2.アーダルベルトの課題
急に押し黙ってしまったカイに、アーダルベルトは『もしかして』と、言葉を切った。
ーカイ殿も、サクラが気になるのか?
レヴィアス殿下が気に入ったようだと言った事に少なからずショックを受けているようだ。
ーこの3日間、カイ殿にそんな素振りは無かったと思っていたが。
王子の気に入り具合は露骨で、分かり易かった。
「すぐ傍で浄化するから」という言い訳でサクラにべったりだったのも、隙あらば手を繋ぎたがった姿も、アーダルベルト同様、カイもすぐ近くで見守って来た筈だった。
ーまてよ。カイ殿は素直過ぎる程に素直だからな。王太子の「浄化は近くでしないと」とか、「何かあったらいけないから」とかって言い訳をそのまま鵜呑みにしていて、王太子の思惑に全く気が付いていなかったとか…。
無言のまま、カイを見る。
押し黙ったままのカイは、何か考えている様にも見えた。
ーよし。何も気が付かなかった。何も言わなかった。何も問題無かった事にしよう。
「今は、近衛騎士団の団長が国王の王都視察の日程と警護計画について王太子殿下と話し合ってるが。魔素の濃度感知交代要員が増えるのは殿下にとっても助かる話だろう。サクラ殿も待ってる」
にこりと笑って声を掛けると、カイは「はっ」と気が付いたように俺を再度見上げた。
「わかりました。ありがとうございます。アーダルベルト様も、お疲れ様でした」
「お疲れ様」
歩き去るカイの背中を見送って、アーダルベルトは既視感を覚えた。
ー少し…何というか。
心に引っ掛かった何かが分からず、その背中が見えなくなるまでしばらく見送ってしまった。
「とっ。ヴィルヘルム殿の所へ呼ばれているのだった」
思い出し、カイが渡って来た魔道士塔と繋がっている渡り廊下を逆に進む。
『聖女に関わった件について、聞きたい事がある為、時間を頂きたい』
メモには、簡単な記載しか無かったが、長年王宮に仕える魔道士長に用事があると言われれば、馳せ参じるのは勿論若造と決まっている。
「あの人、あんまり得意では無いんだよな」
独言ながら、すれ違う魔道士を見掛けて、姿勢を正し、会釈をする。
サクラは今、この世界の成り立ちから始まって、この国の成り立ちや歴史、魔法、魔物や魔物の出入りする『穴』についてを、王太子の元で学び始めている。
披露目の準備もしていかなければならないから、近いうちに、これらに淑女教育も加わってくるだろう。
挨拶や食事のマナーにダンスのレッスン。
そこに貴族名鑑の暗記などが加わり、いずれ王妃教育になっていく。
国王も、承知の筈だ。
『聖女』自体は、他の国にも存在する。
強い光魔法を操れる者が聖女として国教会に召し上げられ、国のモノとなるのだ。
だが、シシリー王国だけは、他の国とは一線を画す。
この世界においてもっとも古い歴史を持つ此処シシリー王国のみ、昔から、聖女を召喚する秘術を持っていたからだ。
召喚された聖女の持つ魔力の強さは、この世界で貴族や平民の中からときおりあらわれる光魔法の属性を持つ者達とはケタ違いで、『唯一絶対的に魔物を排除出来る力』であると言われている。
又、シシリー王家に引き継がれる比較的強い光魔法の力の所以は、およそ千年前にこの地に来られた先代聖女の力の名残だとも云われている。
何故、『云われている。』なのかというと、その事について詳細に書かれた資料等が存在しないからだ。
召喚の儀の資料は完璧に揃えられているのに、当時召喚された聖女のその後については、記載された書物が一切無いのだ。
『私を、もといた世界に帰すことは可能ですか?』
あの時、あまりに心許なげに問いかけるサクラに、王太子は思わず「出来る」と答えていたが…。
「帰す気なんて、無いくせに…」
帰す方法なんて、誰も分からないのだ。
何せ、記録が無いのだから。
でも、たぶん。
わかっても、わからなくても。
「帰す気なんて無い…な」
王家に生まれる光魔法の属性持ちは、代を追う毎に減り、その力は弱くなっている。
レヴィアス殿下は、その中でも強い方で『先祖返り』と言われているが、強い魔力を持つ者が髪や瞳により黒い色を纏うとの云われに鑑みれば。
ここらで、強い光魔法の血を取り込みたいとは思っている筈である。
管轄外なのであまり詳しくは聞いていないが、サクラは恐らく、違う世界で普通に育った少女なのだろう。
何事にも真摯に向き合う姿勢は見ていて清々しく、有無を言わさず連れて来た形になるであろう『召喚』によって此処へ連れて来た事を考えると、申し訳なさでいっぱいになる。
あれだけ小さな事にも取りこぼし無く心を砕けて、目標に向かって頑張れる性格ならば、元の世界でも、何かしら目標に向かって頑張っていただろう事が容易に想像できる。
ーここに来た事で、多くの事を諦めたに違いない。
考えて、「はーっ」っと大きく嘆息を吐く。
ーいくら考えても、俺に出来る事は限られる。考えてもどうにもならない事は、考えないに限る。
そもそも、頭脳作業が向いてたら騎士なんかやってない。
多少脳筋な結論に満足すると、さらにスピードを上げてヴィルヘルムの部屋へと急いだ。
ー護らなければならなくなった時には、全力で護らせて頂こう。俺に出来るのはそれくらいなものだ。
決意に、拳を握りしめて。