7.壁の真実
「お帰りなさいませ」
使用人が声を掛けているのを聞いて、レトビアが顔を上げた。
「ユリシズ。お邪魔してたよ」
神殿に帰って来たユリシズに微笑み掛ける。
「サクラの事で世話を掛けるな」
使用人に上着を渡しながら穏やかに微笑みを返すユリシズを見つめて、レトビアは小さく息を吐いた。
「…サクラは、頭が良すぎて辛そうだ。早く肝心な所を教えて聖獣のもとへ帰してやった方がいい」
「なに?」
少し険しい表情になったユリシズに、レトビアは今度は大袈裟に嘆息を吐いた。
「あの絵本は、わざと入れておいたんだ。サクラの瞳がユリシズの瞳と同じ色だったから」
「レトビア」
驚いて、幾分下にある白金の瞳を見つめる。
「瞳の色には、ユリシズも気付いていただろう? 水鏡で見る限り、二代目魔王もユリシズの瞳と同じ色だ。なら」
「待ってくれ」
「君が誰とも契らずに生きてきたなら、サクラや二代目魔王の瞳は、君の妹から引き継がれたものだと考えるのが妥当じゃないのか」
「レトビア‼︎!」
がしりと両肩を大きな手で力ずくで掴まれても、ユリシズよりも華奢なレトビアは怯まない。
闘神に名を連ねる所以か、鋭い光の宿る白金の瞳で、容赦なく睨み上げた。
「いつも君が壁の維持を望む度に、疑問に思っていた。聖女は何故か都合よく千年ごとの『この時代』に用意されていて、我々もあらゆる世界を探して聖獣の元に送り込んできた。今回は何故か、水鏡でいくら『ここでは無いたくさんの世界』を探しても聖女は何処にも見つからなかったが、何者かの意思が働いていたのか、ちゃんとステイタス『聖女』のサクラがシシリーの召喚の間に召喚された」
睨み上げながら、レトビアは言葉を続ける。
「『儀』で、壁の維持を選べば、聖女の生命は壁と繋がり、死ぬまで離れられなくなる。果たして、君の身内が聖女として現れても、君は壁の存続を望むのかとね」
言葉を失って、ユリシズはレトビアの肩から手を離した。
「身内…?」
「…まさか、瞳の色に気が付いていなかったのか?」
顔色を失ったユリシズに、レトビアは単純に驚いて一歩下がった。
「サクラが、私の身内だと? エレナと人間の子の…あの子の子孫だと言うのか…?」
ーーー妹女神の子どもは、初代魔王と共に暮らし、亡骸は魔王に食べられた。
ユリシズには、事実はそれだけだった。
初代魔王と姪の間に子供がいたかもしれないなどと、考えた事も無かったのだ。
絵本にも、子を成したなどとは書かれて無かった。
ーー推察する能力は、サクラの方がよっぽどあるな。
レトビアは「くっ」と苦笑して、一瞬瞳を閉じた。
だが今、本題はそこでは無い。
「先代の聖女と二代目の魔王は契っていたはずだ。なら、千年近くの時差がなぜうまれたかは気になるところだが、恐らくは、サクラは先代の聖女の娘ということになる」
彼等の瞳の色が同じことから推察すると、間違いでは無いはずだ。力ある朱金の瞳は、神々の世界では唯一ユリシズだけしか持ち得ない色だったのだから。
「サクラがもし、『儀』で壁の再生をして壁と繋がったら、切り離された前聖女は、その時に壁からは解放されるが、その場で死ぬことになる。サクラは、間接的にとは言え自分の母親を殺す事になるだろう」
今までの『儀』は、壁の継続再生が前提であったから、『儀』は、事実上前聖女から新しい聖女への役割引き継ぎの儀式だった。
聖女同士が他人なら、「長い間お疲れ様でした」で済むかも知れない。
だが、それが親子だったなら?
「そんな事を、お前は彼女にさせたいのか?」
※※※
『壁』の再生維持の為に払われる代償が私なら。
「まさしく、『聖女』…というか、人柱? 生贄みたいな?」
千年近く維持される壁を守り続ける事が出来るのは、それだけの長さの生命を持っているから?
ーーなら、私は違うのでは無いかしら。だって、多分普通の人間の筈だし…。
やっぱり間違いだったとか、無いかしら。
それは、何度も思って来た事だった。
しかし、そう言えば、自分のステイタスを見たカイが、私の持つ天井知らずの魔力が私の生命と繋がっていると言っていた。
ーー『壁』を再生するために魔力を使うと『壁』と生命が繋がる…といったところかしら。
そう言えば、レヴィアス様の魔力とは何回か繋がったわね。弾ける様に光って…。
思えば、魔力と生命が繋がっている事は珍しいと、カイが言っていた。
魔力を使う時に生命と繋がっていたら、魔力を使い過ぎた時に生命を失ってしまう事になるから、危険だとも。
ーー初めから、ヒントは目の前に提示されていたのね。
魔力と生命が繋がっているのは、聖女の特徴なのかも知れない。
だが、問題はそこでは無く。
ーーもし『壁』を維持しているのが前聖女様なら、もしかしたら、その方はまだ生きているのかも知れない。
桜は、知らず両手を組み、祈る様に膝の上で握りしめた。
「…お会いしたい…というのは、無理な事かしら」