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異世界に召喚された聖女は呼吸すら奪われる  作者: 里尾るみ
第七章 それぞれの思惑
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6.全てが繋がる時


「カイ‼︎」

 漆黒の石造りの長い廊下の向こうから、聞き慣れた……それでいて最近は久しく聞いていなかった声を聞いて、カイは信じられない面持ちで顔を上げた。

「…サクラ‼︎」

 駆け寄ってきた桜を両手を広げて抱き留める。

「久しぶりね。披露目までの間、あまりお城に居なくて会えなかったもの。お爺様のお城に来ていたのね…。あら?」

 そこまで言って、桜は幾分高い位置にあるカイの顔を両手で挟んだ。

「カイの瞳、私と同じ色になってる」

 あわてるカイに構わず、桜はじっくりと朱金の双眸を覗き込んだ。

「サクラ‼︎ 近いよ‼︎」

 自らの両頬を挟む桜の細い両手首を掴んで、力尽くで引き剥がす。

「お爺様って何? ここは父さんと母さんがいる城だけど」

「カイのご両親?」

「? まだ何も聞いてない感じ…だな?」

 話が噛み合わない2人は、言葉を止めてお互いに目を合わせた。

「サクラの瞳も金色になってる」

「いつの間にかなっていたの。神の国に行ったから?」


 桜の、よく理解出来ていない様子に、カイは思いを巡らせた。


ーーサクラは、瞳の色が金色になったタイミングしか分かっていない。つまりは、多分力(たぶんちから)が解放されて、今は魔法が使える状態であることも、分かってないんだ。


「サクラ、此処へはどうやって来たの?」

 さり気なく、話を逸らす。

「お爺様に連れて来てもらったの。カイにはお爺様のお話はしたわよね?」

 少し興奮気味のサクラは珍しい。

 確か、向こうの「ニホン」という国で4歳の時に父親を亡くして、その後17歳まで大切に育ててくれたという……。


 そこで、カイは「まてよ?」と思う。


ーー確か、父さんは俺とサクラは双子だと言った。なら、サクラの言うお爺様は……。


 父さんの前の魔王ということにならないか?


「今、サクラのお爺様は……」

「お前のお爺様でもあるがな」

 真後ろに現れた漆黒の髪と瞳の美丈夫に、カイは息を呑んで振り返った。

「随分と回りくどい話し方だな。桜。槐はお前の双子の兄だ」

「は?」

「待って……」

「あと、お前の父も生きている」

「ええ⁈」

「おい…⁈」

「ほぼ寝ているが、お前の母親も生きているぞ」

「??⁈」

「じいさん‼︎!」

「三代目のひよっこの癖に生意気な。お爺様と呼べ」

 がっと、大きな片手でカイの頭を押さえつけた。

「初対面でオジイサマは()(にく)い」

「私の知ったことでは無い」

「あれ? 何だかお二人とも仲が良いですね?」

 いつの間に? 

 笑顔で首を傾げる桜に、魔王もにっこりと振り返る。

「血の繋がりがあるのだから、遠慮する事はない。今言ったことも冗談では無いぞ」


 桜の顔から、するりと表情が抜け落ちた。

 少し考えるように俯く。

 桜の纏う空気が一瞬にして変わった様な気がして、カイは黙った。

「…カイは…、カイは、本当に私の兄なのですか?」

 少し、声が震えているようだ。

「そうだ」

 細い両手を胸の前で組み、桜は魔王を…自らの祖父を見上げた。

「お父様も、生きていらっしゃるのですか?」

 カイは、はっと桜の顔を見た。

 桜の朱金の瞳には、涙が浮かんでいる。

「ああ。生きている」

 静かに桜を見下ろす魔王の瞳には、優しい光が溢れている。

「お母様も……?」

 ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を拭いもせずに、桜は魔王を見つめ続けた。

「……辛うじてな」

 

 ぐっ…と、カイが苦し気に表情を歪め、顔を逸らした。

 カイがこの城に来てから、まだ一度も母紫苑は目を覚ましてはいない。

 たまに目を覚ましていたと聞いているが、年々目が覚める時は減って来ているらしい。


ーー何よりも……。

  『壁』について、サクラは何処まで知っているのか。


(とき)が惜しいので、簡潔に言うが、お前の母は現在『壁』に繋がっている聖女だ」


 カイは、驚いて涼し気な顔をした魔王を見上げた。

「『儀』まで、あまり時が無い。悩む時間を作るには、その課題を先に提示せねばなるまい。桜は、現在の聖女に会いたいと言ったな?」

 冷静な魔王…祖父の言葉に、桜は掌や甲をごしごしと顔に擦り付けて素早く涙を拭いた。

「はい。私が聖女として『壁』に繋がった後、現在繋がっている聖女様がどうなるのかを知りたいのです。他にも、何故壁の再生に諾と思われたのかお聞きしたくて」


 少し赤くなった目や頬が痛々しい。

 だが、涙を堪えて次に進もうとしている。


 一瞬眉根を寄せて、祖父は口元を片手で覆うとその手を離した。


「新しい聖女が『壁』に繋がれば、前聖女は『壁』から切り離され、死に至る」


ーー無能な神だ。

  何故そんな肝心な事をまだ桜に伝えていないのだ。


 桜の傍にいた神の姿を思い出しながら、魔王は不快気に顔を(しか)めた。

 そして、ふっと、その瞳の色を思い出した。


「……私が『壁』に繋がったら、現在の聖女様は……母は、死ぬのですね?」


 はたと、その成長を見続けていた娘の、あまりにも頼りない声に、その顔を凝視した。


 否、正確には、その朱金の瞳を。


ーーまさか。あの男。


「そうだ。だから、私は是非、桜には『壁』の再生維持はしないと言って欲しい」


ーー言わなかったのでは無く、言えなかったのか。


 桜の金色に輝く瞳には、今までに無いほどの動揺が浮かんでいる。


「そんな事が、可能なのですか?」


 桜は、それでも涙を堪えて祖父の静かな漆黒の瞳を見つめ続けた。

 まだ見ぬ母であっても、大切な人である事に変わりはない。

 写真一つ無かった母の姿を、何度想像しただろう。


「もしお前が再生はせず、『壁』には繋がらないと言えば、私はその後の後始末の全てを引き受けてやると誓おう」


「お爺様にとっても、大切な『壁』なのではないですか?」


 桜の言葉に、一瞬祖父も、カイも言葉を失い桜を凝視した。


「……なに?」

「私が幼い頃に読んでくださったあの絵本は、お爺様と金の女神の娘……私達のお婆様に当たる方のお話なのでしょう?」


ーーああ。

  なんて、頭の良い子なのだろう。

  何故、そこまで分かってしまうのか。


「神の国でお世話になったユリシズは、妹女神様を亡くし、その為に姪御様が『壁』を作ったと言っていました。彼は私には言いませんでしたが、姪御様の創られた『壁』だからこそ、彼は『壁』を維持したいのだと、ご友人の方に教えて頂きました。私は、ユリシズが守りたいのは、彼が会えなかった金の女神の娘が創った『壁』と、『壁』を創ろうと思った彼女の心だったのではないかと思ったのです」


 一旦言葉を切り、桜は流れ落ちる涙を拭いもせず、祖父の瞳を見続けた。

 その瞳に浮かぶ感情を一瞬たりとも見逃さないと言うように。

「ユリシズは、神の中でもかなり昔から生きている力ある神だとお聞きしました。そんな彼が一目置いた貴方が、『穴』を移動し私をいとも簡単に此方に連れて来た貴方が、ただの魔物である筈は無い」


 カイは、息を呑む。

ーーサクラは、何て……。


「『まだ死んでいないから、会えるかは分からない』。それは、貴方自身のことだったのですね」


 無言で手を伸ばし、初代魔王は桜を抱き締めた。


ーーこんなに色々と分かってしまっては、又、こんなに優しい心根では、(さぞ)かし辛かろう。


 最近になっては、ついぞ感じる事の無くなった胸が、痛くて仕方がない。


「『壁』には、もう意味は無い。あの娘が望んだ形を失ってしまった以上、維持してやらぬ方が、あの娘の思いにも叶うだろう」


 優しく、囁く様に話し掛ける。


「それに、今生きているお前たちこそが、あの娘の残した宝に違いない。そうは思わないか?」


 ぎゅっと祖父を抱きしめ返し、桜は「うううっ」と、泣きじゃくった。

 聖女として突然召喚された時も、魔法の練習がうまくいかない時も、此処まで感情を露わにする桜を見た事は無かった。

「お爺様、会いたかったっ。急に居なくなって、ごめんなさっ……」

「お前の所為ではない。謝る必要はない」

 嗚咽を繰り返す桜の背中を、魔王はいつまでも優しく撫でてやった。

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