3.初代魔王 回顧(2)
きらりと首元に光る金の鎖の先に巻き付けられているのは、一房の金色の髪。
徐に取り出しつつ、指先で弄る。
四代目聖女は、召喚の間に現れた途端に取り乱し、泣き出したのだ。
ウォルディアスが初めて召喚に立ち会うと言うので、私も同席した。
聖女には、元の世界に伴侶になると約束した者がいた。
何の説明もなく、此方の世界に突然連れて来られたらしい。
前回に比べると、随分と手荒な扱いに思えた。
否、もし説明をしても、此方に来る事について同意は得られないと思ったからこその、態度だったのかも知れない。
泣き暮らし、元いた世界に返して欲しいと懇願し、死んでやると叫び出したり、なかなか大変な娘だったが、生まれて16、7の若い娘なのだから仕方ないと言えるし、むしろ当然の主張と思われた。暫くして落ち着いたかと思ったら、次は新しい恋をするから相手を紹介しろと言って来た。
恋の相手には、聖獣が喜んで候補に名乗りを上げた。
泣き暮らしていた頃から側に付き添い、慰め労っていたから、聖女が心を開くのも早かった。
壁と繋がり、シシリー王国の王妃となり、その後300年程を共に過ごしたが、聖獣が死に、聖女は取り残された。
子をなしていたから、子や孫、曾孫と、様子を見に、語らいには来ていたようだが、700年を超えると眠りがちになり、五代目聖女が来るまで、半分以上の時間を夢の中で過ごす様になった。
初代聖女から全ての時間、聖獣は全てを見つめていた。
聖獣は、全て見てきた記憶の映像を、次の代にそのままの、映像記憶として引き継げるのだ。
そうして、記憶映像を、次の代の聖獣と、生命を繋ぐ事のできる聖女にだけ、映像記憶として見せる事ができる。
そういえば、と、思う。
最近は、聖獣の寿命は人間とあまり変わらない。
人と交わる事で、かなり寿命を縮めたようだ。
そして、五代目聖女 紫苑が来た。
『じゃあ、私が先に死んだら、私を食べて』
かつて側にいた娘の声が、耳に蘇る。
何気なく弄んでいた首元の金髪を握りしめて、漆黒の瞳を細めた。
「そろそろ迎えに行くか」
静かに立ち上がり、右手がついと空を切る。
開かれた漆黒の空間に、音も無く吸い込まれた。
※※※
「現在の聖女に会いに行きたい?」
桜の要望に、ユリシズが驚き、眉間に皺を寄せる。
何故? という無言の視線に、桜はユリシズを見上げた。
「何故、壁の再生・維持をしようと思われたのか。又、もし、私が次に壁の維持に加わった場合、現在の聖女様がどうなるのか、教えて頂きたいからです。前の聖女様が壁を守っていらっしゃる時に、現在の聖女様が維持に加わられた筈ですし、経験がおありでしょうから」
自分が為すかも知れない未来について、知っておきたいから。
「…分かった。所で、確認しておきたいのだが、桜の父親は人間なのだな?」
以前、父の瞳の色など、聞かれた事があった。
その時に答えた事の確認だ。
「はい。私が4歳の時に、亡くなっています。母は、それより以前に」
首を傾げて答える桜に、その朱金の瞳を見つめつつ、ユリシズは少し考える様に顎に手を当てた。
「…わかった」
桜は勤勉で、おおよそ『壁』の役割については理解を終えていた。
ただ、厄介なのは、歴代聖女の様子について、聖獣から見せられてはいない事だ。
ユリシズは、歴代の聖女達については詳しくは知らない。
担当していたのが、ユリシズとは違う神だったからだ。
その時期に、水鏡を覗き、あらゆる世界を見通せる神が数人がかりでステイタス『聖女』を持つ娘を探すらしい。
いつの頃からかは知らないが、そのような役割りが出来たらしい。
ユリシズは直接人間達の世界に赴いて神殿を廻る事が務めである為、関わって来なかった。
最近、レトビアに聞いた話によると、今までに神が見つけてシシリーの元に送った聖女は4人。
サクラは魔王によって隠されていたのかは分からないが、知らない間に召喚の間に送られていたようだ。
正確な歴史を知るには聖獣に記憶を見せて貰わなければならない。
他人の言葉に依ると、主観が入るが、聖獣の記憶なら、そうはならないからだ。
それに。
レトビアの言った事が気になって、歴代聖女の役割の引き継ぎに付いて、ユリシズからは説明する事が躊躇われた。
ーーもしも、サクラが現聖女の娘だったなら。
もしも、サクラの朱金の瞳が、私の妹から引き継がれたものだったなら。
もしも、サクラが……。
『壁』に繋がって、母親を殺す事になってしまったなら。
今まで、『壁』は必ず維持するべきだと主張してきたが、それは正しい判断だったのか。
「少し、時間が欲しい。サクラ」
その瞳を、良く見せて欲しい。
朱金の瞳をよく見せて欲しいとは言えず、黙って瞳を覗き込んだ。
その時。
静かに、桜とユリシズの間の空間に亀裂が入り、漆黒の空間から音も無く初代魔王が現れた。
「お前は‼︎」
「そろそろ返して貰おうか」
ふわりと桜を優しく抱え上げて、初代魔王は不敵に微笑んだ。