6.『壁』の代償
「神の寿命はまちまちだ。長い者もいれば、比較的短い者もいる。何故、そうなるか、分かるか?」
レトビアの質問に、桜ははたと考える。
「それは、初めからでしょうか?」
「初めからとは?」
桜の質問に、レトビアが問い返す。
「六千年前、初めて壁を作った時から、神々の寿命は長い方と短い方がいたのでしょうか?」
ーー壁は、六千年前にユリシズの妹の女神が亡くなった際に、ユリシズ他数名の神々で作ったそうだ。原始の神々が作った壁は強固だが、壁があろうとも、力ある神は人間の世界の神殿へ様子を確認に行ける。
「なかなか良い質問だね」
愉しそうに言って、長い足を組み直した。
今、桜とレトビアの2人は桜の部屋で神々の国について勉強をしている。
神々の国の様子、人間との関わり方から、人間の世界と魔物の国を隔てる壁についてどういう立場にあるか…他。
「私は生まれる前になるが、壁が作られた頃の我々は、皆ユリシズの様に長い寿命と大きな力を持っていたそうだよ。だんだんと世代を重ねていくにつれて、寿命の長さはまちまちになり、力も弱くなっていった。さて、改めて。何故、そうなるか、わかるか?」
想像の域を出ないが、日本にいた頃の常識と照らし合わせて良いのなら、思い当たる理由は、ある。
「…人間と契ることによって、そうなっていったのでは」
寿命の長い者と短い者が交わる事によって、長い者は短く、短い者は長く。
つまりは、遺伝のような…?
答えに、レトビアが微笑む。
「何故、そう思った?」
口に手をあてて、桜が俯く。
「…この……絵本の中で、女神と人間の子が、あまりに早く亡くなってしまうからです」
徐ろに取り出した絵本を見て、レトビアは微笑んだ。
「…なる程。根拠を示してくれるとは。なかなか優秀だね」
絵本を桜から受け取って、レトビアはぱらぱらとページを捲った。
「……ユリシズは、何か言ってた?」
ぱたんと閉じて、桜を見る。
ー絵本の事? それとも、瞳の色の事…?
考えて、今は勉強をしているのだし、絵本の事かなと思う。
やはり、知っていて、紛れ込ませたのかも知れない。
「姪御さんのお話だと」
応えると、一瞬驚いた顔をして桜を見て、そのあと「そっちか」と、苦笑しながら目線をまた絵本に落とした。
「そうだね。コレは、ユリシズの姪、妹女神の子どもと、魔王の話だ」
絵本を机に置いて、レトビアは小さく溜息をついた。
「サクラ。多分もう分かっていると思うけれど、ユリシズは壁を再生して、この先も人間と魔物は分け隔てておくべきだと考えている」
それは、先日のユリシズの様子を見ていて、桜も感じていた事だ。
「魔物が、愛する者が亡くなった際にその亡骸を食べたいと願う事を、人間は受け入れられ無いと言う事と、もう一つ」
理由が、他にもあるというのか。
桜は、机に置かれた絵本から視線をレトビアへ移した。
「人間と魔物を隔てる壁が、彼の姪が唯一この世に残した遺作だからだ」
ーーああ。
桜は、驚愕に朱金の双眸を見開いた。
『あるところに、金の女神の娘と純血の魔物がいて、2人は仲良く一緒に暮らします。でも、金の女神の娘は、世界中の人達のために沢山の力を使ってしまった為に、生命を縮めてしまいます。もともと、金の女神と人間の子供だったこともあって、寿命自体は純粋な神様達のように長くは無かったそうなんです』
『知った時には、もう死んでいた』
姪がいるとは知らなかった。
ーー世界中の人達のために沢山の力を使ってしまった。
つまりは、壁を作ったと言う事だったのね。
ユリシズは、生きていた時には姪の女の子に会えなかった。
ーーユリシズが守りたいのは、『壁』と、『壁』を作った時の姪御さんの気持ち。
「神の全てが、『壁』を維持することが正しいと思っている訳ではないんだよ」
苦笑して、レトビアは絵本を桜の方へ押しやった。
「『壁』の維持には、犠牲が伴う。……大きな代償が」
絵本の中で、金の女神の娘の生命が、『壁』を作るために沢山使われてしまった様に。
「千年ごとに、『壁』をどうするか考えなければならないのは、何故?」
レトビアの質問に、桜は戸惑う。
何故、自分が呼ばれたか。
ーー赤い月が重なる時に、召喚の儀が行われなければならなかったから……違うわ。それでは逆よ。召喚の日は決まっていたけれど、召喚することは、壁の維持の為には大前提のはず。
『壁』をどうするか考えなければならないのは。
「……『壁』が、維持できなくなるから…?」
『壁』は、『穴』が開く様になる。
再生された『壁』は、『穴』が開かなくなる…?
ならば、『壁』を維持しているのは…誰…?
「…この先の詳細については、過去の記録も関わってくるから私からは教えられないな。ユリシズに聞いた方がいい」
レトビアが、静かに立ち上がった。
「教えて頂いて、ありがとうございました」
やけにすっきりとした挨拶に、レトビアが意外そうに桜を見た。
「そう言えば、ユリシズに瞳の色についてはきいたのか?」
桜は微笑んで、首を横にふった。
「お忙しそうですし、気になさっていないようでしたので」
「…そう」
また来ると手を上げて、今度こそレトビアは部屋から出て行った。
ーー『壁』を維持しているのは、多分、聖女だ。
それに気が付かせるために、レトビア様は先程の様な質問をしたのだ。
『儀』は、それに伴う全ては、人間の世界の神殿で教えて貰った内容ほど、簡単でも、容易いものでもない。
ー「『壁』の維持には、犠牲が伴う。……大きな代償が」
人間が『壁』の再生維持に対して払う代償が。
きっと、それこそが、『聖女』なのだ。