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異世界に召喚された聖女は呼吸すら奪われる  作者: 里尾るみ
第五章 披露目
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1.隣国からの賓客


「レヴィアス」

 城内にいて、呼び捨てにされる事はほぼ無い。

 聞き覚えのある声に、レヴィアスは振り返らずに歩く速度を早めて執務室を目指した。

「レーヴィアース。おーい?」

 あまり引き離されることなく声がついて来る。

「もっしもーし?」

 はたと、何かを思い付いたレヴィアスが、ぴたりと足を止めた。

「…何か用か。知っての通り、俺は披露目の準備で忙しい」

 先程とは打って変わって、くるりと向き直って低い声で応える。

「やーっとこっち向いた。3年ぶりの再会なのに、冷た過ぎ」

「3年も経てば顔も名前も声も忘却の彼方だ。客間へ案内させるから大人しく篭っていろ」

 冷たく言い放って近くにいる近衛騎士に手を挙げて合図を送ると、素早く1人の騎士が近寄って来た。

「せっかく挨拶に来て上げたのに、それは無いよ。君の部屋でお茶でもしながら旧交を温めよう」

「温めるような旧交は無い。セクドル王国の第1王子だ。青の間に通して丁重にもてなしを」

 騎士に指示を出し、レヴィアスはやれやれと踵を返そうとする。

「なんだ。覚えているんじゃないか」

「残念ながら王家の人間の(たしな)みだ」

「じゃあ、ぼくの名前も思い出してくれたら、キミの所の聖女を狙っている輩についての情報を教えてあげるって言ったら?」

 

 レヴィアスの空色の瞳の色が、一瞬濃くなる。

「…なに?」

「リュイ侯爵家って、めんどくさそうだね」

 ふっと笑って、セクドルの第1王子は一歩レヴィアスに近づいた。

「……聞こう。リーファー・ティニア・フォン・ドゥ・セクドル」

「フルネームで覚えてくれていて嬉しいよ。レヴィアス・フォン・ドゥ・シシリー」

 蜂蜜色の髪にロイヤルブルーの瞳のリーファー第1王子は、うっとりするような笑みを浮かべて首を傾げた。

「残念ながら」

「キミって本当に嫌そうな顔するよね。僕たち、同じ種族なのにねぇ?」


ー同じ種族だからだ。


 無言で()め付けて、レヴィアスが深く嘆息を吐く。

「青の間は整えるよう侍女に伝えてくれ。それから、セクドルの第1王子は私の部屋で暫く過ごすので、お茶の用意も頼む」

「畏まりました」

 騎士が素早く侍女のもとへ指示を伝えに行くのを無言で見送り、改めてレヴィアスは執務室へ歩みを進めた。

 リーファは、何も言わないレヴィアスの後に付いて歩き出した。


ー今は、サクラはヴィルヘルムのところに居るはずだ。


 最近、こっそりと魔法の練習をしているらしいサクラは、レヴィアスの部屋にいない事が多い。

 あまりサクラと離れていたくないレヴィアスには不満だったが、今日は都合が良かった。


 リーファには、サクラを会わせたくなかったからだ。


ーそろそろ来る頃だとは思っていたが、急だったな。


 先触れの話しでは、あと2日はかかる予定と聞いていたが。

ー多分、リーファはわざと日にちをずらして報告させたのだ。

 そういう悪戯が好きなヤツだから。


 リーファがサクラに会えば、必ずサクラの事が好きになる。

 それは、決定事項だと言っても過言では無い。


ーそういう意味でも、俺達は煩わしいくらい、『同じ種族』だ。


 本能的なモノだから仕方が無いとはいえ、自分以外の者がサクラに近づく事は許し難いことだった。


ーリュイ家…か。最近は大人しくしていると思っていたのだが。


 父親の方か。

 それとも、息子の方か。


「ところで、キミのとこの聖女様は部屋にいるの?」

 

 何気なさを装って入れられたチェックに、レヴィアスはつんと目を瞑って他所を向いた。

「今はいない。残念ながら、お前が部屋に居る間は部屋には来ない」

「キミ、今日『残念ながら』って何回言ったかわかる?」

「今ので3回目だ。お前に関わること自体が残念なのだから、言わざるを得ない」

「はい。『残念』って4回目。本当にキミは面白いね。ぼくはキミが大好きだよ」

 にこにこと話しかけてくるリーファに、レヴィアスは無言で執務室の扉を開ける。

「レヴィアス様」

 ぱっと嬉しそうに立ち上がったのは、部屋には居ないはずのサクラだった。

「…サクラ」

 いつもなら手放しで喜ぶ場面だが、リーファに会わせたくなかった為に、複雑な顔になってしまう。

「今日はヴィルヘルムの講義の日では?」

「ちっちょっと! ボクも部屋に入るよ」

 無意識に、リーファが入る前に扉を閉めようとして、リーファから抗議の声が上がった。

「ヴィルヘルム様は、王都でおきた魔物の事件の調査の為に今日も出掛けられてしまって…。勝手にお部屋で待っていてしまってごめんなさい。レヴィアス様がすぐに執務室に帰ってくるだろうからと、ヴィルヘルム様が執務室の中だけは大丈夫にして下さってお出掛けになったから…」

 ヴィルヘルムの使う光魔法は、悔しい事にレヴィアスの光魔法よりも余程優秀だ。

 彼は、探知魔法で確認できる範囲であれば、遠隔で魔素を除去出来るようになったのだ。

 サクラの為に技を磨き、新たな技を身に付けたヴィルヘルムには嫉妬を感じてしまう。

「サクラの所為ではないから謝らなくていい。…紹介しよう。隣国セクドルの王太子のリーファー・ティニア・フォン・ドゥ・セクドルだ。披露目に合わせてシシリーに来ている」

「3年前に留学しに来た時からの気の置けない親友だって紹介は?」

「気は置きまくりだ」

「ほんっとーに嫌そうに紹介したよね。今」

「そんな事はない。これで普通だ」

「なんか喋り方もボクと2人の時とは違うし。自分の事『わたし』とかって言いそうだよね?」

「うるさい」

 ふっと、サクラが口をおさえて笑った。

「可愛いね。サクラちゃんていうの?」

 リーファが声をかけると、サクラが驚いたように黒い瞳を見開き、そして細めた。

「九条桜と申します。サクラと呼んで下さい」

「初めまして。ボクはリーファー・ティニア・フォン・ドゥ・セクドル。レヴィアスが紹介してくれた通り、セクドルの王太子だよ。リーファって呼んでね」

 ついっとサクラの手を取って、リーファがキスをした。

 ひゃっと、サクラが一瞬固まり、かつてレヴィアスにした様に、手を持ち替えて握手をした。

 ちなみに、リーファはレヴィアスと同じくらい身長があるので、サクラの視線は少し見上げ気味だ。

 ぶんぶんと握手するサクラの手とリーファの手を掴んで、ぺっと離す。

「挨拶終了。あの話は後でするとして、今回の来訪は付き添いなのか?」

 質問に、リーファは一瞬キョトンとして、次の瞬間弾けたように笑い出した。

「ほんとキミって面白いよね。一応ボクも王太子なのに。…でもまあ、付き添いって言っても間違いでは無いかもね。今回の主役は聖女サマだから」

 言い方にぴくりとレヴィアスが反応する。

「ああ。今のは勿論ウチの聖女の話だよ。何やらウチの伯爵夫人のご実家にこっそりお出掛けしたりしててね。セクドル王国の聖女として来てる自覚が無いのか、バレてないと思っているのか…」

 あのオバさん、ボク大嫌いなんだよねぇ。

 最後の方は半分ボヤキに近かったが、レヴィアスの深く大きな嘆息で遮られた。

「今のは、俺が悪かった。だが、面倒な伯爵夫人の話は後で聞こう。セクドルでは最近、魔物はどれくらい出てる?」

 自然を装って話題の切り替えを促すと、リーファは素直に乗ってきた。

「ウチは最近は戦争も無いし、家畜を襲うのがせいぜいの魔物がチョコチョコかな? 北のバイセルとかは内紛があったから、人を喰うのも少し来たみたいだね」

「やはり『壁』が弱くなっているな」

「う〜ん。まぁ、原因は争い事を起こしてる人の側にあると思うけどね。家畜を襲うのは、こちらにも野生の動物とかもいてるから、みんながみんな魔物の仕業かは分からないけど」

 失礼します、と、扉の向こうから声掛けがあり、侍女がお茶の用意を運んできた。

「まぁな。大概は夜に現れて襲って行ったり死体を喰らったりするから、目撃される事もあまり無いしな」

 出されたお茶を何気無く口に運んでいると、黙ってじっとレヴィアスを見つめているサクラと目が合った。

「どうした? サクラ」

 問い掛けに、はたとサクラが我に帰る。

「…なんだか、魔物の事、毛嫌いみたいな感じじゃないのが意外で」

 ほろりとこぼれ落ちるように呟いた言葉に、レヴィアスとリーファが顔を見合わせてふっと笑った。

「そうだな。別に毛嫌いはしてない」

「する必要も無いしね。むしろ、来れないようにしてる方が不自然な感じも…」

「リーファ」

「あっ」

 リーファは口に手を当てた。

「まだなの?」

「来れないように? 不自然?」

「あー〜〜…」

 レヴィアスが、額に手をあてて俯いた。

「レヴィアス様?」

 少しの間俯いていたレヴィアスは、徐ろに顔を上げた。

「この説明の担当は俺じゃ無いんだよ。あいつ、まだ親父さんトコと行ったり来たりでもうちょっと時間が掛かるみたいだし…」

 レヴィアスの要領を得ない言葉に、リーファがニコリと微笑んでサクラの両手を取った。

「早い話し、悪いんだけど説明はもうちょっと待って欲しいって。レヴィアスが」

「俺がって…ああ。まあ、それでもいいんだけど。手を離せ」

 サクラの両手を取り返した。

「詳しくは、悪いが私からは説明できない」

 眉を下げるレヴィアスに、サクラが少し複雑な顔になる。

「…わかりました。でも、他の方々が恐れているほどには、レヴィアス様やリーファ様は魔物を嫌悪しているわけでは無いと言う考えは、あってますか?」

 サクラの静かな瞳が、レヴィアスのスカイブルーの瞳を見つめる。

 その瞳を見つめ返しながら、レヴィアスが頷いた。

「その通りだ。だが、儀が終わるまでは、この事は私達以外誰にも口外しないように」

 王族と、民との温度差。

 認識の違いは、時には王室への不信感や、酷くなれば暴動にも繋がりかねない。

 レヴィアスやリーファも、民が感じている魔物への恐怖は理解している筈だ。

 だが、恐らくは、何かしらの理由があって、民が思う程には、魔物を恐れてはいないのだろう。

 『儀が終わるまでは口外しないように』

 それは、儀が終われば、私は元の世界に帰してしまうので、口止めをする必要が無くなるから…?

 ずきりと、胸に深い痛みが走る。

「…わかりました。絶対に口外しません」

 私は、帰りたい筈なのに。

 深くまで息が吸えないような、呼吸の仕方すら忘れてしまったような。

 この痛さ、苦しさは何なのだろう…?

 レヴィアスが、サクラの頬にそっと手を添えた。

「?」

 見上げると、自分よりもいくぶん高い位置にあるレヴィアスのスカイブルーの瞳に心配そうな光が浮かんでいた。

「どうした? 痛そうな顔をしている」


ー帰りたく無いの?


 桜は、自分の中に生まれた疑問に戸惑った。


ー1人残されてしまったお爺様のもとに、胸を張って帰れるようにと頑張って来たつもりだったのに。


「サクラちゃんは、少し寂しくなっちゃったんだよ」

 桜の首にむぎゅっと抱き着きながら、リーファがレヴィアスを睨みつけた。

「こらっ‼︎ リーファ! 離れろ‼︎!」

「やだよー。レヴィアスが『儀まで言うな』って言うから、サクラは寂しくなっちゃったんだから、今サクラを痛そうな顔にさせたのはレヴィアスの所為だからね」

「は?」

 驚いた顔で、サクラに向き直る。

「そうなのか?」

 正面から顔を覗き込まれて、その通りなので困ってしまう。

「それに、レヴィアスはサクラを独り占めしようとしてるから駄目。サクラには、もっとこちらの世界の事を沢山知って、もっとこちらの世界の事を好きになって貰わなきゃ。レヴィアスの事だから、サクラ、部屋に閉じ込めて傍から離さなかったんじゃ無い?」

「だが、それは…!」

「あっあの! それは、私が問題があって、レヴィアス様の側で護って貰わないと駄目な、少し面倒な問題を抱えてて…」

 必死に、魔素の事は伏せて説明をしようとするが。

「ああ。サクラ、魔素が駄目なんでしょ? 大丈夫。そんなの部屋に入ればわかったからね。でも、レヴィアスなら側にいれば外でも魔素を取り除きながらお出掛けとか出来るでしょ」

 ぐっと、レヴィアスが言葉に詰まる。


「それに、部屋に閉じ込めておきたいの、ただ独り占めしたいだけじゃ無いよね?」


 同種族は、だから厄介なのだ。

 思考回路が似ているのか、隠しておきたい気持ちまで、バレてしまう。


 リーファが、挑む様にレヴィアスを見た。


「それって、方法、本当にあってる?」


 

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