4.対なる者
聖女は目を閉じて力無く倒れ込み、王太子は聖女を優雅に抱え上げた。
流れるような美しく長い黒髪は、相当強い魔力を持つ事をあらわしている。
それより、なにより。
「美しい方でしたね。聖女様は」
召喚の儀終了後、自然解散となった召喚の間の中では、貴族達が口々に先程垣間見た聖女の容姿について噂していた。
その身をうっすらと包む美しい金の光。
見た事の無い紺色の装束に身を包んではいたが。布地の量から、あまり良家の子女の装いには見えなかったが。
「美しい白い肌に、漆黒の長い髪。披露目が楽しみですな」
「是非、魔物の件が終わった暁には、我が息子の嫁に」
「見たところ、ガルファクト伯爵様の息子には、聖女様は若過ぎるのでは。我が家の息子の方が釣り合うでしょう」
貴族の中には、その身に多くの魔力を宿す者が多い。
ましてや、基本的には王家以外もち得ない光魔法を使うであろう事が確約されている聖女。
喉から手が出る程欲しい物件だろう。
より大きな魔力をその血に引き入れる為に、貴族達が聖女を欲しがるのは至極当然の流れだ。
「ルイ様は、如何お考えですか?」
背後からかけられた声に、ルイーズ・フォン・リュイは、薄い金色の前髪の向こうにある美しいアイスブルーの瞳を細めて優雅に微笑んだ。
「とても美しかったですね」
リュイ侯爵家の嫡男の神々しいまでの微笑みに、周囲の令嬢達から溜息が洩れる。
「そう言えば、ルイ様にはまだ婚約者がいらっしゃいませんでしたね」
「近々我が家でお茶会を開きますの。招待状をお送りしますので、是非」
「そう言えば、公爵家での舞踏会もありますわね。ルイ様はいらっしゃいますの?」
色めき立つ令嬢達が口々にルイを取り囲むが、ルイはするりと令嬢達の輪から抜け出ていた。
「国王陛下に父からの言付けがあった事を思い出しました。私はここで失礼させて頂きます」
素早く召喚の間から出て、王宮へ移動した。
息苦しかった。
召喚の間から足早に遠去かりつつ、首元のチーフを緩めた。
突然魔素が無くなるなんて。
死ぬかと思った。
リュイ侯爵家の人間は、主に大気中の魔素を中心に吸い込んで魔力を身体に溜めていく一族だ。
他の貴族には秘密だが、幼い頃から魔素を中心に吸い込むように訓練を受ける。魔素が無ければ、呼吸すらままならない身体になる程に。
あの聖女、魔素に耐性が無いのか。
王太子達の声は聞こえなかったが、やっていた事を繋ぎ合わせれば、自ずと答えは出るというもの。
喉を押さえて倒れ、慌てて魔導士が王太子に何かを伝え、王太子が聖女を抱き支えた。
ややもすると、強い光を放ち、一瞬にして部屋の中の魔素が無くなった。
「おもしろい」
あの娘、手に入れたい。
強い、聖なる光。
美しく、強く、そして脆い。
我がリュイ侯爵家に、より強い『力』を手に入れる為に。
王家に一目置かせる為にも。
「我が家より秀でた闇魔法の使い手は、この王国にはいない」
あの最強の魔導士長でも、闇の属性は持たないのだ。
魔素に耐性が無いのであれば、制御は容易い。
最強の闇魔法の使い手と最強の光魔法の使い手が手を取れば、その子は王家を脅かす程の力を持つのではないか。
「まずは、国王にお祝いの言葉を申し上げに伺わねば」
父親であるリュイ侯爵から、聖女召喚成功の暁には、必ずお祝いの意を国王に伝えてから退出するように言われている。
同じ考えを持つ者達も居るだろうが、誰よりも早く参じ、従順な僕としてのリュイ家の良い印象を残さねば。
長きに渡る時の間培われた、叛逆の意を隠す為に。