4.学ぶべき事
沢山の人、人、人。
ピンクや翠の髪の人もいれば、紫の髪の人や、青い髪の人も。
濃淡様々な髪の人々を見ていると、桜はなんだか楽しくなってきた。
「カラフルですね。色の濃淡は、魔力の強さを表しているのですか?」
問い掛けに、「ん?」とヴィルヘルムが首を傾げた。
「力が強いのは、主に黒を纏う者だけですよ。例えば、あそこの紫の髪の濃い色の者と淡い色の者は、恐らく親子です」
「…そうなのですね」
「色は主に遺伝で引き継がれますが、偶に黒を纏わぬ者が黒色を持つ者を宿す時があるのです。私やカイなどがその例です」
突然変異…? それとも、隔世遺伝とか?
そういえば、カイはレヴィアスの乳兄弟で…カイとヴィルヘルム様のお母様は、黒を持たなかったって事よね?
「ちなみに、アーダルベルト殿はフリードリヒ公爵家の嫡男で彼も黒を纏う者ですが、フリードリヒ公爵様自身も黒を纏い、相当な魔力をお持ちです。アーダルベルト殿の前の魔法騎士団長は彼の父親である現フリードリヒ公爵でした。公爵夫人も、黒を纏う方です。フリードリヒ家の持つ黒は、遺伝だと言えるでしょう」
悪い意味じゃなくて、真っ黒な公爵家なのね。
公爵様のところは遺伝らしい…と。
「アーダルベルト殿には5つ歳下の弟君がいらっしゃいますが、彼は鈍色の髪と瞳で、魔道士塔にいてますよ。アーダルベルト殿には及びませんが、素晴らしい魔力をお持ちです」
人混みの中を上手にすり抜けながら歩くヴィルヘルムを見失わない様に、桜はしっかりとついて歩く。
「で、今絶賛引抜き交渉中のレオ君」
ぐいっと引き寄せられた、こちらも黒髪に黒い瞳の青年。先程、城を出る前に、今日ついてきてくれる従騎士のレオン・フォン・アーリュストと紹介された。
城下では目立ってしまうので、ヴィルヘルムの魔法で今は茶色の髪と瞳になっている。
「引き抜かれません。空間魔法の使い方を教えていただきに、ヴィルヘルム様にはお世話になっています」
桜が人にぶつからないように援護しながら歩いてくれているようで、ヴィルヘルムに引っ張られた腕は素気無く振り払われた。
「知的発見が多い分、騎士団より楽しいかもよ知れませんよ」
「魔物討伐の際に遠征に出るので、その時に荷物運びに便利だと思って教えていただいているだけです。知的発見は求めていません」
「下っ端は大変ですよねぇ。荷物たくさん持たされますし。その点、ウチは責任者が荷物全部持ってくれるし、ラク出来ますよ?」
「別にラクをしたいとは思っていません」
「しかし、空間魔法、便利ですし、したかろうがしたくなかろうが、ラクにはなりますよね?」
「ラクになる為ではなく、より多くのモノを運べる様になって、仲間の力になれるようになりたくて、身に付けようとしています」
「真面目ですねぇ」
ーヴィルヘルム様、よっぽどレオ様が欲しいのね。
頭上で繰り広げられるやり取りに耳を傾けながら、桜はチラリと露店に並べられた、日の光を反射してキラリと光るモノに視線をやった。
何かしら? と目を凝らすと、それは美しい空色の宝石のついたブローチだった。
ーマントを留めるのに良いかも。
レヴィアス殿下に似合いそう。
そっと、2人を見上げる。
桜も165㎝はあって身長は低い方では無いが、男性陣はゆうに180は超えている。
今此処にはいないが、アーダルベルトに至っては、恐らく190を超えているはずだ。
ーでも、ヴィルヘルム様が施してくれている魔素浄化の作用は、外ではどれくらい離れても大丈夫なものなのかしら。
ヴィルヘルムとは離れない方が良いだろうと思い、桜は彼の服の裾を掴んだ。
「はいはい? どうしましたか?」
レオとのやりとりを中断して、ヴィルヘルムが振り返る。
「露店を見ても良いですか?」
「良さそうなのがあったのですか?」
「はい」
先程見つけたブローチのある店に歩み寄って、そっと手に取ってみる。
「…レヴィアス殿下にですね」
色で分かったらしい。
「今回、言い訳に使わせて頂いていますから」
手に取って改めてじっくりと見てみると、澄んだ空色の石がレヴィアスの瞳の色と本当によく似ていた。
「決めてしまったら、次また新しい言い訳が必要になりますよ。2、3回は『良いのが無くて…』とかって濁して引っ張っても大丈夫だと思いますよ」
ヴィルヘルムは、本当に悪戯好きだ。
こうやって時間を過ごすと、彼が本当は見た目通りの穏やかで落ち着いているだけの人でない事が良くわかる。
彼に比べれば、レヴィアスの方がよっぽど素直だ。
苦笑して、桜が恰幅の良い女店主にブローチを渡す。
「プレゼントかい?」
「はい」
「じゃあ、リボンでもかけるかい? 生憎色は3色しかないが…」
店主の勧めてくれる「赤」「青」「黄色」のリボンの中から、鮮やかな青色を選ぶ。
「また、一緒に新しい言い訳を考えて下さいね」
側に他人がいる事に慣れてはいなかったけれど、これも悪くない。
常に近くに人がいて、お互いを気遣う関係。
苦笑しながら、ヴィルヘルムが桜の頭をぽんぽんしてくれた。
「きっと喜んで貰えるよ」
包んだ商品を桜に渡しながら、店主が微笑む。
温かな笑顔だと思いながら、桜も微笑んだ。
「ありがとうございます」
レヴィアスに持たされたお金を出そうとすると、レオが替わりに出してくれた。
「後で頂きます。殿下から頂いたモノは、見たところ露店で使うには不向きの様でしたので」
言われて、布袋の中を確認すると、キラキラと黄金色の硬貨を視認する。
比べて、レオが店主に支払った茶色の銅貨と思しき硬貨を視認した。
ーなる程。
まだこの国の通貨について詳しく無くても、レオが『露店で支払いに使うには相応しくない』と判断した感覚くらいはわかった。
ーしばらくこちらで生活するなら、流通している貨幣の種類や使い方についても勉強しないと。
レヴィアスは帰れると言った。
この世界で何を成せば良いのかはまだ分からないが、暫くこちらにいるのなら、この世界の一般常識くらいは身に付けて、周りの人達に迷惑を掛けないようにしなければ。
「帰ったら、貨幣の単位と簡単な物価を教えて頂けますか?」
王宮に身を置いているので必要無いと思われているのか、そういう日常に必要な知識については、カリキュラムに入っていない。
そのような範囲については、自分で足りない知識に気が付き、その都度周囲に教えを乞う事で穴を埋めて行こう。
幸いにも、優しい人達が側にいてくれている。
「良いですよ。帰ってからと言わずに今からでも。何処かでお茶でもしますか?」
ヴィルヘルムは快諾して、周囲を見渡す。
露店の並ぶ通りを抜け、今は、恐らくは服屋や喫茶店などのショップが並ぶ通りに出ていた。
「私のお気に入りのお店を案内しましょう」
看板を確かめて、ヴィルヘルムが桜を振り返った。
「もしかして、ヴィルヘルム様がいつも入れて下さるお茶の?」
「お茶受けも、こちらのお店のです」
扉の取手に手を掛け、入店を促される。
「ああ。あのお茶、ここのお店のだったんですね」
店舗の外観をしげしげと見つめながら、レオが呟いた。
頭が当たるのを警戒してか、入り口の上部分に手を掛けて入店していた。
ー騎士入団基準に、身長190㎝以上とか、決まりがあるのかしら?
店内は少し明かりを落としていて落ち着いた雰囲気を、醸し出している。
壁中に棚があり、大小様々な、ラベリングされた筒が、綺麗に並べられていた。
「いらっしゃいませ」
低く落ち着いた声で、白いシャツに黒いギャルソンエプロンのよく似合う男性店員が和かに出迎えてくれた。
「これはヴィルヘルム様。いつもご贔屓にして下さり、ありがとうございます」
「こちらこそ。いつも美味しい茶葉を揃えてくれていて助かってるよ」
お気に入りと豪語するだけあり、しっかりお得意様扱いされている。
「今日はお連れ様もいらっしゃるのですね。新しい種類の茶葉も入っておりますが、中で試飲して行かれますか?」
お誘いに、「もちろん」と応えたヴィルヘルムの頭には耳が、後ろには大きなふさふさの尻尾が見えた気がした。