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異世界に召喚された聖女は呼吸すら奪われる  作者: 里尾るみ
第二章 相互理解
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5.アーダルベルトと父と母


 ヴィルヘルムとサクラが退室するのを見送って、殿下に披露目の際の警護計画書の話の続きを促す。

「貴族院の方々が前方に集まる予定です。上位貴族は私の父を筆頭に国王を間に挟むかたちで並びます。細かい立ち位置表などはこれから作成しますが…。殿下?」

 相槌も無く、ぼんやりと渡した資料を眺めているレヴィアスに、アーダルベルトが声をかけた。

 はっと、レヴィアスが執務机についている自分の右横に控えるアーダルベルトを見上げた。

「続けろ」

「…二度手間はごめんです。集中出来ないのであれば、剣の鍛錬を先にする事にしませんか?」

 眉を下げて提案すると、はくっと何かを言いかけて、諦めた。

「そうして貰えると助かる」

 どうやら、サクラが離れてしまった事が相当堪えたらしい。

「あんまりにも傍から離さないから、嫌がられるんですよ。そのウチ本当に逃げられちゃうかも知れませんよ」

 トントンと紙資料を整えながら忠告すると、訳が分からないといった顔をして、レヴィアスが立ち上がった。

「何を言ってるんだ。俺に何かしら日頃の感謝の意を表すために、準備に行ってくれたのだろう? 用事が済めば、サクラは直ぐに戻って来る」


ーあっ。

 ここにもめちゃくちゃ素直な人が。


 にーっこりと笑顔を載せて、アーダルベルトが分厚い資料を革製のファイルに挟んで小脇に抱えた。

「そうですね。楽しみですね」

 何とか、カタカナにならないように言えた。

「ところで、先日思ったのですが…サクラ様とカイ殿は、少し似てませんか?」

 部屋から出ようとして、そう言えばとアーダルベルトが振り返った。

 レヴィアスの顔が一瞬少し歪んだ気がした。

 だが、次の瞬間には、いつもの笑顔になっていた。

「…歳の頃が近いからじゃないか? それで無くとも黒髪と黒い瞳がお揃いだから、お前達は皆んなまとめて家族みたいに見える」

 少しふて腐れたように頬を膨らませるレヴィアスに、アーダルベルトが可笑しそうに笑った。

「心配しなくても、殿下も私の毛色の違う弟に見えなくも無いです」

「不敬罪で父上に言い付けてやる」

「暫く自宅謹慎とかになったら、ウチの副団長がお世話になります。神経質なヤツだから、常に腹痛用の丸薬を持ち歩いてて、歩くたびにザラザラと音がしてますが、良いやつですよ」

「…お前が良い」

「恐れ入ります。近衛の練習場に、殿下が鍛錬に行く旨知らせて来ます。ゆっくり準備なさってて下さい」

「わかった」

 部屋から出がてら、部屋の外に控えていた殿下の侍女に鍛錬に行く旨を伝え、服の用意と手伝いを促す。

 了承して衣装部屋へ向かう後ろ姿が幼いのに気が付いて、今日はいつもの侍女が当番では無い事に気が付いた。


ーあれは、最近礼儀見習いにと入って来たというガレリア伯爵家の三女の…。


 まだ社交界デビュー前だったように思う。

 以前、ガレリア伯爵家のガーデンパーティーに母である公爵夫人が招待された時に、是非にと請われ、アーダルベルトも連れて来られ、紹介された事がある。

 姉妹を上から順番に紹介されたが、顔は覚えているが、名前は…。

ー体のいいお見合いみたいなものだったからな。

 アーダルベルトは公爵家の長男とはいえ、公爵領の管理・運営に関しては、2歳年下の弟リオベルトの方が上手くこなせている。アーダルベルト自身が身体を動かす事の方が好きな為、まだまだ、結婚して身を固めて後継ぎを…などと考える周囲とは温度差があった。

ー次は殿下を狙うつもりかな。

 ご苦労なことだ。

 少しでも条件の良い相手に嫁がせたい。又は、嫁ぎたいと、周囲の貴族達は皆必死だ。

 第一目標 王太子妃

 第二目標 公爵夫人

 第三目標 侯爵夫人…とかって、考えられているのだろうか。

ーウチの父と母も、政略結婚だったようだが、まるで恋愛結婚だったかの様に仲が良い。出来れば、ちゃんと相手がどんな人かを認識して、選びたいものだ。

 人柄よりも家格。

 政略結婚とはそう言うものだ。

 自分もそういう家柄に身を置く者として、いつかしなければならない時が来たら、家の為の結婚をするのだろう。

ーサクラ様のように、『聖女』という肩書きと揺るぎない『力』があれば、認められるのだろうか。

 そこまで考えて、はっと頭の中でかぶりを振る。

ー無意識に我が家の結婚相手の条件である黒髪・黒い瞳を盛り込んで考えてしまう自分が嫌だ。

 そういえば、ガレリア伯爵家の姉妹達は、黒髪では無かった。

 フリードリヒ公爵家が黒髪の配偶者しか娶らない事は有名だと思っていたが。


ーまぁ。俺がまだ結婚とか考えてない事に変わりはないし。


 レヴィアスを近衛の鍛錬場に放り込んだら、披露目の際の貴族達の立ち位置表を副団長のヒューに作らせるように指示を出す。

 その後は、束の間の自由時間になる。

 午後には先ほどの続きの披露目の打ち合わせが入るから、この自由時間は貴重な時間だ。

ーそういえば、近々隣国の聖女が挨拶に来ると言っていたな。

 まだ日程は定かではないが、恐らくは披露目に合わせて国の使者と共に来るのだろう。

 魔力量だけは天井知らずと聞いているサクラだが、今のところ召喚の儀の際に放たれた光の他に、その力の顕現するのを見た事はない。

ー魔法の無い世界に住んでいたらしい旨は聞いているが。

 魔法の講義も無く、カイ以外にはステイタスの確認は出来ない事もあり、未だ貴族の間には披露目を急かす声と共に、本当に聖女に間違い無いのかと疑義を上げる者もある。

 聖女が召喚されてから、まだ10日だ。


ー早く品定めがしたいと言う事か。


 王家が欲しがるように、貴族達にも、聖女の強大な魔力は魅力だ。

 欲しがるのに値する力を持っているのか。

 

「アーダルベルト様。午前中は王太子殿下と打ち合わせでは」

 いつの間にか近衛の練習場に着いていた事に気がついて、アーダルベルトは話し掛けてきた第1近衛騎士団副団長のリーダイル・フォン・ガルフォルダに向き直る。

「ガルフォルダ殿。レヴィアス殿下が午後の鍛錬の予定を早めて間もなくこちらへ来られることになったので、宜しく頼む」

 リーダイルはアーダルベルトとあまり身長が変わらない為、数少ない見下ろさずに話せる相手だ。

 アーダルベルトに負けず劣らず立派な体格で、騎士の中では比較的あまり太い筋肉が付かないアーダルベルトにとって、理想的な筋肉を持つ男の1人である。

「了解しました。丁度ほぐしてた者が3、4人いるので、相手も足りています」

 練習場の部下達を集めて、王太子が来る事を伝えながら、リーダイルが練習場の土をならすように指示をしている。

「ところで、例の聖女様は元気にされていますか」

 リーダイルは、あの時召喚の儀に参加していた。

 仕事で関わる事が無ければ、あの日以来聖女を見かける事も無かっただろう。

 ただでさえ、王太子は聖女を部屋から出そうとしない。

「お元気にされているよ。団長殿にもレヴィアス殿下がこれから来られる事を伝えておいて貰えるか」

「了解しました」

 これで一つ用事が済んだ。

「頼むぞ」

 立ち去ろうとして、前方から歩いてくる人物に目を見張る。

「父上」

「これはフリードリヒ公爵様」

 以前よりも余分な筋肉が削げ、すらりとした、それでもアーダルベルトに勝る体躯を艶やかな生地のジュストコールに包んでいる男が和かに右手を上げる。

 濃紺の生地に同色の刺繍が刺されているようで、光の加減によってキラキラと光を放つ。

「今、少し時間を取れないか」

 この後、副団長のヒューに指示を出す予定ではあるが、恐らくは朝から出している書類作成が終わってはいないだろう。

「大丈夫です。執務室で良いですか?」

「もちろんそのつもりだ」

 リーダイルの会釈に軽く手を上げて応え、アーダルベルトを従えたフリードリヒ公爵が颯爽と廊下を進んで行く。


ー元は父上の執務室だったからな。


 見合いの勧めを避ける為に最近あまり帰っていなかった為、会うのは久方ぶりだ。

 見たところ、姿絵などは持っていないようだが、既に執務室に従者が待ち構えている可能性もある。

 

ー今は、聖女様の件も落ち着いていない。

 無理に勧めてくる事は無いと思うが。

 何より、母上がいないのが、せめてもの救いだ。


 1人頷きながら、父親の後について執務室に入る。


「お帰りなさい、あなた。それに、なかなか帰ってこない放蕩息子」

 

 来客用のソファに深々と腰を下ろして、最近ヴィルヘルムに貰ったなかなかお気に入りの紅茶を勝手に入れて既にまったりと寛いでいる公爵夫人と、その横で畏まりながら小さく佇む部下のヒューを視界に納めて、アーダルベルトは珍しく目眩を覚えた。


「…ご機嫌麗しく、母上」


 しまった。

 アーダルベルトの執務室は、かつてこの2人が愛を育んだ場所のウチの1つでもあった。


ー自分の執務室がまさか敵地になるとは。


 待ち構える強敵2人に、腹を括るしか無いアーダルベルトだった。

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