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異世界に召喚された聖女は呼吸すら奪われる  作者: 里尾るみ
第六章 神々の国へ
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1.解かれた封印


「桜が会場から出たようだ」

 父が徐ろにそう呟いて、扉の方を見た。

 遠くに見える会場後方の扉は、今まさに閉じられた様だった。


ー今日、サクラは披露目の間は会場にいる予定だ。何かあったのだろうか?


 カイは思案を巡らせる。

 化粧室に用事があっても、律儀な彼女なら報告がありそうだ。

 何より、この披露目の間に、折を見てカイのもとへ行かせると、レヴィアスから言われていた。


ー先程、こちらに向かって来ていたように思ったのだが。


「何かあったのかも知れない。行こう」

 手にしていたグラスを壁際のサイドテーブルに置いて、足早に会場後方の扉を目指す。

「カイ。サクラが会場から出た。何か聞いているかい?」

 途中、合流してきたヴィルヘルムに尋ねられて、首を左右に振る。

「何も。師匠も聞いてない様ですね」

「化粧室とかならいいんだけど」


 猛獣達の群れの中に放された、光り輝く子羊。


 探知魔法で居場所を確認出来ていれば安心だと思っていた事を後悔する。

 いくら探知魔法で魔素の除去が出来ていると分かっていても、彼女は恐らく黙って会場から出たりはしないだろう。

「急ごう」

 扉を開き、会場を後にして気配を追う。

「…まずいな」

 またも徐ろに口を開く父に、カイが訝しげに顔を向ける。

「何がです?」

 知らない男の言動に、ヴィルヘルムも眉を顰める。

「他国の魔道士殿か?」

 その瞬間、カイとウォルディアスの前方上空に亀裂が走り、眩い光が辺りを包んだ。

 空間の割れる凄まじい音と光に、カイと背後にいるヴィルヘルムとが息をのむ。

 ウォルディアスは落ち着いた眼差しを上空に向けた。


「やはりお前等が関わっていたか‼︎!」


 王宮の廊下に響き渡る大きな声で、空気がびりびりと揺らされる。

 途端、警備にあたっていた騎士達も、ただならぬ空気にわらわらと周囲に集まり出す。

 光と共に現れたのは、大きな純白の翼を持つ金髪に金の瞳の男だった。

 体格は、ウォルディアスをも凌ぐ。

「なんと。現魔王とこれから魔王となる者までいるとは。やはりこのような場所に聖女を置いてはおけぬな」

 怒りに満ちた眼差しでカイとウォルディアスを見下ろすと、男は光の速さで飛び去った。

「…魔王? 否! それよりも今はサクラが…!」

 ヴィルヘルムは金色の男が飛び去った方向へ目を向けた。

「今の男を追え‼︎ 聖女を狙っている‼︎!」

 ヴィルヘルムの指示に従って、騎士達が光の飛び去った方向へ走り出す。


 ここに聖女を置いてはおけないと言った。

 ならば、彼はサクラを連れて行こうとしている。

 だが、先程姿を現した彼の腕には、サクラはいなかった。

 探知魔法で感じるサクラは、もっと遠くにいる。

 サクラは今現在、他の誰かによって連れ出されている可能性が高い。

「原始の神が…」

 呟いて、ウォルディアスは押し黙った。

「誰なの? 早くサクラの元へ行かないと‼︎」

 足を止めてしまったウォルディアスに、カイが焦って詰め寄る。

 ヴィルヘルムは、2人をちらりと見た後、サクラの気配を追って走り出した。


「槐。桜は恐らく神に連れ去られる」


 落ち着き払ったウォルディアスの言葉に、カイは言葉を失った。

「…は?」

「我らのステイタスをあっさりと見透かせるのは、我らを歯牙にもかけぬほどの力を持つ者だからだ。あの力の強さ、翼の大きさから見て、彼は神々の中でも最も古くから存在する原始の神だ。我々では手が出せぬ」

 淡々と語る父に、カイは苛立ちと頭が焼き切れるのではないかと思う程の怒りを感じた。

「だからなんだって言うんだよ⁈ サクラが連れ去られる? そんな事、赦せるのかよ? サクラはまだ封印が解けてないんだ‼︎ 俺たちが護らなければ、彼女は抵抗一つ出来ないんだ‼︎」

 走り出したカイを見送って、ウォルディアスは視線を足元に落とした。


 神は、『壁』を維持したい。


 その為に、いかに『壁』が必要かを桜に説くだろう。

 だが、聖女である限り、桜に手を出したりは出来ない。


ー基本的には、神々は人間が好きだし、大切に思っている。

 人間の代表である桜に、悪い様にはならない。


ー我々の事は、嫌いだがな。


 溜息を吐いて、神と、カイと、魔道士長の走り去った方へと歩みを進める。

 

ーどちらにしても、私がいては彼を刺激してしまう。


 たとえ桜を連れ去ったとしても、『儀』までには返して来る筈だ。

 

 神は、桜に、『壁の再生』をさせたいのだから。


 そして、神々の思惑があろうとも、最終的に判断を下すのは、桜自身だ。

 『儀』は、誰かに操られた状態で行えるようなものではない。

 だが、『儀』が為されれば、『彼女』は…。


「少しでも、会わせてやりたかったのだが…」

 呟きは、空に吸い込まれて消える。

 

ーもう、あまり時間が無い。

 自らの城に残して来た最愛の人の姿が、脳裏に浮かぶ。


「私を呼ばないのか」

 不意に、背後から掛けられた声に、ウォルディアスが驚愕に朱金の瞳を見開く。

「父上」

「紫苑は部下に護らせている。あいつらが原始の神を寄越(よこ)してくるなら、私が行くべきだろう」

 驚いて、そして俯く。

「もたもたしているから、先を越されるのだ。そのようにのんびり考える所など、あの娘にそっくりだ」

 かつて、傍にいた、あの娘に。

「父上」

「私は、私が大切に育てた桜を一時でも神の元になどやりたくは無いがな。お前はどうなのだ」

 絶対的な力を持つ魔王。

 親を持たない、純粋な魔王であるが故に、彼の力は絶大であり、恐らくは原始の神々とも互角にやりあえるだろう。

 だが。

「桜は、此方に来てからの時間を全て王宮で過ごし、神々の立場を知る機会がありませんでした。あの原始の神が言う通り、一度は神の立場を学ぶ場を設けるべきかと」


 たとえ、『壁』を無くす決断をするにしても、その意味と代償を正確に知らなければならない。

 神々は毎回必ず『壁』の維持を望み、人間達との間に作った『壁』を無くす考えは無い。

 今回もそのまま、此方の行動を意に介したりはしないと思っていた。


 最初の時。

 先に、『壁』を作ってこの地に人間と魔物を残して去ったのは神々だ。


 だから、神々と人間との間の『壁』さえ維持出来ていれば、人間と魔物との間の『壁』には興味が無いと。


 だが、そうでは無かった。


 聖女が神殿で神々の立場や考えを正しく学んでいるのか、ちゃんと見ていたのだ。

 魔物代表である魔王は、基本的に聖女の決断に従う。

 魔物は『壁』を無くしたいと思っているが、聖女が維持すると言えば、それに従って『壁の再生』を行う。

 

 再生にも、破壊にも、代償は伴う。

 聖女は、人間に掛かるその決断の(せめ)を全て追うのだ。


ー後悔はさせたく無い。


 朱金の眼差しを受け、かつての魔王は漆黒の瞳を細めて苦笑した。

「分かった。その眼差しには勝てぬ」

 今は、私は引こう。


 囁きを残して、かつての魔王は姿を消した。


 朱金の瞳は、母から引き継いだものだ。


「何故、あの子達なのだ」

 苦し紛れに呟いたのは、誰にも言えなかった本心。

 生まれた子供達のステイタスを見た時の絶望は計り知れない。

 

 それでも、成し得なければならない。


 強く握りしめた拳を胸に、ウォルディアスは再び歩き出した。

 桜を奪われた槐を抱き止める腕が必要だ。

 荒れるであろう息子を(なだ)める言葉が。

 泣くであろう息子の涙を拭う指が。


 歩きながら、ふとウォルディアスは思う。


 桜はまだ自分の父が生きている事も、母が生きている事も、槐が自分の兄であることも、祖父がこの世界に来れる事も知らない。


 真実を知った時、桜はどうするのだろうか。


 泣くのだろうか。

 怒るのだろうか。

 絶望するのだろうか。

 

 それとも。


「その時に、私は傍にいてやれるだろうか」


 願わくば、せめて限りある時間の中で、桜と紫苑を会わせられるように。


 遠くで鋭い光が走った。

 それと同時に凄まじい闇の力が解放されるのを感じた。

 

 槐が、桜の封印を解いたのだ。


 ややもして、桜の気配が消えた。


ー桜はあの原始の神に連れ去られ…。


 槐は力を暴走させている。


 ウォルディアスの右手が素早く空を切り、漆黒の空間が現れた。

 

 ウォルディアスの身体は、吸い込まれる様にその漆黒の空間に溶けて消えた。




 


 

 

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