事の手紙が一切返ってこないまま、3年という長い時が経っていた。
その間は特に何も事件とかはなく、クリスとアイリスは13歳になっており、平和な日常を過ごしていた。
しかし、大きく変わったことは3つあり、3つとも【風魔】の件でのことだった。
1つ目は、クリスの瞳は水属性の適正が高いと言われている気高い青色の瞳だったが、左目だけが青色の瞳から悪魔の瞳と恐れられている金色の瞳に変化したので、それからは眼帯をして隠している。
周囲には【風魔】と戦った際に傷を負ったと説明をしており、今は英雄の傷痕など言われている。
2つ目は、事件以降、クリスが魔法を使える様になっていた。
今まで使えなかった原因は、次元魔法で未来に転送する際に肉体と精神の崩壊を防ぐため、封印をして維持しないといかなかった。
その時、肉体と精神は未来という膨大な時間を超えることによって解除されたが、魔力の方はアリスが瀕死の状態で意識が朦朧としており、膨大な時間を超えることによって体内の魔力が増大し幼いクリスの体が弾けない様に魔力も封印をしたが加減がわからなかったので、封印が強力になった。
そのため、潜在魔力はそのままだったが、クリスは魔力を外に放出できず魔法が使えなかったのだった。
3つ目は、クリスが魔法が使える様になってから、周りの皆のクリスを見る目が変わった。
以前まで、無能のクリスと馬鹿にされ貶されていたのが一変し、今ではアイリスと並ぶ秀才や鬼才などと言われている。
それによって、クリスが女子達の間で人気が急上昇してモテ出し告白されることが増え、その度、アイリスが頬を膨らまして悶々とすることが増えていた。
【スノー城・大広間】
大広間ではアイリスと国王、妃は食事をしていた。
壁際には国王直轄の騎士団【六花】のメンバーである5人が待機している。
「ん?どうしたんだ?アイリス。何かあったのか?」
国王は、アイリスの不機嫌な顔を見て気になっていた。
「フフフ…。それはね、あなた。クリス君、また学院で女の子に告白されたみたいなのよ。」
「ハハハ…。そうか、良いことじゃないか。」
嬉しそうに話す国王と妃。
「お父様!」
アイリスは、頬を膨らませながら両手でテーブルを叩きながら立ち上がった。
「す、すまない、アイリス。」
アイリスが醸し出している迫力を前にした国王は、怯んで謝った。
「アイリス、あなたはクリス君を信じているでしょう?」
「そ、それはそうですけど…。でも、来月にはお父様とお母様と一緒に私も同盟国のヨンダルク国に行くので…。その…。」
「そんなに心配なら、アイリス。あなたが覚悟できているなら、大会を開きましょう!」
「お、それは良い提案だな。どうだ?アイリス。」
「え?どうだと言われましても。一体、何の大会ですか?」
「フフフ…。忘れたの?アイリス。幼い時、あなたが言い出したじゃない。」
「え?それって、まさか…。」
「ああ、そうだとも。国王直轄の護衛騎士団【六花】とは別に、新たに姫直轄の騎士団か騎士を決める大会だ。どうだ?アイリス。クリスが優勝すれば一緒にヨンダルク国へ行けるが、もし別の者が優勝すれば一生その者がアイリスの従者となる。まぁ、優勝者を複数人すれば可能性は上がるが、その代わり、皆と平等に接するのが常識だ。だから、今までの様にクリスと親しく話すことはできなくなる。」
「フフフ…。でも、優勝を1人にしても、きっと大丈夫よ。今のクリス君なら参加すれば絶対に優勝すると思うわよ!ねぇ、あなた達はどう思います?」
妃は手を合わせて微笑みながら、壁際に待機している【六花】達に話し掛けた。
「はい、ほぼ確実に高い確率で優勝するかと思います。」
ユナイトは頭を下げて報告し、他の【六花】メンバー達も無言で頷いた。
「で、どうするんだ?アイリス。」
「します!」
「優勝者は、何人する予定だ?【六花】みたいに複数人にするか、それとも1人に絞るか。どうするのかは、アイリス、お前が好きに決めて良いぞ。」
「はい。それは、もう決めています。もちろん、優勝者は1人にします。だって、私はクリスを信じてますから!」
「フフフ…。流石、私らの娘だな。」
「ええ!そうね、あなた。」
国王と妃は嬉しそうに微笑み、【六花】達も口元を緩めた。
こうして、アイリスがルールを決めて優勝者1人に姫直轄の騎士【六花】第0席の称号と地位を与えることや大会のルール、日時など新聞やチラシ記載して大量に作り、大会開催の知らせが国中に広まった。
【アクア学院】
翌日、クリスとアイリスの教室では2人を中心にクラスメイト達が集まっていた。
「アイリス様!アイリス様!チラシを見ましたよ!」
「あ、俺も見ました!」
「でも、急にどうしたのですか?一体、何があったのですか?」
「ううん、別に…。特に何もないのだけど…。」
アイリスは、クラスメイト達の熱気についていけずに困っていた。
「でもさ、ルールが相手を殺したらいけないみたいだし。俺、ダメ元で大会に出てみようかな。」
「そうだな、俺も出ようかな。もしかしたらって、こともあるかもしれないし。」
「俺も!俺も!」
「やめなよ、死なないとしても怪我はするんだよ。例えば、骨が折れたりすると思うよ。」
「「……。」」
クラスメイトの女子のユリが心配して話すと、クラスメイト全員が想像して押し黙り静寂が訪れた。
「やっぱり、俺、大会に出るのはやめよう。」
「俺も、やめるわ。どうせ、その日は学院があるし。」
「そうだよな。落ち着いて冷静に考えれば、大会には大の大人や戦闘経験が豊富な騎士団とか出場すると思うし、絶対に優勝できないよな。痛い思いするだけか…。何だか馬鹿らしくなってきた。」
意気巻いていた男子達は続々と棄権すると言い出した。
「クリス君は、どうするの?大会に出場するの?」
ユリは、頭を傾げながら尋ねる。
「そうだね、僕は大会に出場ようと思っているよ。」
「やめとけ、クリス。確かに、お前は鬼才だ。だが、相手は大の大人や戦闘経験が豊富な騎士団達だぞ。流石のお前でも無理だと思うぞ。」
「そうかな?私は、クリス君なら優勝できると思うけどな。アイリス様は、どう思われておりますか?」
「それは…その…ね…。クリスなら優…勝…すると…思うし…。私は…クリスを…その…信じているわ…。だから、その…頑張って…クリス…。」
ユリの質問でクラスメイト達の視線がアイリスに集中し、アイリスは恥ずかしくなって頬を赤く染めながら言い淀み、チラッとクリスを見て小声で呟く様に話した。
「ありがとう、アイリス。僕、頑張るよ。」
クリスは、お礼を言って微笑んだ。
「「何だと!?」」
「「きゃ~!」」
クラスメイト達は、盛大に盛り上がった。
「糞~!俺、アイリス様が好きだったのに~!糞~!糞~!」
「くっ、俺もだ…。告白する前に破局とか…。」
「あの、アイリス様は、いつからクリス君のことが好きだったのですか?いえ、いつ好きになったのですか?やはり、【風魔】の件で惚れたのですか?」
「うん!きっと、そうよ。【風魔】の件しかないでしょう?そうですよね?アイリス様!」
「わ、私も知りたいです!是非、教えて下さい!アイリス様!」
男子達は悔しがる中、女子達はピンク色の声が響き交うのであった。
「そ、それは…。その…ね…。」
恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めながらアイリスは答えるしかない雰囲気であったため、クリスが目の前にいるのに答えていくしかなかった。
【スノー城】
廊下で国王は、アイリスが自室に入る際に顔が真っ赤に染まっている横顔を見た。
「どうしたんだ?アイリス。顔が真っ赤だぞ?風邪でも引いたのか?大丈夫か?」
国王は心配になり、アイリスの部屋の前で尋ねる。
「な、何でもないです。大丈夫です、お父様。」
「そうか?なら、良いんだが。きつかったり辛かったら、私達に言うんだぞ。わかったか?」
国王は気のせいだったのかと思い、頭を傾げながらアイリスの部屋から離れて行った。
「はい、わかりました。」
返事をしたアイリスは、ベッドに倒れ込んだ。
「うう~!クラスの皆に知られちゃったよ~。私が、く、クリスのことが、す、好きだってことを…。うう~。恥ずかしくって、明日から、どんな顔で会えば、どう振る舞えば良いのよ~っ!うう~。」
思い出したアイリスは、抱いた枕に顔を埋めて強く抱き締めて左右に転がり行ったり来たり往復する。
そして、1週間が経ち、大会の出場の申し込みが終了した。
【スノー城・アイリスの部屋】
「ん~、予想はしていたのだけど。やっぱり、参加者は多いわね。ん!?え!?ゴホッゴホッ…。」
アイリスは飲み物を飲みながら、明日から始まる大会の参加者リストに目を通していると、ある人物の名前を見つけてしまい噎せた。
「う、嘘でしょう…。何で…。え?嘘…。そんな…どうして…。」
アイリスは、慌てて参加者リストとコップをテーブルに置いて部屋から飛び出した。
窓から入った風によってテーブルの上に置かれた参加者リストのページが捲れた。
捲れたページの欄に、マミューラの名前があったのだった。
【スノー城・大広間】
「お父様!」
勢いよく扉を開けたアイリスは、国王に駆け寄る。
「どうしたのだ?アイリス。そんなに慌てて。」
「どうしたも、こうしたもないです!なぜ、大会の参加者リストの名簿の欄に【六花】であられるマミューラさんの名前があるのですか?」
「それはだな。昨夜、突然、マミューラが訪れてだな。マミューラが頭を下げて頼んできて断れなかったのだ。で、仕方なくこうなってしまった。アイリスには悪いとは思うが、まぁ、その…仕方ないというか…。その、本当にすまないと思っている。すまない、アイリス。」
国王は、アイリスに深く頭を下げた。
「すまないって、言われましても…。」
怒りから困惑の表情に変わったアイリス。
「まぁ、良いじゃないアイリス。マミューラさんが言っていたわよ。「今のクリスは私との手合わせの時、私の身の心配をして本気を出していないので、この機にクリスの実力を正確に知りたいのです。だから、今回の大会に出場させて下さい。この大会は、クリスが自立するための卒業試験にしたいと思っております。」と言っていたの。最後に、私は気になっていたことを尋ねてみたの。「マミューラさんは、クリス君の実力はどのくらいだと予想されていますか?」って。そしたら、マミューラさんが「私と同等か、それ以上だと思います。」って言っていたわ。だから、クリス君を信じてあげなさいアイリス。」
「はい、わかりました。お母様。」
アイリスは、キリッとした表情で了承した。
そして、大会の日が訪れた。
スノー城の敷地にある巨大な闘技場。
闘技場の観客席は満員で埋め尽くされ、闘技場に入れなかった観客客達は闘技場の外で集まっていた。
主催者はユナイトが務めて出場選手の名前を呼んでいき、呼ばれた出場選手が待機室から現れて次々にリングに上がっていく。
観客達は、応援している選手の名前を叫んだりして声援が飛び交う。
「今大会、唯一であり最年少の選手、クリス!」
ユナイトがクリスの名前を呼び、クリスがリングに上がると観客達はざわめく。
「大丈夫なのか?どう見ても、ただの子供だぞ。」
「でも、学院では天才や鬼才とか言われているみたいだぞ。」
「いや、それは学院の中の話であって、大人相手に通用するものなのか?」
「通用すると思うぞ。何せ、風の国の盗賊団【風魔】を撃退したみたいだからな。」
「その話は俺も聞いたが、実際に撃退しているところを見たのは、姫様と騎士団しか見ていないから信憑性がないと思わないか?」
「そう言われると、そうだな…。」
ヒソヒソと、どよめきの声があがっていく。
そして、最後に…。
「最後の出場選手は、皆さんもご存知の方。この国最強の騎士国王直轄の騎士団【六花】の第1席であり、他国から【女帝】と言われるほど実力の持ち主、マミューラ・ナーヴァ。」
「「きゃ~、マミューラ様よ~!」」
「嘘だろ?何でマミューラ様が、この大会に出場しているんだ?」
「マミューラが出場すれば、優勝はマミューラ様に決まっているじゃないか。」
「そうだな。世界で僅かしかいない絶対的な強さを誇る精霊を宿している姫様と同等以上の実力があると言われているほどだからな。簡単に言えば、この国で最強なのは間違いない。」
マミューラの登場で、観客達は困惑する者、優勝者が決まったと確信して興醒める者、マミューラの姿を見て歓喜する者で観客席に温度差が出る。
観客達が困惑している中、国王、妃、アイリスが特別室に現れると一瞬で場が静まり返った。
今回はアイリスが主役だったので、アイリスが皆の前に出て左右の手で左右のスカートの裾を摘まんで一礼をした。
「本日はまたとない好天に恵まれ、こうして皆さんと大会を開催する事が出来、大変嬉しく思っております。この日の為に、出場選手の皆さんは毎日たくさん汗をかき、鍛練を積み重ねて鍛えてきたのではないでしょうか。是非その鍛練の成果を十分に発揮し、素晴らしい成績を残すことが出来るよう心より応援しております。また、本日はこうしてたくさんの方々が応援にきて下さり、大変嬉しく思っております。是非皆さんと一緒に応援していきたいと思っております。最後に、皆さんの健闘を祈りしています。」
アイリスは開催の言葉を述べ、再び、左右の手で左右のスカート裾を軽く摘まんでお辞儀をした。
「「ウォォォ!」」
再び、闘技場は盛大に盛り上がった。
こうして、姫直轄の騎士【六花】第0席、アイリスの従者を決めるアイリスの運命が決まる大きな大会が開催した。
もし良ければ、次回もご覧下さい。