5.改めて 交友
王都を抜けて少し東に歩いた教会の傍の、小綺麗な緑の屋根の家は、カイの実家だ。
王宮務めになると魔道士塔に部屋も貰えるし、何よりも秘密保持の為に囲い込まれている所もあって、あまり家には帰れなくなる。
だが、帰れないように強制や束縛をされているわけでも無い。
やんわりと、見張られている…といった感じか。
魔道士は、貴人の健康や罪人の取り調べにも、その能力ゆえに関わる事が多い。
高位になればなる程、持ち出し禁止の禁呪を身に付けている事もあり、他国に狙われる事も考えて、魔道士の外出は国によってある程度は管理されている。
ヴィルヘルムは今日、カイの母親に会いに来た。
カイは、魔物について行った。
あれは、連れて行かれたのではなく、明らかに知り合いで、必要に応じてついて行ったのだ。
それに、恐らくその理由も、レヴィアスは知っているのだ。
だが、レヴィアスは「そう掛からずに帰ってくるだろう」と言うばかりで詳細は教えてくれない。
ーー本人から聞けと言う事か。
確かに、師匠と弟子としてカイが城に来てからの期間を過ごしたのだから、ヴィルヘルムだって本人の口から聞きたい。
最近国王公認で城を空けていたのも、カイを連れて行った彼に関係していたのかも知れない。
だが。
ーーあの朱金の瞳は。
連れて行った男は、朱金の瞳をしていた。
そして、力を暴走させていたカイもまた、瞳は朱金色に変わっていた。
それは、つまり。
ーーカイの瞳は、本来はあの色だったと言う事か?
何故、漆黒の瞳は金色の瞳に色を変えたのか?
同じ色の瞳を持つ、あの男は、カイの血縁の者なのか……?
カイの家の扉の前に立って、ヴィルヘルムは扉にある呼び出し用の金具を持ち、「ごんっごんっ」と、扉に打ち付けた。
「こんにちは。ヴィルヘルムです」
声を掛けると、ややもしてから中から見慣れた笑顔が顔を出した。
「これはこれは。ヴィルヘルム様。ご無沙汰しております。お元気にされてましたか?」
丁寧な挨拶に、ヴィルヘルムも柔かに応じた。
「お久しぶりです。お変わりない様で、何よりです」
部屋の中に案内され、お茶を勧められる。
茶葉は国産の茶葉だった。
一頻り最近の王城の様子、カイの働きぶりなどを話し、城下の魔物について周囲の噂などを聞いて一息吐く。
お茶にゆっくりと口を付けて、ことんとカップを卓に置いたカイの母親は、少し瞳を細めて微笑んだ。
「ヴィルヘルム様が此方にいらしたのは、カイの事ではありませんか?」
どう切り出そうかと迷っていたので、少し驚き、そして静かに見つめてくるカイの母親の薄緑の瞳を見た。
カイは漆黒の髪に、漆黒の瞳だった。
今は朱金に変わってしまったが、母親の色とも違う。
「あの子は、レヴィアス殿下の乳母を拝命した際に、国王陛下からお預かりしたのです。私の子として、時が来るまで育てて欲しいと」
「…国王陛下からですか」
「はい。大切な友人の子だから、大事に育てて欲しいと。私は夫と乳飲み子を病で亡くしたところで、赤子もいないのに乳も出て、心の穴を埋められない時期でしたから、喜んで御引き受けしました」
それは、恐らくは今まではカイにも秘匿してきた事実の筈だ。
それを私に話すと言う事は。
「大変申し訳ないのですが、私はカイが誰の子共なのかは分かりません。ただ、申し上げられるのは、国王陛下と王妃様の子では無いと…レヴィアス様のご兄弟では無いということしか」
「時、とは、いつの事だと、国王陛下は仰っていたのですか」
質問に、カイの母親は淋しそうに微笑んだ。
「聖女様の召喚の頃だろうと」
サクラの披露目の前頃から、カイは度々陛下公認で城を空けている。
認めたく無かったから、今まであまり考えないようにしていたが、ヴィルヘルムは聞き逃してはいなかった。
サクラが神に連れ去られた時、力を暴走させたカイはあの男を「父さん」と呼んだ。
『壁』に『穴』を、片手を動かすだけで作り出せる存在。
それは、上位の魔物か神しか、有り得ない。
そして、漆黒の空間から現れて消えて行ったあの男は、間違い無く魔物なのだ。
ーーカイは、魔物の子供だったのか。
なら、何故国王がその子を引き受けるのだ?
それに、友人とは…?
ふむ、と、顎に手を当てて考える。
ーー神は、この国の国主は聖獣シシリーだと言っていた。
もともと神、聖獣、人間、魔物が一緒の世界にいた。その記憶を当たり前に引き継いで持っているなら、魔物は聖獣にとっては恐るべき対象ではないというわけか。
思い出したく無いが、残念ながら記憶に刻み込まれたもう一つの言葉も、しっかりと聞いていた。
神と思しき大きな白い翼を持った男が。
カイとあの朱金の瞳の男に。
『現魔王とこれから魔王となる者』
と。
丁寧に挨拶をしてカイの実家を辞し、店舗運営を再開した茶葉の店へ向かう。
国王陛下は魔物と友人付き合いをし、その子を預かって王子の乳兄弟として育てさせた。
この国には、人間の知らないところで魔物が馴染み、既に住んでいるように思う。
店長の、『魔物は意味も無く…人は食べない』との、魔物を良く知っているような発言がずっと引っかかっていた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりです」
笑顔で迎え入れてくれるミルドに、ヴィルヘルムも笑みを返す。
店内に他に客がいない事を確認し、ヴィルヘルムは入口の扉を閉めた。
話してくれるまで待つとは言ったが。
「友人ではなく、貴方が魔物なのですね」
確証があったわけでは無い。
店主になったのは、人が喜ぶ顔を見たいからと言っていたし、職業は好きに選べばいいとは思う。
ただ、これだけ見事な漆黒の髪と瞳を持ちながら、魔力を必要としない職業に着くのは、やはり不自然なのだ。
この人間の世界にいて、黒髪黒目は良くも悪くも人目を惹き、周りの人々に影響を及ぼす。
生まれてからこの方、城に就職が決まるまで、何度神殿から強引に連れて行かれそうになり、何度貴族達から後ろ盾になるからと魔法学校への入学を勧められたか。
その後は囲い込まれて自由など無くなってしまう。
「……いかにも。私はあなた方人間からしたら、確かに魔物です」
意を決した様に、真っ直ぐにヴィルヘルムの漆黒の瞳を見つめて、ミルドが答えた。
「貴方に、黒髪に朱金の瞳の魔物の事を聞きたいのです。それに、魔物側の『壁』の認識と、『壁』を守る役割と、『儀』や『聖女』をどう思っているかと……とにかく、たくさん」
悪戯っぽくミルドを見てにっこりと微笑むと。
一瞬驚いた様に瞳を大きくし、次の瞬間顔を紅潮させて微笑んだ。
「何でも訊いて下さい。わかる事なら何でも答えます」