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異世界に召喚された聖女は呼吸すら奪われる  作者: 里尾るみ
第六章 神々の国へ
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5.絵本


 女神様というのは、本当に女神様然としているのだと、桜は思った。

 長いプラチナブロンドの髪を軽く首の後ろで纏めて肩から垂らした女神は、美しい素材を惜し気もなく陽に晒し、ユリシズよりは気遣いができるのだろうが、人間の貴族女性とはまた違う高貴な雰囲気を纏っていた。

 光を弾くプラチナブロンドの長い睫毛の奥に収まっている白金の瞳も美しい。

 神の中では闘いに身を置くようで、担当の神殿は闘神だった。

 もともと神々はあまり闘いは好まないが、大切な物を守る為には強くあらねばならないと、研鑽を怠らないらしい。

「私は訓練を見て回る方だがね」

 苦笑したレトビアも綺麗だった。


 桜の瞳は、レトビアの言う通り朱金にかわっていた。

 『何故?』とびっくりしたが、今日会ったばかりのレトビアにも分からなかったのは当然だろう。

 ユリシズにも訊いてみるといいと言って、レトビアは帰って行った。

 こちらの国の事を教えて欲しいと言ったので、これからちょくちょく来てくれる事にはなっている。

 置いていってくれた本は、貴族と平民の恋愛モノや、軍記物語、冒険モノ等、「どれが面白かったか後で教えてくれ」とレトビアが置いていった意味が分かりやすく、彼女の性格がよく分かった。

 何が好きか分からないから、取り敢えずいろんな種類を持って来てみた…といったところか。

 自分が良いと思うモノを押し付けてくる人もいるが、相手の好みを伺ってくれるレトビアの優しさに触れて、桜は「ふっ」と笑った。

「軍記物語、歴史書、絵本……?」

 一冊だけ、随分と懐かしい絵本が紛れ込んでいて、桜は驚愕に目を見張った。

「どうして……」

 それは、かつて祖父が桜に読んでくれた絵本だった。


 裏を返しても、勿論、日本の本の様に出版社などの記載があるわけでは無い。

 表紙の記載など、文字がこの世界のものではあった。

 だが、絵も、話の内容も、かつて聞いた内容のままだった。

 

「お爺様は、あの絵本を何処で手に入れたのかしら…?」

 ぱらぱらと内容を見るとはなしにページを捲りながら思いを巡らせていると、いつの間にかユリシズが桜の目の前に立っていた。

「ユリシズ」

 いつの間に、帰って来たのだろう。

 また、空中から空間を渡って来たのだろうか。

「お帰りなさい。お疲れ様でした」

 挨拶をするが、ユリシズは初めて目覚めて顔を合わせた時よりも硬質な空気を纏っていた。

「その本は」

 視線が手元の本に向けられている事に気が付いて、桜は顔の前に持ち上げた。

「レトビア様が、色々と本を持って来てくださって。その中の1冊です。向こうでも…」

「レトビアが持って来たのか」

 桜の手から絵本を取って、ユリシズは桜を見た。

 話は遮られたが、どうやらユリシズは少し怒っている様に見えた。

「…私が何に興味があるかわからないから、適当に色々な本を持って来てくれた様です。

歴史モノや軍記モノもありますし、恋愛小説も。その本は、絵本の代表として適当に選ばれたのではないかと思います。…レトビア様は、内容はご存知無かったのでは」

 本の選ばれ方に脈絡が無い所を見ると、恐らくはそうだろうと思われた。

 じっと絵本を見つめているユリシズは、眉間に深く皺を刻み込んでいた。

「もう、読んだのか」

 質問に、戸惑う。

 『読んだ』というよりは、『知っていた』からだ。

「……はい」

 取り敢えず、内容は知っている。

 返答に、ユリシズは小さく溜息をついた。

 本をテーブルに置いて、先日の様に桜の正面の席に着く。

 ぱらぱらとページを捲って、ぱたんと閉じた。

「この本は、私の姪の話なのだ」

 深い溜息と共に吐き出す様に呟かれた言葉に、桜は驚いた。

「……姪。ご兄弟がいらっしゃるのですね?」

 言ってから、『待って』と思う。

 この絵本の話。

 結末はどうだったか。


 最近、ヴィルヘルムにも話した内容。



 ーーー純血の魔物は、泣きながら、その亡骸を食べた。



「私は、魔物を絶対に赦さない」


 ユリシズの堅い呟きに、桜は言葉を失った。


『愛する者を食べる時は、その者が死んだ時』


 たとえそうであったとしても、残された家族にとっては、感情は複雑なモノに違いない。

 

 失いたくないからこそ、食べてその身に取り込み、出会えるかもしれない未来を望む魔物と。

 愛した者を失ったとき、ただ静かにその死を受け入れようとする人や神と。


 正しいのは、どっちだろう?


 人として、人は人を食べないのだから、愛する人が亡くなったからといってその身に取り込もうとするのは間違っていると言えるだろう。

 だが、魔物は、この絵本によれば、ただ1人だけ、愛する人を失った時には、その人を食べる事によって永遠に、自分が死んでからも、その人と一緒にいれるならば。


 食べるなと言う方が、無理なのでは?


「知った時には、もう死んでいた」


 姪がいるとは知らなかった。

 ただ、人間達の神殿を巡る時に、たまたま親に連れられて神殿に来ていた子供が、この絵本を持っていたのだ。

 何気なく手に取って、読んで、驚いたと。

「もう、今から三千年程も前の話だ」

 まだ綺麗なこの絵本は、いったい誰が作っているのか。


 ユリシズの言葉に、桜も首を傾げる。

 今から三千年も前にこの世界にあった絵本が、何故、お爺様の書斎にあったのか。


ーーそう言えば、先程レトビア様の手鏡で見せて頂いた私の瞳の色と、ユリシズの瞳は。


 ふっと、見つめて来る桜に、ユリシズがその朱金の双眸で不思議そうに見返した。


ーーおっしゃるとおりに、よく似ているわ。


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