表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に召喚された聖女は呼吸すら奪われる  作者: 里尾るみ
第五章 披露目
25/49

3.はじまりのとき


 神と人は、交わってはいけない。 


 そう、言い伝えられてきた。

 皆言い伝えを守り、お互いを大切にし、距離を保って生きてきた。 


 1人の女神が、人間の男に恋をした。


 その男は、飛び抜けて美しい訳でも無く、飛び抜けてスマートな訳でも無く。

 ただ、とても優しく、思い遣りがあり、何よりも直向(ひたむ)きで誠実であった。

 

 女神は掟を破り、人間のフリをして男の妻になった。


 たいそう美しい嫁が来たと、男もその友人達も喜び、小さな村で2人は幸せに暮らした。

 ややもして、人間のフリをした女神は腹に子を宿し、女の子を出産した。

 女神の姿を写しとった様な金の髪に金の瞳の美しい容姿をし、強い光の力を持っていた。

 人間が持つにはあまりに強い光の力を宿した赤子に、人間のフリをした女神はその子の力を封じた。

 人間の中で人間として暮らす為には、いらないものだったからだ。

 

 だが、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。

 男は流行病にかかり、あまりにもあっけなく死んでしまった。


 女神は娘と取り残され、涙に暮れる日々が続いた。


 ある日娘が気がつくと、母親は悲しみのあまり死んでしまっていた。


 流行病のために住んでいた村の人間も全て生き絶えていた。


 人のいなくなった村に残った娘は、まだ齢にして10にもならなかった。


「私と来るか?」


 気がつくと、傍に黒髪に黒い瞳のたいそう美しい男が立っていた。


「此処にいても、何も無い。それとも、亡くなった父と母を食べるか?」


 男は、魔物だった。

 

 魔物は、大切な人やモノが死んだ時、その血肉をその身に取り込む事によって永遠に共に生きる事ができる。

 その行為は、彼らにとっては一つの深い愛情の表現であった。

 娘は、ふるふると首を横に振った。


「私は魔物じゃないから、食べてもお父さんとお母さんと一緒にはなれないから」


 差し出された小さな手は、一緒に行くという意思表示だ。


「お前が食べたら、お前の父と母はお前の一部となる事ができる」


 そうだろうか。

 本当に、そうなのだろうか。


 考えて、やっぱりやめておくことにした。


 お父さんが亡くなった後、私を顧みる事なく泣き疲れて死んでしまったお母さんだ。


「あなたが死んだら、一口食べたい」


 綺麗だし、優しいし、ちゃんと私を見てくれるから。


 驚愕に開かれた漆黒の瞳が、少女の金の瞳と絡む。


「恐らく、私の方が長く生きるだろうが」


 真面目な答えに、娘が笑った。


「じゃあ、私が先に死んだら、私を食べて」


 娘が母から受け継いだ強すぎる光の力は、母の命が亡くなった事により封印は既に解けていた。

 

 娘は男と去り、その男と暮らした。

 

 やがて娘が10になる頃。

 女神の死を知った神々は地上から去り、神々だけの国を創った。


 娘が17になる頃、病や事故によって死を迎える人間を喰らう魔物が増えた。

 地上に神々がいなくなって久しく、魔物が人間を喰らうのを抑制する者がいない期間が長く続いたからだ。


 愛し合っているからこそ、その死を悼み、相手を取り込みたいと願う。

 だが、残された家族は、その事をどう思うだろう?


「どうするのがいいと思う?」

 引き取ってくれた魔物は、魔王だった。

 

 意見を求められて、娘は応えた。


「同じ時間を共に歩めないのであれば、共に生きるべきでは無いと思う」

 娘は言葉を続ける。

「それに、価値観が違い過ぎる」


「人間は、愛する者を食べないから?」


「そう」


「でも、かつてお前は、もし私が死んだら、私を食べると言ったじゃないか」

「一口食べると言ったんだ」

「同じ事だ」


「一口でも食べてくれれば、私はお前の一部となって、お前が生きている限り、一緒に生きて行ける」


「まあ、私の方が長生きするがね」



 娘の意見を聞き、男は提案した。


「共に生きるべきでは無いなら、分けるのはどうだろう?」


 提案に、娘は戸惑った。


「そんな事ができる?」


「できる。神々はいなくなったろう?」


 そうだ。

 神は、人間のふりをして男と結婚した女神が泣き暮らして亡くなってしまったから…わたしの母がそうやって亡くなってしまったから、人間から離れる事を決めたのだ。


 でも、神々は何処へ行ったんだろう?


「『壁』を、作ったのだよ。簡単には渡れない『壁』を」


「壁を作ったら、いなくなった神々のように、私は貴方や貴方の友人達と会えなくなる?」

 

 それは嫌だ。

 一緒にいたい。


「お前は手離さない。お前は既に私のもだ。私が食べるのだからな」


 馬鹿な事を言うなとばかりに言って、魔王は娘を引き寄せた。


「だが、人間達が、私達魔物とは会えなくなる」


 魔物の側から考えたら。

 どうしようもなく惹かれてしまう存在を、目の前から無くされてしまう。


 人間の側から考えたら。

 魔物の愛情表現は、普通の人間には受け入れ難い。


「分けるには、『壁』を造るために『力』が要る。『壁』が出来たら、お前は私と共に魔物の国に来るがいい」


 どうせ、親を亡くしてからずっと、この男と過ごして来た。

 今までと何も変わらないだろう。


「わかった」


 娘は、魔王の男と共に『壁』を作り、人間の世界から姿を消した。 


 彼女は、初代聖女の前に存在した人と神との混血であり、現魔王・ウォルディアスの母であった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ