4.父(1)
最近、貴族の登城が増えた。
主な理由付けは国王の機嫌伺いだが、聖女の姿を垣間見ようという魂胆が見え見えだ。
用事も無いのに「魔道士塔の見学に」などと言いながらうろついてみたり。
「関係者以外は立ち入り禁止ですよ」
前方から歩いて来る見覚えの無い黒髪の男に、だからユーリベルトは溜息混じりに声を掛けた。
「許可は頂いている。魔道士長殿は部屋にいるか」
「魔道士長は今は外出中ですが」
返答に、男は「ふむ」と腕を組んだ。
「わかった。出直そう」
そう言うと、男はくるりと踵を返して元来た廊下を帰ろうとし、右へ曲がって渡り廊下の方へと進んだ。
「待って下さい。そちらの路だと王宮に行ってしまいます。外まで案内しましょうか」
提案に、男は右手を軽く上げた。
「城内の路には明るいから大丈夫。ありがとう」
振り向いてユーリベルトに優しく微笑みかけたその瞳は、金色にきらりと光っていた。
「…どういたしまして」
若い故に小柄だと自負しているユーリベルトから見て、1番上の兄であるアーダルベルトよりも大きかったなと、男の背中を見送った。
ー否、父上以上かも。
「鈍色か。綺麗だな」
呟きながら、先程親切にしてくれた青年を思い描く。
城内で無く、日に当たる場所で見たなら、きっともっと美しかっただろう。
かつて、我々の同胞は、人間が大好きだった。
住まう地を同じくし、神々と、神獣と、魔物と人間は一緒に暮らしていた。
今から6000年程も昔の話だ。
神々も神獣も魔物も人間が大好きだったが、人間は彼等と共に過ごすには脆すぎた。
同じ時を歩めず、同じような強靭な肉体をも持たない。
その脆さ故に、惹かれたのかも知れないが。
又、魔物の愛情表現は、人間には受け入れられなかった。
「受け止められなかった」というのが、正確かも知れない。
「ルドヴィア・フォン・ドゥ・シシリーに取り次ぎを」
扉の前に控える近衛に取り次ぎを頼む。
黒髪に、金色の瞳。
近衛騎士は、容姿を確認した後に、扉に向かって声を掛けた。
「国王陛下、例の、謁見の者が来ております」
声が掛かると、ややもして、扉は内側から開かれた。
「ウォルディアス」
「久しいな」
和かに挨拶を交わし、2人は部屋の中へと入って行く。
共に入室しようとした部屋付きの近衛騎士を、国王は手で制した。
「しかし」
思わず抗議の声を上げた近衛騎士に、ルドヴィアは和かに微笑んで首を振った。
「必要ない」
「相変わらず、よく躾けられている」
羽織って来た漆黒のマントを脱ぎ、案内された来客用のソファの背に掛ける。
「好かれていると、言ってくれ」
ははっと笑って、ウォルディアスは口を閉じた。
「茶は飲むか」
「いただこう」
ルドヴィアが入れたお茶に、ウォルディアスの片眉が上がった。
「これは」
「美味いだろう?」
「…美味いのもだが、向こうにもある茶だ」
ルドヴィアの手が一瞬止まり、そして茶器を机に置いた。
「なんと」
「この茶葉は何処で?」
「例の我が国の魔道士長が」
一瞬考え、ウォルディアスも茶器を机に置いた。
「他の者も飲んでいるのか? 身体に影響は無いか」
「…今の所は。普通に王都に構えている店舗で購入したようだから、多くの者達が飲んではいるだろう。茶くらいは大丈夫なのではないか?」
心配のし過ぎでは。
「お前はまだしも、私達と他の者達では身体の作りが根本的に違う。大丈夫かどうかは調べてみなければわからない」
言って、改めて茶の香りを嗅ぐ。
少し香りが薄い様にも感じられたが、念頭にある茶葉に間違い無いのを確認し、再び茶器を机に置いた。
「まったく。油断も隙も無いな」
「単純に美味しいモノを薦めたいだけだったのでは?」
溜息混じりの言葉に、ルドヴィアが苦笑しながら応えた。
「で、あったとしてもだ。ところで」
煌く金の瞳が、ひたりとルドヴィアに止まった。
「あの子が来たのか」
力の篭った真剣な眼差しに、ルドヴィアがふっと息を吐いた。
「魔素に耐性が無いとは聞いてなかったがな」