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異世界に召喚された聖女は呼吸すら奪われる  作者: 里尾るみ
第二章 相互理解
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6.カイ


「おや。お帰り」

 王都から少し離れた教会の側に、カイの家はある。

 最近忙しくて帰っていなかったが、ヴィルヘルムが城に帰って来て聖女の件も少し落ち着いたし、明日は休暇なこともあって、家に帰る事にしたのだ。

「元気にやってるのかい? 身体は壊したりしてないかい?」

 お茶や簡単な菓子を勧めて来ながら掛けてくれる体を気遣う言葉に、差し出されたカップを両手で持ち、口に運びながら言葉少なに肯く。

「…聖女様は無事召喚されたのかい?」

 言葉に、思わず無言で顔を上げて母親の顔を見た。

「街はその噂でいっぱいさ。『聖女様が召喚されたらしい。もう、魔物の心配はしなくて良くなる』って」

 街の噂。

 なんて安易な内容だろう。

 黙ったまま俯き、カイはお茶の入ったカップを机に置いた。


ーでも、自分も、昔はそう思っていた。

 何も知らなかった、魔導士になりたてだったあの頃は。


「聖女様の事は秘匿事項だから、僕の口からは何も言えないんだ。だけど、僕の仕事は、今のところ問題なくこなせているよ」

 元王子の乳母で、王宮に仕えたことのある母であれば、魔導士の仕事がどんなモノであるかは全く分からない訳では無い。

「…それなら良かった」

 うっすらとだが、無事召喚できた事が伝わったようだ。

 近寄ってきて、真っ黒な髪の頭を、優しく撫でる。

 母の髪は明るい茶色だ。

 父の顔は見た事が無い。

 しばらく無言で撫でてくれた母の手が、不意に止まった。

「レヴィアス殿下はお元気かい」

 かつては、乳を分けた子。

 乳母を引退してお城を出てからは、恐らく1度も会ってはいない。

 季節の節目には必ず何かしら挨拶の手紙と品が届くが、王太子自らがここに出向く事など有り得ないし、母が呼び出される事も無かった。

「元気にされているよ。たまに母さんの様子を聞いて来る」

「…そうかい」

 レヴィアスの実の母、つまり、この国の王妃は、今はいない。

 レヴィアスを出産後産後の肥立ちが悪く、レヴィアスが1歳になる前に亡くなってしまったと聞いている。

 国王はその後、後添えは選ばず、独り身を通されている。

 重臣達からは国の為にも新しく王妃を迎えるべきだとの意見もある。表向きは『王妃を』と言っているが、本当は『王子のスペアを産める娘を』だ。

 国を継ぐ王子が1人では心許ないからだろう。


 この世界で最も長い歴史を持つ国なのだから、世継ぎがいなくなる事など有り得ない。シシリー王家が盤石である事を、世界に知らしめなければ。


 歴史書を見る限り、シシリー王家では、後継ぎが1人しかいない代というのは多々あったようだ。

 現国王も一人っ子だったようだし、前国王も兄弟はいなかったようだ。

 だからか、王子がレヴィアス1人でも、国王も心配はされていないようだ。

 重臣達の意見は違うようだが。

「せっかく帰ってきたんだ。今夜は、お前の好きな魚の蒸し焼きにしようかね」

 ぴんっと、耳と尻尾が出たように見える。

 喜怒哀楽の表現の乏しい息子だが、付き合いの長い母親には、感情の起伏などお見通しだ。

「向こうではちゃんと食べてるのかい? 少し痩せたんじゃないのかい」

 手を取って心配そうに言う母親に、逆に母親の手首を掴む。

「母さんこそ、また細くなってるよ。毎日ちゃんと食べて、ちゃんと寝てね」

「ふふっ。わかったよ」

 夕飯の材料を買いに行ってくるわねと出て行くのを見送り、がさがさと持ってきた鞄をあさった。

 1冊のファイルをつかみ出して、お茶の入っていたコップやお茶受けを除けて、机に場所を作った。

 ファイルには、今回ヴィルヘルムが行った、シシリー王国の『はじまりの地』と言われる聖地に現れた『穴』や、中の様子など、彼が纏めた調査の写しが挟まれている。

 ぱらぱらとめくって内容を見返す。

 もう何度も読んだ。

 

 実は、まだ、カイの見たサクラのステイタスの中で、ヴィルヘルムに伝えていない事がある。

 あの、見た事のない紋章の事だ。

 垣間見た知らない世界については事細かに報告書等にも記載し、後日ヴィルヘルムからも聞かれた通りに応えた。

 しかし、あの紋章についてだけは、何故か誰にも言ってはならない様な気がして、報告書にも書けなかったのだ。

 王太子にも、勿論アーダルベルトにも言っていない。

 何故そう思ったのか。

 本当に言わない方が良い事なのかも分からない。

 報告書に書けば、いずれ内容は公になり、権限を持つ者ならば誰でも閲覧できる書類として保存されてしまう。


ーだが、今のままでは…。


 ファイルを閉じて、カイは目を瞑る。


ー今のままでは、サクラは自身の生命を糧に、聖女としての役割を担う事を強要されてしまうだろう。


 彼女に莫大な魔力がありながら、属性が無くて使えなくなっているのは、少なからずあの紋章に原因があるのではないかと思っている。

 せめて、他国にいる普通の聖女の様に、並みに自身の意思で力が使える様にならなければ、彼女はただの人身御供に過ぎなくなってしまう。

 力を使うと同時に、生命までも搾取されてしまう。


ーそんなことは、許せない。


 たとえ自分達の世界を護るための大事の前の些細な事だと言われようとも、到底諾とは言い難かった。


ーでも、どうすれば。


 あの紋章は、人のステイタスの中に見るようなモノなのだろうか?


 はたと、自分の既知のモノや概念に疑問を抱く。


 ステイタスの中には見たことが無かっただけで、他のところで見た事はあったのではないか?


 紋章と言えば、精霊からの祝福しかないと思っているから、思い至らないのでは。

 例えば、精霊以外の何かとか。


ーそうだ。そもそも、彼女はこの世界の人間では無い。違う世界から来たのだから、彼女のいた世界にはある紋章なのかも知れない。


 だが、彼女の中には精霊王達の祝福も全て揃っていた。

 この世界の精霊王達の祝福の印を持っているのであれば。


ー彼女は、かつてこの世界に居たことがあるのでは。


 自分の考えに、カイは震えが走った。


ーもしもそうであれば、祝福の印を持っていても不思議ではない。


 そして、あの世界へ行った。


 ガタンッと立ち上がって、カイは急いで鞄の中にファイルを突っ込んだ。

 そのまま家を出て行こうとして、机の隅にあった母親がいつも覚え書きに使用しているメモ帳をめくって白紙のページを出し、さらさらと急ぎ城に戻る旨を記載した。

 夕食を一緒に取れない事を詫びる文を書き入れると、そのページをちぎり取り、風で飛ばない様に先程飲んでいたお茶のカップをその紙の上に置いた。


ー確かめるべきは、彼女自身だった。


 あの紋章について、答えは彼女自身が知っているのかも知れない。


 家を出て、鍵を掛け、走り出す。


ー問題は、レヴィアスが居ない時間をどうやって作るか。


 居ない時を見計らうのか、若しくは、連れ出すのか。

 紋章の事を誰にも知られずに、サクラに確認が取りたかった。

 何故なら、もしもカイの思う通りにあの紋章が彼女の全ての力を抑え、精霊王の祝福の力をも抑えているならば。

 あの紋章は計り知れない程の力を持つモノということになる。

 そんな紋章がどんな理由で彼女の中にあるかは分からないが、彼女の意思で付いているもので無い事は確かだろう。

 彼女自身が、魔力の事も、精霊王の祝福すら知らなかったのだから。


ーヴィルヘルムには、言えない。


 彼は、サクラをいずれ元の世界に帰してあげたいとは思っているが、それはいざ、聖女の力がなくてはやはり『穴』や魔物の対処は難しいとなった時には、サクラに聖女としてこの世界を救って貰ってからでいいと思っているようだからだ。

 

 もし、初めから聖女に頼らないつもりなら、召喚の儀すら行わなかっただろう。

 彼は、そういう人だ。

 計算高くもあるからこそ、疑問を抱きながらも召喚したのだろう。


 まだ、あの紋章が恐ろしく力あるモノであると決まったわけではない。


 だが、誰か1人でも、彼女は『駒』では無いと思って護らなければ、彼女の命など簡単に使い果たされてしまう。


ーそうなってからでは、遅い。



 彼女ハ、何ニ変エテモ護ラナケレバナラナイ大切ナ存在ナノダカラ。


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