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異世界に召喚された聖女は呼吸すら奪われる  作者: 里尾るみ
第五章 披露目
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6.足りないピース


「聖女は来たみたいだな」

 水鏡に映るのは、黒髪に漆黒の瞳の少女。

 ステイタスは確かに『聖女』となっているが。

「力が…」

 今まで選ばれて来た聖女達より、随分と強い魔力を持っているようだ。

「今回、見つけ出したのは誰だ?」

 水鏡を覗き込みながら確認を取るが、誰も彼女を選んではいないようで、顔を見合わせるばかりだった。

「しかも、聖女なのに闇の魔力が強すぎる」

 水鏡を覗き込んでいたのは3人。

「どうやら、今回は後ろで魔王が動いているようだ」

 背後からの声に、金糸の髪に金の瞳の3人が振り返った。

「ユリシズ」

「久しぶりだな」

「何故魔王が?」

 其々の言葉に、ユリシズと呼ばれた、こちらも輝くばかりの金髪に金の瞳の男が無言で3人を見つめた。

「恐らくは、『壁』の在り方へ、疑問を呈す為」

 声は、更に別の方から聞こえた。

「レトビア」

 金糸の髪に、金の瞳の美しい女性が、ユリシズと向き合う位置に現れた。

「まさか、今回は継続を選ばないと言うのか」

 壁は、このまま永遠に維持されるべきだ。

 人間たちだって、それを望んでいる筈だ。

「魔物が、人間のそばに行きたいが為に聖女を(そそのか)そうとしているのでは?」

 レトビアと呼ばれた女性が思案しながら答えた。

「ただでさえ、今は魔物が綻びから人間たちの世界へ入り込んでいる。聖女には、過去に何があったかちゃんと正しい歴史を教えなければ、道を誤る恐れがある」

 ユリシズが言い切る。


 結論は出た。

 微妙に色合いの異なる金髪の5人は、水鏡に映る少女を見た。


「誰が、行く?」

 

 一瞬の沈黙の後、ユリシズと呼ばれた男が一歩前へ出た。

「私が行こう」

 じっと水鏡の向こうに居る少女を見つめる金の瞳は、何処か不快そうに細められていた。

「1人で大丈夫か? 私も行こうか」

 レトビアと呼ばれた女性が、ユリシズに寄り添う。

「…大丈夫だ。此方(こちら)の世界に連れて来る」

「此処へか?」

 4人は驚き、ユリシズの顔を見た。

「万が一、既に魔物側の考えを刷り込まれていた場合には、儀式の日まで預かってでも、考えを覆させなければならないからな」

 聖女は人間の代表。

 魔物と人間と神、それぞれの立場を理解して、道を選ばなければならない。

 偏った知識で誤った道を選んでしまったら、この先千年、人間達の世界が荒れる事になってしまう。

「私の神殿へ連れて来る。皆は待っていてくれ」

 そう言うと、ユリシズの背中には光る羽が現れた。

 美しく輝く純白の羽は、5人を包み込める程に大きい。

 ばさりと羽ばたいて舞い上がるユリシズはまるで重力を感じさせ無い。

 振り上げた右手が空を切り裂き、光に満ちた空間が現れる。

 ユリシズを飲み込んだ輝く空間は、まるで初めから何事も無かったように静かに閉じた。

 

「行ってらっしゃい」

 レトビアが片手をひらひらとさせる。

「さすが、原始の神は翼の大きさも力の強さも…」

「彼も、家族の事が無ければ…」

 囁きを振り切るように、レトビアは壁の向こうを観察できる水鏡の間を後にした。

 どうやら、人間の世界では、聖女が無事召喚され、これから披露目が開かれるらしかった。

 神殿の様子はよく観察していたが、聖女はあまり神殿には近寄らなかったようだ。

 従来は、聖女は召喚後人間の世界の神殿に身を置き自らの役割について勉強をしていたのだが。

 今回の聖女は神殿にあまり来なかった所為か、聖女が無事召喚されていた事を確認するのに時間を要してしまった。

 「天に昇る二つの赤い月が重なる時」からすでにかなり時間が経っている。

 彼の言う通りに刷り込みされていたなら、確かにこちらの神殿に連れて来た方が良いのだろう。


ー彼の望み通りに、事を進めたいなら…な。

 

 シシリー王国の国主にとっては、聖女がどの道を選んでも良いはずだ。

 彼等にとっては、聖女が全てなのだから。


 儀式まではまだすこし余裕がある。

 

ー私は、正直どちらでも良いがな。

 

 レトビアは大神殿の中、金糸の髪だらけの神々を見わたした。


 水鏡の間は、入れる者が限られる。


 何故なら、人間たちを観察している間に、抗えない気持ちに囚われてしまう者があるからだ。

 昔から、魔物と人間がお互いを大切に思い合い、子を成す事、又、相手を失った際の魔物の行動が問題視されて来た。


 だが、神もまた、人間が大好きだ。


 好ましく思い、子を成した神も1人や2人では無い。

 だが、神はたとえ愛しい者を亡くしたとしても、その者を食べたりはしない。

 ただ深く悲しみ、その思いを胸に、その先も生きるのみだ。

 たまに、心の弱い神が相手の死を乗り越えられずに亡くなってしまう。

 その人数も、壁が出来る前よりは減ったのだと言う。


ーむしろ、魔物の事が(うらや)ましく思う時もある。


 レトビアは、小さく嘆息を吐く。


 魔物は、愛する者を亡くした時、その者を食べるという。

 生涯ただ1人と決めた愛する者の死に嘆き悲しみながらも、その者の亡骸を食べれば、自分がいずれ死んだ後も、その愛した者と一緒になる事ができるという。


 もしもそれが本当なら。


ー私も、魔物に生まれたかったな。


 それは、偽らざる羨望の思い。


 だが、ユリシズはそれを絶対に赦さない。

 彼は、大切な人を、種族の違いによって喪ってしまった者の内の1人だからだ。


ーどうなることやら。


 レトビアは、深く青い空に流れる大きな白い雲を見上げて、再度、長い嘆息を吐いた。

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