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異世界に召喚された聖女は呼吸すら奪われる  作者: 里尾るみ
第三章 聖女の力
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5.父(2)


「魔素に耐性が無い?」

 驚きに見開かれた金の瞳に、ルドヴィアも驚く。

「知らなかったのか? お陰でなかなか大変だったぞ」

「…それは…悪かった」

 少しの間言葉を失っている間に、ルドヴィアは新しいお茶を入れなおした。

紫苑(しおん)も確かに少し魔素には負けていたようだが、まさか全く受け付けなかったのか?」

 新しい茶を受け取りながら、ウォルディアスが尋ねる。

「全くだな。お陰様で一日中魔素濃度を監視してるよ」

 若いのに任せてはいるが。

「そうか…」

 

 あちらの世界で持つには強大過ぎる力を生まれて直ぐに封印はしたが、魔素に耐性があるかどうかを確認する事は出来なかった。


 なにせ、あちらの身体を予定よりも随分と早く失ってしまったのだから。


「本当は、こちらへ送り出すまで、私が側にいる予定だったんだが…」

「それは13年前にも聞いたな」

 くくくと笑って、ルドヴィアが自ら入れたお茶を飲み干す。

 シシリー産の確かな銘柄のお茶で、飲み慣れた味だ。

「息子にはもう全て見せたのか」

 ウォルディアスの問い掛けに、ルドヴィアがかぶりを振る。

「まだだ」

「理由が?」

 茶器を机に下ろして、ルドヴィアが下ろした茶器を静かに見つめる。

「アイツは、多分今全てを見せたら、聖女を手放すだろう」

 

 少しの沈黙の後、ウォルディアスが溜息を吐いた。

「まあ、無理からぬ判断だな。お前が言うのなら、そうなのだろう。で、いつ見せるんだ。ちなみに、全く見せてないのか? いくつかは見せたのか?」

 入れ直されたお茶を口に運びながら、ゆったりと長い脚を組み直した。

「初代から3代目までは」

「…そうか」

 4代目は、なかなか強烈な方だったからな。

 躊躇(ためら)うのも無理はない。

 2人して腕組みをして、うんうんと頷く。

「そう言えば、お前、息子の話は聞かないのか」

 不意の言葉に、ウォルディアスは茶器を口に運ぶ手を止めた。

「槐か…。元気にやってるか」

「まぁ、彼はずっとこちらにいたのだからお前からは見えてたのだろうがな。元気にしている。まだ、本人は知らないようだが。乳母殿が良い人だったからな」

 

 桜と槐は、双子だ。


 6千年前、本来は1つだった世界が、神々の国、人間の国、そして魔物の国に分かたれてしまった。


 はじめに分かれたのは神々の国だった。

 皆、人間が好きだったが、瞬く間に失われて行く人間の生命の儚さに心を病み、泣く泣く離れて行ったのだ。


 2番目に分かれたのは、魔物の国。

 同じように寿命の違いにも心を痛めたが、魔物の愛情や悲哀の表現は、人間には受け入れがたいものだった。

 6千年前、突然地上に現れた、人間であるその身に宿すには大き過ぎる力を持った娘の力を借り、魔物は人間からの要望を受け入れて、国を分けた。

 その約千年後、国を分けた『壁』を維持する為の力を持った娘が遣わされた。

 初代聖女だ。

 聖女は、人間の代表的な存在にあたる。


「彼女はまだ?」

「眠っている。だが、別れは近い」


 頷いて、ウォルディアスは茶器を机の上に置いた。

 

「また来る」

 立ち上がって、ウォルディアスが漆黒のマントを羽織った。


「今度は13年も待たないだろうな?」

 ルドヴィアの問い掛けに、ウォルディアスは、その金色の瞳を細めた。


「勿論だ」



「陛下」

 溜まっていた執務をこなしていると、部屋付きの近衛騎士が控えめに扉に声をかけて来た。

「入れ」

 入ってきた騎士は、おそるおそると言った体で扉を開け、そして中を見渡した。

「どうした」

「…先程の客人がなかなか出て来ないので、心配になり…」

 

 良いヤツだな。

「大丈夫だ。もう帰ったから。知らせなくて悪かった」

「いえ、決して謝って頂くような事では…」

 あわてて恐縮し、それでも尋ねるべき事を言った。

「彼は…いったい何処から帰ったのですか?」

 ドアの前は、自分が警護していたのだ。

 王宮でも比較的高い位置にある上にバルコニーも無い国王の執務室から、一体どうやって姿を消したのか。

 疑問に、ルドヴィアが優しく微笑む。

「そうだな。強いて言うなら…『通り路』から…かな?」

「通り路…ですか?」

「そうだよ」

 怪訝そうな若い騎士に、ルドヴィアが笑い掛ける。

「皆はそれを違う呼び方で呼ぶがね」


ーそう。『穴』と…。


 今回、ヴィルヘルムが『穴』を覗き込んだとの報告を受け、ウォルディアスが確認に来た。

 いつも前触れ無く現れるから、常に、扉付きの近衛には、「もしも黒髪に金の瞳の男が私を訪ねてきたら必ず通すように」とは伝えてある。

 部屋に他の人間がいる時に急に眼前に現れたら、ましてやその人物が国王である私と親しげに挨拶を交わしては、体面に問題がある為、訪問は必ず正面から来るように言ってある。


 彼が初めて私のもとへ来たのは、今から17年前。

 丁度レヴィアスが生まれて2日程過ぎた日だった。

 妃の具合も悪く、どうしても自分で育てたいと言う妃に乳母を雇う旨を知らせようか迷っていた時。

「この子を育てて欲しい」

 部屋に突然現れた男は、腕に抱えていた黒髪に金の瞳の乳飲み子を私に差し出したのだ。

 そっと男が赤子の顔に手を当てると、見間違いだったのかと思う程鮮やかに、その子の瞳は黒くなった。

「貴方は?」

 問い掛けに、男は顔を赤子から私に向き直り、煌く金の瞳で私を見つめ、応えた。


「…私はウォルディアス。約千年の昔に、聖女と約束し、世界の境を護る者」


 正確には、980年程前だったろうが、それだけ長く生きていたなら、12、3年の誤差は許される範囲だろう。


「普通、子供の世話を頼みに来る者は、布オムツやお世話道具等少しは持って来るモノだろうがな」

 溜息混じりに言うと、ウォルディアスが驚いた様に瞳を大きくし、手元に視線を落とした。

「…急いでいて、考えが及ばなかった。申し訳ないのだが、今から少し遠くに出るので、これから用意してやる事も出来ない」

 律儀に謝る大柄な男に、ルドヴィアが笑いかけた。

「いや。大丈夫だ。そう言えば、貴方には見覚えがある」

 んーっと思い出す仕草をして、ルドヴィアが立ち上がった。

「5人目の聖女を落とした色男だ」

「……………」

 当たっているとも言い難いが、外れてもいないって所か。

「わかった。多分、分かっていて来たのだろうが、丁度ウチにも赤子が生まれて乳母を頼もうと思っていた所だ。乳兄弟と言う形で引き取ろう。ちなみに、いつまでだ?」

 別に、期限を切って追い出そうと思って聞いた訳では無かったが、何となく、聖女召喚の頃までなのではないかと、思ったからだ。


「私が、もう1人の子を連れてくるまで」


 男の応えに、ルドヴィアは「おいおい」と、頭を掻いた。

「まさか、そのもう1人の子とは、聖女だとか言わないだろうな?」

 質問に、ウォルディアスは沈黙で応えた。

「審判の時が来る。そろそろこの世界にも影響が出てきているはずだ。我々は、望むと望まざるに関わらず、見届け人にならねばならない」


 千年に一度だけ、3つに分たれた世界の代表者に委ねられる審判。


 ぐっと、ルドヴィアは拳を握り、緩め、そして赤子を受け取った。

「この子を育てるのは、本当に『此処』でいいのか」

 質問に、ウォルディアスは初めて微笑んでこう言った。


『此処がいい』と。

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